00170322

俺は動物と言葉が通じる。


……いえ、それは流石に語弊があるかな。

ある程度の意思疎通できる、と言った方が、より正確な表現だと思う。


会話をしているわけじゃあない。


イメージとしては、外国語をしゃべる人と単語だけでやりとりをしているような感じ。

話が出来ているわけじゃあないし、細かい表現やニュアンスが伝わるわけじゃあないけれど、最低限の情報のやり取りはできる。


彼らは俺のことを『森主エルフ』と呼んでいる。

この土地を作ったのは俺だから、という理由だからだそうだ。


最初は『神』という表現をされていたけれど。

流石にそれは否定して、今の形になった。


俺はと実際に接見を経験しているのだ。


流石に、神の力の一部チートを授与されているとはいえ、それを名乗るのは烏滸がましいと思った。

天罰を食らっても嫌だ。


強いて言うなら、神様の意向でこの異世界に遣わされたのだから『天使』だろうか。

……でも、自分のことを天使と呼ぶのも何だか、恥ずかしい。


それにあくまでも、これは俺が自分の好きに始めたことなんだから。

神様の名前を勝手に語って、威光を振りかざすようなことはしたくなかった。


そう、だからこれは。

これから、彼らに伝えることは。


神様が決めたことじゃあなくて。

俺が、俺の考えで、俺の想いで、お願いすることなんだ。


『この土地の規則について』


動物らにわかる『』を発しながら、俺は彼らを見渡す。

彼らには統一の言語があるわけじゃあない。


何度も、何度も、『』を切り替える。


何度も同じ意味の『』を何種類も口にしながら考える。


動物たちの『』には、修飾語というか、飾るような言葉はない。

必要最低限の、意思疎通ができるだけのものしかない。


だから、はできない。


単刀直入ストレートに。

俺は一度口を閉ざし、目を閉じたのちに、ゆっくりと開ける。


俺の視線の先、頭を垂れて、身体を伏せる動物。

静かに沙汰を待つ、罪人のような印象を受ける。


そこにいたのは『狼』だった。


そう、この土地に肉食動物がやってきたのだ。


雑食の動物は、既に結構な数が上陸している。


虫や魚が食べられることも、兎や鳥のような小動物が捕食されることは、これまでもあった。

しかし、肉食動物ともすれば、その量も数も話が変わってくる。


彼らは、より大型の動物を狩る。

小型の動物をたくさん狩る。


土地にはいくつもの動物たちがやってきた。


俺が色々と用意しておいた甲斐あってか。

あるいは、来てからも色々と世話を焼いてきたこともあってか。


この土地に来た動物たちは健康な生活を始めて、少しずつ子どもたちが生まれている。

しかし、本来の……自然豊かで、人の手なんか借りずに、野生の動物らが生きていたころと比べれば、あまりに状況は貧層で……何よりも数が少ない。


もし狼が、その食欲のままに狩りを行えば、瞬く間に絶滅してしまいかねない程に。


俺としては皆に助かって欲しい。

しかし、肉食動物に「野菜を食え!」とはいかない。


そんなこと言えるわけもない。

人間の菜食主義ヴィーガンとやらとは、わけが違う。


彼らは生きるために、他の動物を食い殺さないといけない。

生きるために必要なこと、なんだ。


御伽噺アニメ法螺話マンガや夢の国の話じゃあ、ないんだ。

虎が、鳥や羊や兎と仲良くできるはずもない。

絵空事フィクションを語っても、仕方がない。


でも。

それを食われる側に受け容れろ、というのも無茶苦茶な話だ。


そんなことをするなら。

肉食動物を追い出した方が良い、となるに決まっている。


いや、ここに居る彼らが一斉に狼に襲い掛かればすべて解決する。

流石の狼とはいえ、鹿や猪の群れ相手では一溜りもない。


ましてや、今の狼は、必死に沼を渡った直後で飢えに飢えている。

骨は浮いて皮だけにも見える、余りに痩せ細った餓狼だ。

凶暴さもなにもない。


なら狼を排除しよう、と言うべきなんだ。


それで沢山の動物たちの命は助かる。

今後も、肉食動物を排除すればいいんだ。

そうすれば産まれてくる動物たちの子供はのびのびと大人になれる。


きっと、人間なら、そうしただろう。

そういう選択を、選んだだろう。


間違っているとは思わない。

けれど。


『肉を食う者らが狩る動物の、規則を設ける』


俺の言葉に、しかし動物たちは沈黙して回答する。

異議の申し立てもない。


俺は心臓が早鐘を打ち始めるのを感じながら口を開く。



子を孕んでいる母親を襲ってはいけない。


子どもを襲うのは数度の狩りのうちの1度にしなければならない。


狩りを行った後には禁猟の時間を設けねばならない。



いくつかの規則を狼に指示する。

狼は黙ってそれを聞き、そして最後には平伏してそれに応じる。


了解した、と言う意味の姿勢だ。


まるで王を前にする臣下のようなその素振りに、俺はいたたまれなくなる。


だが。

それは、狼に狩られる動物たちにとっては何の慰めにもならない。


「お前たちが殺されるルールを決めよう」と言っているんだ、俺は。

こんな、ろくでなしの、単にチートをもらっただけの存在に、だ。


激怒されて当然のことをしているんだ。

それなのに。



森主エルフの仰せのままに』


『我らは、あなたに救われた』


『この土地は他ならぬ、森主のもの』


『我らは、あなたに従う』



その場にいる動物たちもまた、一斉に平伏する。


ああ。

ああ。


なんて良い子たちなんだろう。


俺は、そんなに偉い存在なんかじゃあないのに。


単に土地を用意して、木を植えているだけなのに。


皆が助かると良いな、って思っているだけなのに。



『これを決定とする』




本当に、ごめんなさい。 

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