第04話 起床と共にTS?

 

「ふわぁ……」


 気だるさと共に目が覚める。良い朝だ。日差しが眩しい。そして、心なしかいつもより体が――上半身が重い。どちらかと言えば、物理的にだ。


 布団でも引っかかっているのだろうと思い、右手で胸元をまさぐる。その勢いでへばり付いていた布団を――。


 ピュッ


っでッ!」


 布団を剥がすつもりが、胸元を思いっきり引っ掻いてしまった。直後――鋭い痛みが走り、脳が冴える。


「つぅ――――って……あれ」


 だが、何かがおかしい。俺は胸元を引っ掻いた。だが、普段ならそんなことはまず起きない。俺の寝間着は伸縮性こそあれど、俺の筋肉皆無の胸板では胸元まで露出することはまず無いからだ。


 寝ぼけ眼を擦り、恐る恐る胸元を見て――そこにあるのは、二つの大きな膨らみ。



「は――――はぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」



 秋城あきしろ渚沙なぎさ

 十六年あまりを生きてきたが、未だかつてこんな事態に遭遇したことはない。


 黄金郷エルドラド。男のロマン。禁断の果実。いや――――「おっぱい」だ。そう俗称されるものが、俺の胸から下がっていた。F、いや……Gはあるだろう。


「えっ、えっ……これって、いや。そんなはずはっ」


 つまり、端的に言えば……俺の体は、女の子に――――なってしまったのだ。この二つの膨らみは間違いなく俺の胸元から下がっており、腕を伸ばすとそれにつられるように引っ張られ、腕を降ろすとぶるんと元の位置に戻る。


 それに、何だか股間もスースーとするのだ。いや、しかし。そんなはずはない。俺の自慢のせがれに限って、俺を裏切ってどこかに消えてしまうようなことは――。


 恐る恐るズボンに手を伸ばし。股間がダルダルになったボクサーパンツを引っ張り、中を覗き――。


「オ――ッノォ――ッ!」


 衝撃のあまりジョセフ・ジ〇ースター並の感嘆詞が口から飛び出る。


「う、うっそだろ……俺の、ああ、そんなっ……こんなのって」


 自慢のせがれは持ち主に嫌気がさしたのか、股間から見事に行方をくらましていた。この十六年間、見なかった日は無かったと言っていい男のシンボルは、俺の運命共同体は。今日、この日。突如として、姿を消したのだ。


 ボクサーパンツの中には、哀愁漂うように隙間と言う名の虚空が広がっていた。


 次の瞬間。


「なぎ、うるさい! 朝っぱらから大声出して――」


 まずい。ねーちゃんが来た。そう思った直後。バァンと部屋のドアが開き――。


「――――って、きゃぁぁあ!?」


 姉が部屋に居る俺を見た瞬間。そんな悲鳴を上げる。


 姉の視線は間違いなく俺――の胸に向いており、やがてその視線はズボンを引っ張る俺の手の方と行き来し、さあっとその顔が青ざめた。


「あ、あなた、誰……!?」

「え、ちょ。ねーちゃん! 俺だよ! な、なぎさだよ!」

「ママー!? なぎの部屋にヘンな女の人が居るんだけど!!」


 姉はガチャンと乱暴にドアを閉め――直後、ダダダダと勢いよく階段を駆け下りる音が聞こえた。まずい。警察でも呼ばれてしまうと非常にまずい。


「ちょっと! ねーちゃん、待てよ、ちょっ! おい!」


 焦りと動転のあまりキ〇タクのような反応になってしまったが、そんなことは問題では無い。急いで足元に掛かっていた夏布団を引き剥がし、その後を追いかける。


 階段を速足で駆け降り、リビングに辿り着くと――。


「あなた、いつこの家に入ったんですか! け、警察を呼びますよっ!」


 左手でセラミック包丁を構え、右手でぷるぷるとスマートフォンを持った母親の姿があった。その後ろには、震えながら受話器を耳に当てる姉。しかし逆さまだ。


「ちっ、違うって! あんたの息子だよ!」

「この期に及んで何をぬかすのよっ! 泥棒っ! うちの子をどこにやったの!?」

「だから俺だってっ! 渚沙だよっ! あんたは俺の母親の秋城あきしろ游香ゆうか、後ろのは俺のねーちゃんの秋城あきしろ潮帆しほ、父さんは出張中の秋城あきしろみなと!」


「この人……何でこんなにあたし達のこと知ってるの……えぇ、怖っ」

「だぁーかぁーらぁ! あああもう、どう説明すればいいんだ、これはっ!」


 それから二人を納得させるまで、実に三十分を要した。


 ◆


「で……朝起きたら、女のコになってたってこと……?」

「そうだよ。はぁ……まじでどうなってるんだよ、これ……」

「ま、この際あんまりそーゆうの考えなくて良くない? あたし、ずっと前から妹欲しかったし! 弟も妹もゲット出来て、一石二鳥じゃん!」


「そういう問題じゃないだろ……」

「てゆーか、あんた。女のコになったら、結構可愛い顔してるじゃん。ちょっとこっち向いてよ」

「……ん。これでいいか?」


 不機嫌になりながらも、頬杖をつきつつ姉の方を向くと。パシャリと音がして――。


「えぇー、やばっ! めっちゃ可愛いんだけどっ!」

「あっ、おい! 写真撮るなよっ」

「いーじゃんいーじゃん。見て、ママ! これ、すっごい可愛くない?」

「はいはい。しほ、後で見てあげるから椅子に座っときなさい」


「はーい」


 しぶしぶといった様子で。姉は俺の隣の席に。


「母さんも受け入れるの早いな、もう……」

「ほら、朝ごはん。早めに食べちゃいなさいね」

「あ、うん……」


 目の前に出された皿を見る。トーストと目玉焼き、そしてウィンナー。いつも見る、我が家の朝食だ。最近は寝坊も多く、これを食べる機会は少なかったが。


 気だるさを抱えながら、もそもそと食事をする。女になってからというもの、鼻呼吸は少し苦しく感じるし、口も大きく開けられない。

 つまり、俺はちまちまと食事している。こればっかりはどうにもならないんだっ。


「そーいや、なぎ。あんた、学校は?」

「学校は――って、行かなきゃまずいだろ」


で?」


 姉の指が俺の胸にぷにぃと突き刺さる。


「あ――――ど、どう説明すればいいんだ、これ……」

「とりあえず、今日はいつも通り学校に行きなさい。先生方には、女装趣味に目覚めたって私から説明しておくわ。で、放課後病院に行くわよ。なぎさの体に異常が無いかどうか、見て貰う為にね。だから今日はバイトは中止」


「……あ、ハイ――――でも、制服はどうすれば」


 いたずらっ子のように、にひぃと姉が笑う。


「あたしのお古があるじゃん。ついでに……そのアホ毛ぴょんぴょんの髪も可愛くしたげる」

「あ……」


 どうやら、俺に選択肢は無いようだった。まあ、うちの親のモットーは「健康なうちは動く」だからな。

 部活をしないならバイトをしろと言われたのも、それに基づくものだ。


 食事を終えた俺は、ずるずると脱衣所まで引きずられた。


 ◇ ◇ ◇


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