第三頁

 カンナ、と呼ばれることには、思いのほか早く慣れることが出来ました。

 お医者様や看護師さんに何度も呼ばれているうち、ふと、それが心の中に瞬間がありました。

 あとでお医者様にそのことを話したら、「名前とはそういうものだよ」と、そんなことを言われました。


 「名前」を受け容れてから、私は以前よりも少しだけ、ノートを読み進めることができるようになりました。

 そうして、私は少しずつ、過去の「私」のことを知っていきました。


 例えば、「私」が学生だったこと。

 中学の頃くらいから社会科の勉強が好きで、そのまま地理系の大学まで進学したようでした。


 例えば、「私」の友達のこと。

 それほど友人は多いタイプではなかったようですが、気の合う何人かと、大学の研究室に入り浸っては、四方山話に興じていたようでした。


 例えば、「私」の家族のこと。

 両親とはさほど仲が良かったわけではないようですが、それでもやりたいことを否定しないでいてくれたことには感謝をしていたそうでした。


 好物のこと、好きな場所のこと、休日の過ごし方、数えればきりがないような、とりとめもないことが少しずつ私の中に流れ込んできて、そのたびに私の中で、少しずつ、勝手な「私」の像が形作られていきます。


 私の知らない「私」の話。その全ては、まるで私に馴染みのないものでしたが、しかしノートを少しずつ読み進めていく度に私が感じていたものは、少なくとも不愉快なものではなかったと思います。

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