造語性怪獣ジャーゴン

長月瓦礫

造語性怪獣ジャーゴン


忙しそうに行き交う人々のすきまから極彩色の怪獣が現れた。

二足歩行のトカゲ、歩くたびに道路にヒビが入る。

目の前のタワーマンションに勝るとも劣らない巨体が大声を上げる。


赤ん坊のような産声を上げて、怪獣が現れた。

体には様々な単語が刻まれ、波のようにうねっている。

造語性怪獣ジャーゴンだ。


ジャーゴンはどっしりと確かな足取りで町を歩き、建物を蹴散らしていく。

人々は大声をあげ、散り散りに逃げ惑う。

電車はひっくり返り、脱線する。


ジャーゴンは1ヶ月ほど前から姿を現した謎の生物である。

町中に現れ、ひとしきり暴れて煙のように消える。全国各地で被害が出ていた。

ジャーゴンの被害を広げないためにも政府は調査を進めているが、一向に手掛かりがつかめない。いろんな意見が飛び交っているだけで真実味がない。


人ごみから現れたから、人間が突然変異したものである。

水たまりから現れたから、新種のトカゲである。

それ以外にも、宇宙から来た新生物だとか某国が隠し持っている兵器だとか様々な意見が飛び交っている。


しかし、どれも決定的な証拠が欠けていた。

大人たちの言葉を借りれば、エビデンスが取れないのである。

突然現れていきなり消える。ジャーゴンがジャーゴンたる証拠エビデンスがない。


鱗のように人間の言葉をまとっていること以外、何も分からない。

国内外問わず様々な言葉が模様のように刻まれている。

意味のない単語が並んでいるだけだから、スラングから生まれた怪物なんて呼び名もあるくらいだ。

自分以外に理解できない専門的な用語を使う大人の成れの果てだと噂されている。


「──まるでボクみたいだ」


少年はジャーゴンが暴れている街を静かな目で見つめていた。

駅から遠く離れたマンションの屋上からその様子を眺めていた。


帽子を深くかぶり、地図とジャーゴンが表示された携帯ゲーム機を持っていた。

スイッチを入れるとジャーゴンが街に現れ、ボタンを押すと攻撃を始める。

適当に操作して人々や町を破壊し、時間になったら電源を切る。


その後は家に帰って適当にご飯を食べて寝る。

そして、朝になったら学校に行く。


家の近くのゴミ捨て場にゲーム機が落ちていたから、持って帰った。

誰も使わないなら、自分がもらったほうがいい。

遊ばれないゲーム機もかわいそうだし。


そう思ってゲームを起動したら、ジャーゴンが街に現れた。

ボタンを押したら攻撃をはじめ、建物を破壊した。

電源を消すと、怪獣も消えた。


すぐに捨てようとも思ったが、ニュースですぐに取り上げられ、世界中に発信された。有名人にでもなったみたいに怪獣がテレビに映った。


偉そうな大人が大慌てで中継を始めて、本当に驚いた。

一気に有名になってしまったのだ。

ゴミ捨て場にあったゲーム機のおかげで、怪獣を呼ぶことができた。


それ以来、人目につかない場所を探してはゲームを起動している。

ジャーゴンはすぐに現れて、町を壊して回る。一躍有名になれる。

飽きたら電源を切ればいいから、誰にも気づかれていない。


「帰ろ」


少年にとってこの世界は理解しがたいものだった。

いつも修正フィックスされ、知らない間に決定フィックスされるものだ。

そして、常に中毒フィックスになっている。


パパもママもみんな同じだ。誰も話を聞いてくれない。

いつも仕事で家にいないし、帰ってきても喧嘩ばかりだ。ゲームが欲しいなんて言っても聞いてくれない。


いつもひとりぼっちだ。誰にも理解されず、ただ悲しんでいる。

それさえも理解されない。


夕方のチャイムが響き渡る。家に帰らないといけない。

少年はゲーム機の電源を切った。それと同時に怪獣の姿も消えた。


今日もテレビでジャーゴンのことが報道されるだろう。

大人たちが真剣な表情でジャーゴンのことを話し合うと思うと、笑わずにはいられなかった。

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造語性怪獣ジャーゴン 長月瓦礫 @debrisbottle00

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