キムキチのイカレ様
@stlen
キムキチのイカレ様
「『川崎区で有名になりたきゃ 人殺すかラッパーになるかだ』って歌詞あるじゃないですか。あれ実はちょっとした噂と続きがあって、」
「京急とか東海道線で東京から多摩川渡ってすぐ、大師道っていうそこそこ大きな道のアンダーパスの壁に、昔キムキチって言う落書きがあったんですよ。たしか川側だったかな。」
「ヘノヘノモヘジのキムチ版で、いや何言ってるかわからんと思うんですけどちょっとまってくださいね、こんな感じの。」
そう言って彼が紙ナプキンに書いた文字絵は、たしかにヘノヘノモヘジのキムチ版だった。
キ キ
ム
血
「面白い落書きっすよね、んでこっから肝心の話なんですけど」
「そのキムチの落書きの「血」の部分の左から3番めの穴、穴って言い方もおかしいか……まあ穴に手を突っ込むと、ハリーポッターの9と4分の3番線みたいに裏世界に吸い込まれるって噂があって、」
「でその裏世界には「イカレ様」って神様がいて、ナニカを代償に望みをなんでも叶えてくれるって話があるんですよ。陳腐な噂っすよね。」
彼は水を一口飲み、それでもと話を続けた。
「でも俺も昔試したことがあって、実は裏世界いったことがあるんですよ、実は。噂の筈なのに。」
「裏世界っていうからなんか禍々しいところなのかなぁとか思ってたら、それが案外明るいんですよ、意外と。」
「んでその世界になんか道?みたいに一筋の光が地面に走ってて、いやうまく説明できねえな……まあ道が一本まーっすぐ通ってて、いかにもここを進め!みたいな。」
「なんですけど当時から僕天邪鬼だったから、その道から外れて見ようと思ったんですけど、今思えば正気じゃねえなって感じなんですけど。」
「でもってその道の外が何なのかなーって手ェ突っ込んで見たら、どうも水っぽいんですよ。水。んで次に顔突っ込んで見たら、」
彼の瞳孔が開く。
「底の方に頭蓋骨がぽつぽつと、でもたしかに両手では数え切れんぐらいあるんですよ。ヤバくないですか?自分夢かもわからん裏世界でちびりかけましたからね。」
「そんであーこれはだめだわ。裏世界やべーわって思って道に従って歩いて言ったんですけど、なかなか景色が変わらないんですよ。」
「んで色々考えながら歩いてたんですけど、ふと感が冴えて、ふと感が冴えるっておかしいか、感が冴えるのはいつもふとした時だもんな。」
「まあ感が冴えて、どうもこれ多摩川っぽいな、って思ったんですよ。たしかに落書きの場所、多摩川からすぐだし、ほら、多摩川の川底ならヤのつく自由業何人もいるだろうし。」
彼の目は笑っているようだった。
「したら急に目の前の道が5つに分かれて、それぞれにドアが立ち塞がるっていうかなんていうか、まあドアがあって先が見えないんですよ。」
「そしたら裏世界優しくて、頭の中に誰かがささやくんですよ。『右から3番目だよ』って、」
「いやそれド真ん中やないかーい、って思いながら右から三番目のドア開けたら、いるんですよ、イカレ様。」
「なんか見るからにザ、神様〜って感じの見た目で、あこんなもんなのかーとか思ってたら、さっきの声とは違う感じの声がまた頭に響いて、『望みはなんだ』って言うんですよ。いや言ってるのかはわかんないんですけど。」
「そんで俺言ったんですよ。『兄貴の乱暴を止めさせてください』って。」
「そんときの兄貴、半グレってかほぼ全グレみたいな感じで、そりゃもう地元じゃ有名な。」
「でいい加減足洗ってほしくて、イカレ様に頼んだんですよ。そしたらイカレ様、めーちゃくちゃニッコリして」
「『君は優しいんだね、救いようが無い人間を救おうとするなんて』って。俺なんか面白くなっちゃって。あーこんな神様っぽい人もあの兄貴は救えねーって思ってるんだって。」
彼の目はたしかに笑っていた。
「でも『じゃ、願い叶えとくから君の■□もらってくね〜』って。あ救えねーって思ってるだけでちゃんと救ってくれるんだ〜って、僕もっとおかしくなっちゃって。」
「んで兄貴とはそれ以来あってないんですよ。行方不明になっちゃって。あー面白。死は救済とはよく言ったもんですね。」
「あ、あくまで『噂』ですよ。イカレ様とか、いる訳ないじゃないですか。
兄貴は確かに多摩川の底ですけど。」
『川崎区で有名になりたきゃ 人殺すかラッパーになるかだ』
キムキチのイカレ様 @stlen
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