第六頁


 友達から、お見舞いに来れなくなる、と連絡があった。

 これから卒論の時期だし、それが終わったら就職。地元に帰るって言ってたから、ここに来るのも難しいと思う。時々連絡するね、って言ってくれたから、仕事の愚痴とかなら聞くよ、と返しておいた。それまで、「私」が残っていればだけど。




 最近、病院食の味があんまりわからなくなってきている。

 メニューや味付けが変わったわけじゃないから、多分、私の感じ方が変わってきているんだと思う。

 そのうち、何が好き、とか、何が嫌い、とか、わからなくなるのかな。

 なるべく忘れたくないから、看護師さんに、卵焼きが出る日は教えてね、とお願いしておいた。




 お母さんから電話が来た。

 電話の向こうで、お母さんは泣いていた。

 泣きながら、もうお見舞いには来ない、と言っていた。

 「私」が、少しずついなくなっていくのが怖い、と言っていた。

 そっか、怖いのって、私だけじゃなかったんだ。


 あの子も、本当はそう思っていたのかな。




 スマホを見るのが怖くなった。

 何かあることにも、何もないことにも、耐えられそうにない。

 未来の「私」へ。そういうわけだから、スマホを隠すことを許してほしい。




 看護師さんや先生が、ふと困ったような顔をすることがある。

 ということは、私はきっと、何かを忘れているんだと思う。

 だけど、何を忘れているのかわからない。怖い。




 眠っている時間が、長くなってきている。

 そろそろ終わりが近いと思う。

 とても怖い。だけどそのうち、怖いとも感じることがなくなるのかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る