脱線話(だっせんばなし)

 それを聞いた時、おれわらばしたんだよ。なんはなしだと思って。あとかるく、ネットで調しらべたら、茨城には首切場くびきりばってのがおおかったらしくてね。特に幕末ばくまつ大掛おおがかりな武士ぶしによる反乱があって、そのらんこしたメンバーが大量たいりょう処刑しょけいされた関係で。


 俺の母方ははかた先祖せんぞって、有名な戦国せんごく武将ぶしょうみたいでさ。そういうこともあって、おふくろむかしからのつたえを知ってるらしいんだ。まあ俺はしんじてなかったから、お袋が言う『首切場くびきりば』ってのが何時いつ時代じだいなのか、そもそも本当なのかも知ろうとしなかったよ。でも本当かどうかなんて、もう関係ないね。なにしろ、お袋の予言よげんたっちゃったんだから。


 ちょっと脱線だっせんしていい? 俺、霊感れいかんとかはいんだけど、れいの存在はしんじててね。それは二十代の頃、東京の病院でバイトしてた体験たいけんがあったからなんだ。これは、あんたが取材してる『ご当地とうち怪談かいだん』で言えば、東京が舞台ぶたいの話になるのかな。まあたいした話じゃないから、取材しゅざい報酬ほうしゅう二重にじゅうりはしないよ。あんたがってきた菓子折かしおりだけで十分じゅうぶんさ、はっはっは。


 俺が、やってたのは病院での掃除そうじや、入院にゅういん患者かんじゃへの配膳はいぜんの仕事でね。で、患者かんじゃわってもどってきた食器しょっきあらったりもしてたの。そのあら霊安室れいあんしつちかくでね、はやはなし遺体いたいだよ。それで、洗い場で作業さぎょうをしてたら、ラップおんってやつるんだ。パチン!っていう、なにかがはじけるおと。これは同僚どうりょういてるおとだから、俺ののせいじゃない。まあ蛍光灯けいこうとうとかから、そういう音がしてるのかも知れないじゃん? だからみなにしないようにしてて。


 それで、病院のバイトは俺、しんりだったから。最後に洗い場の電気をして、戸締とじまりするやくけられたんだ。たいした手間てまでもないからにしなかったけどね。で、そこのドアは、ドアノブしき防火ぼうかとびらの、観音かんのんびらがたになってて。片方のとびらの下にいてる、レバーみたいなストッパーをうごかして、扉を固定こていして。それから、もう片方のとびらめて、ドアノブのかぎけるんだ。


 ところが、だよ。ある日、いつもどおり洗い場を消灯しょうとうして、ストッパーで片方のとびら固定こていしようとしたらさ。その日にかぎって、ストッパーがゆかかないんだ。とびら固定こていできないから、このままだと何時いつまでってもかぎけられない。ストッパーは部屋の内側うちがわにあるから、俺はかりがえたくら部屋へやの中で、必死ひっしに扉を固定しようとしてた。


 室内しつないとうのスイッチは、ドアからすこはなれたところにあるからね。廊下ろうか薄暗うすぐらくて、部屋から出る時には室内しつないとうさなきゃいけないから、気味きみわるいけどかりをけるわけにもいかない。あせってたら、部屋の中からラップおんが聞こえてきたよ。それも、今まで経験したことがないくらい、あちこちから大量たいりょうに。当然、消灯しょうとうしてるから蛍光灯のおとでは絶対にない。


 五分くらい奮闘ふんとうして、やっとストッパーで、扉を固定できて。いそいで廊下へ出て、ドアをじょうしたよ。そのあいだもラップおんりっぱなし。ストッパーが機能きのうしなかったのは、その一回いっかいだけで、あれは俺がれいんだね。そう思うよ。


 結局、病院のバイトは一年くらいでめてさ。われながら、いい判断だったと思うよ。のこってはたらいてた年配の人は、脳溢血のういっけつなにかでたおれちゃったし。職場の雰囲気ふんいきが、みるみるわるくなっていったんだよ。みんな神経質しんけいしつになってて、のオーラにかこわれてるような感覚があったんだ。


 で、こんな脱線話だっせんばなし何故なぜしたのかと言うと。てたんだよ。俺が二十代の頃にめた、病院でのバイト職場のわる空気くうきと、茨城いばらき首切場くびきりばエリアでつぶれたファミレス店内てんない空気くうきがね。


 俺、霊感れいかんいけどさ。そんな俺でも、バイトさき物理的ぶつりてきにドアがまらなくて、周囲しゅういでラップおんひびつづけたらいやでもかるよ。ああ、この職場にはって。はっきり言えばれいがね。そういう体験を、あのファミレス店員てんいんはしてたんじゃないかね。いやでもみとめざるをないような、そんな体験を。


 もうすこしだけ、脱線話だっせんばなしつづけるとさ。色々いろいろ、ニュースであるじゃん。学校や職場でのイジメや、なんたらハラスメントがさ。俺に言わせれば、怪談かいだんに出てくるたたりもみな、同じだよ。あれは人間にんげん悪意あくいなんだ。その人間が、生者せいじゃ死者ししゃかってちがいだけで。


 聞いたことない? うみでシャチが、アザラシを海面かいめんたかほうげて、なぶりごろしにする話。あれはシャチが子供こどもりをおしえてるとか言われてるけど、やられるほうは、たまったもんじゃないよ。強者きょうしゃが、反撃はんげきできない弱者じゃくしゃをいたぶってるわけで、ブラック企業きぎょうなんかもそうだよな。『クビにするぞ!』って言って、従業員じゅうぎょういんをいたぶったり、ときには不法ふほう行為こういをさせたりね。


 集団的しゅうだんてき組織的そしきてき悪意あくいってやつさ。案外あんがい、俺なんかの話より、都会にいっぱいあるブラック企業のほうおそろしい首切場くびきりばなんじゃないかね。そんなところは、三十代の時の俺みたいに、さっさとクビをられたほうがマシよ。江戸時代の首切場は処刑しょけいされるけど、現代はクビをられたってなないからね。むしろ職場に居続いつづけるかぎ地獄じごくつづくから。

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