ここだかなしき

@mimuro-yamyam17

ここだかなしき

 風が高く吹く今日この頃。空にはいわし雲が、よいせよいせとひしめいている。朝に見たお天気お姉さん曰く、今日は長袖シャツにカーディガンをひとはおりがオススメな一日だそうだ。そう言うお姉さんは寒そうな短いスカートであったが。

 我が家の庭は、すっかり紅葉したもみじをはじめとする木々に彩られている。真っ赤なのもいいが、太陽との近さによって色が移り変わっている様も、いとをかし、といったところである。赤く紅く染まったもみじが、いわしの空から吹く風にすくわれて、ひらひらひらりと舞いながら水面へと落ちた。蛇口からポトッときた水滴が、葉を少し沈める。

 

 紅い葉が浮力に従って水面へ浮きあがるように、あの水滴が西瓜をぬらした夏を思い出した。大きくてまあるい西瓜を、お向かいさんからいただいたので冷やして食べようと、彼が持ってきたのである。でかい球を抱える彼の腕は、例年に比べて小麦色であった。あんまり大きいものだから、まるで西瓜が歩いているみたいになっていた。西瓜の上でビシャッと跳ねた流水は、蛇口をひねった彼の白いシャツをぬらした。刃の広い包丁でざくっと切ると、西瓜の赤いところがばーんと顔を出す。彼が半玉分食べたいと言ったので、半玉分を四つに切ってあげた。彼が食べている間、確か、残り半分は自分の膝にのせていたのだっけ。蝉がジージー鳴く、暑い日だった。 

 

 そう、ちょうどあの時の西瓜ぐらいかも。


 膝の上にある彼の頭を見てそう思った。その髪の毛が、風でふわふわと揺れる。そっと撫でると、ぐぐぐっと頭が動いた。

 長いことこの状態で縁側に座っているので、さすがに足がしびれてきた。かれこれ一時間ぐらいだろうか。縁側に座っていると時間の流れがゆっくりなので、厳密な時間はあまりよくわからないけれど。

 ふと、嫌にならない程度の煙の匂いが鼻をかすめた。遠くで野焼きでもやっているのだろうか。すん、とさらに匂いを嗅ぐと、あたたかな煙の匂いに混じって、金木犀の芳しい香りを感じる。金木犀の匂いは素敵だ。なんというか、人を童心のような、郷愁のような、そんな気分にさせる。もちろん、秋を感じさせるものでもある。今日の夕飯は秋刀魚にでもしようかなあ。筑前煮でもいいけれど。

 膝の上の彼が、うーんとうなって身じろぐ。ふと少し気になって、その首のあたりにそっと鼻をよせると、いつもの彼の匂いと、自分と同じシャンプーの匂いがした。みずみずしいブーケの香り?とでもいうのか。彼が動いて、首筋の短い髪の毛があたり、くすぐったい。ふふ、と笑うと彼もくすぐったいのか、首をすくめた。自分のを嗅いだ時よりもずっといい匂いである。

 

 庭では、ブーケにするにはちょっと地味だが、ススキがその穂をゆらしている。その姿がまるで手招きしているように見えることから、人の訪れを待つ姿に見立てられることもあるそうだ。彼らは誰をまっているのだろうか。

 ススキの横には、近所のこども達が遊びに来た時に飛ばした、おもちゃの飛行機が落ちている。先端のプロペラを回すとゴムがねじられ、その戻ろうとする力でプロペラが回って飛ぶという仕組みだ。その落ちている機体は、彼の巻きすぎによってゴムがちぎれるという、可哀想な最後を迎えたものである。庭の上空にはゴム式プロペラ機ではなく、赤とんぼが数匹クルクルと旋回している。一対のつがいは、空によく映える紅い身体を繋げて交尾をしていた。じっと見ているとなんだかこっちが恥ずかしくなってきて、すっと目をそらす。

 

 膝の上の彼は、未だ夢の中だ。いよいよ、足がじーんとしてきた。

 彼の寝息があたたかい。ひらり、ひらり、と舞うもみじを見ていると、意識がすうっと霧の中に落ちていくのを感じた。彼の頭を落っことさないよう気をつけながら、そっと縁側に横になる。空は淡く、いわし達は先よりも山の方へ進んでいた。


 風が吹く。

 懐かしい金木犀の香りが、胸にのこっている。


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