どうせみんな死ぬ。~おさとーください!~

さくらのあ

シュガーミッション

「困りましたね……」


 どうやら、キッチンで、ママが困っているようだ。これは、すごく、とてつもなく、一大事だ。


 だって私のママは、テレビとか雑誌にもよく出てるゆーめーじんで、みんな、完璧だとか、素晴らしいとか、ひのなんちゃらがない、とか?言ってて。とにかく、いっつもたくさんほめられてるのに。


 そんなママが、あのママが、困っている……!


「これは、重大事件のニオイ!」


 ててーっと、ママのとこまで駆けていって、高い顔を下から覗き見る。私のママって、どこから見てもちょーかわいいよね。お姫様みたい。


「ママー、どーしたの?」


「あら、アイネ。今日もかわいいですね」


「だって、かわいいママの子だもんっ」


 そう言うと、よしよししてくれる。ママ、大好き! えへへ。


「何か困ってるの? 私にできることなら、なんでもするよ!」


「では、一生、結婚しないでください」


「ケッコン」


「……それはさておき。実は、お砂糖を切らしてしまって。今、手が離せないので、困っているんです」


「私、買ってくる!」


「では、いつものスーパーまで、おつかいをお願いしてもよろしいですか? お金と袋がこのネコさんのポーチに入っています。お砂糖を買ったら、袋に入れて、レシートとお釣りはポーチに入れてきてください」


「えーと……分かった……よ?」


「――お砂糖とポーチをレジの人に渡して、もらえるものはもらってください」


「うん! 分かった!」


 リビングに戻って、パパに魔法をかけてもらおっと。ててーっ。


「パパー、お出かけするから髪の毛やってー」


「いいよ、おいで」


 パパの前に座って、髪の毛を編んでもらう。ママとおんなじピンクの、サラサラのやわらかい髪。目はかわいい黒で、パパとおんなじ。


 パパもママも魔法が使えるんだけどね。パパは絶対に、私の髪の毛は手で編んでくれるの。私もその方がうれしい。


 それから、これは秘密なんだけどね。パパはママより、私のことが好きなんだよ。だからね、パパは私とケッコンするはずだったんだけど。


「それで、ママなんて?」


「パパとケッコンしちゃだめだって。パパ、残念だったね」


「ぶっ」


 そんなにショックだったのかな?


「でも、だいぶ先の話だから、ママの気も変わるかもしれないし、希望はまだ消えてないよ!」


「アイネちゃん、この話はやめようか。……それで、ママに何かお願いされてなかった?」


「おつかい頼まれた!」


「何買うか、覚えてるかな?」


「おさとー!」


「そっかそっか。よし、できた」


 鏡の前でお出かけ前のチェック。うん、今日も世界一かわいい私。


「パパの魔法すごいね、ありがとう!」


「どういたしまして。走らず、落ち着いて、寄り道せずに帰ってくること。約束ね」


「はーい! 行ってきまーす!」


 お気に入りのいつもの靴を履いて、さあ、おつかいに、しゅっぱーつ!


 ――パタン。


***


「いつものスーパーは、ずーっと真っ直ぐだったよね」


 ちょっと不安。よく考えたら私、初めてのおつかいだし。そわそわ。


 ピキーン。


 なんだか、アヤシイ気配がする。誰かがこのポーチのお金を狙ってるのかもしれない……!


 いや、それはない。だって私、まだ、ポーチ開けてないし。中にお金があるなんて知りようがないもん。


「大丈夫、大丈夫――」


「わんっ」


「わあっ!?」


 目の前にわんこが現れた! びっくり!


 なでてもいいかな、どうしようかな、って悩んでたら、ひょいって、わんこがかいしゅーされた。


「わー、ごめんね! うちの子、普段は人に寄ったりしないんだけど……大丈夫? 怪我とかない?」


「はい、元気です!」


「なら、よかった。ほんとにごめんね。あ、アメちゃん食べる?」


「もらえるものはもらいます!」


「ふふっ。あ、でも、知らない人からもらったもの食べちゃダメって、ママ言うかな?」


「もちかえって、ママとソーダンします!」


 わんこをなでさせてもらった。すっごくふわふわもふもふだった!


「ふんふふーん」


 えっと、お砂糖を買うんだよね。わんこで忘れそうだったけど、スーパーが見えたから思い出した。セーフセーフ。


「すずし〜」


 そんなにお外も暑くないけど、スーパーってすごく涼しいよね。私、この入ったときのヒヤ〜が好きなんだ。


 まずは、えーと、カゴを持ってー。


 はっ、カート……!


「押したい……!」


 いっつもパパが押してるの見て、いいなーって思ってたんだよね。よいしょっと。カゴを乗せて。


「おさとーの旅だー!」


 パパがカートを持つところは、私の頭の上にあって持てないから、横の細い棒を持って押していく。カートの隙間から人がいるかどうかもバッチリ見えるから大丈夫! ちょっとふらふらするけど。


 タッ、と、走り出しそうになって、


「はっ、ダメダメ。パパと約束したんだった」


 走りたい気持ちを抑えて、とことこ歩く。


 この辺の寒いところは、私のシュクテキたちが住まう、お野菜コーナー。いつもはママに買われちゃうけど、今日は買ってあげないもーん。べーっ、だ!


 お肉とお魚、涼し〜。ずっとここにいたい……。


 さて。


「おさとーはどこかなー」


 こういうのって、上の方に何が売ってるか大体書いてあるんだよ。


 えーっと、おさとー、おさとー……。


「あいうえおの、おを探せばいいはず! お、さとー、お、さとー、お、お……お?」


 あれえ、見つからないなー。おかしいなー……。


「あ、お菓子だ!」


 ママね、お菓子は頑張ったときだけって言うから、いつも買ってもらえるわけじゃないんだ。


「わぁ……!」


 って、ふるふるふるふる。ダメダメ。今日はおさとーを買いに来たんだから。


 ……でも、一つくらいなら、買ってもバレないかな?


 いやいやいや。頑張ったときだけの約束だもん。私はそんなユーワクには負けないもん。


 ……チラッ。


「お嬢さん、こんにちは」


「こんにちは!」


 店員さんに話しかけられた! 服が店員さんの服だもん。間違いないよ。でも、パパの足音にそっくりで、びっくりした!


「カートが歩いてるかと思ってびっくりしたよ」


「あのね、おつかいなの!」


「そっか。何を頼まれたのかな?」


「おさとー! でも、お、が見つからないの」


「砂糖だね。それなら、ここだよ」


「……あ。おさとーって、さとーだったね。えへへ」


 いつも、このおさとー、と指差すと、どうぞ、と渡してくれたので、ありがとう、と受け取り、カートの上のカゴにうんしょと入れる。


「他には?」


「おさとーだけ!」


「そっかそっか。カートを押して、レジまで行けそう?」


「行けるよ!」


 店員さんと一緒にレジまで歩いて、おさとーを黒い四角のとこにピッてしてもらった。


「お金は持ってるかな?」


「ネコさんのポーチに入ってるってママ言ってた! おさとーとネコさんのポーチを店員さんに渡してって! はい、どーぞ!」


「はい、ちょうだいします」


(お支払い方法を選択してください)


 と、いつもの女の人の声が聞こえる。店員さんがピッと画面を押す。


(お支払い金額を確認し、お金を入れてください)


 店員さんがポーチから取り出したお札を、ピカピカ光るところに入れる。


 じゃらじゃら! と、お釣りが出てきた。


(お釣りとレシートをお受け取りください)


「お釣りはポーチに入れておくね。レシートはどうする?」


「えーと、もらえるものはもらってってママ言ってた!」


「じゃあ、一緒に入れておくね」


「ありがとう!」


「はい、これお砂糖」


 いつもの袋にお砂糖が入っていた。


「カートは返しておくから、今日はそのままでいいよ」


「分かった! ありがとう! またねー!」


「ありがとうございました。またお越しください」


 さて、あとは帰るだけ!


 てーっ……とっととっ、走っちゃダメダメ。おうだんほどーは、みぎひだり。


 でも、もう家見えてるし、家までだけ、ちょっとだけ……。

 

 ――ふわっと、花の香りがして、振り向く。


「わー、きれいなお花さん!」


 ママとパパにも見せてあげたいなー。今度見せてあげよっと!


「ただいまー!」


「おかえりなさい、アイネ。怪我とか――」


 キッチンで立つママに、ぎゅっと抱きつく。


「あのねあのね、きれいなお花さんが咲いてたの! 今度ママにも見せてあげるね!」


「――ありがとう」


「どういたしまして! あとねあとね、アメちゃんもらって、お釣りとレシートももらったよ!」


「ちゃんとおつかいできて、えらいですね」


「えへへ……」


 ママに頭をなでてもらえた!


「アイネが買ってきてくれたお砂糖で、ケーキを焼いておきますね」


「やったー! じゃあ、手洗いうがいしてくるね!」


「はい、おりこうさんですね」


 手洗いから戻ってきたら、パパもいて、ケーキと紅茶が並べられていた。


「いただきまーす! ……パパ、なんか疲れてない?」


「はは、気のせい気のせい」


「――私の分、一口、どうぞ」


「え、いいの? あーん……うん、美味しい! アイネちゃんが頑張って、お砂糖買ってきてくれたからだね。えらい!」


「えへへ……」


 パパにもなでてもらった。


 こうして、おさとー大作戦は、無事、幕を閉じた――。


***


 ――パタン。


 アイネちゃんが、浮足立って出ていった後。


「まだちょっと早かったかなあ……」


「これも試練です。私たちへの」


「ほんとそれ。さ、追いかけよっか」


 パパとママは、気が気でないどころではなかった。


「ケーキはアイネちゃんが買ってきた砂糖で作ったことにするんだよね」


「ええ。すぐに焼けるものでもなければ、飾りつけにも時間がかかりますから」


「ママは賢いねえ」


 なんて話しながらも、アイネちゃんから目は離さない。幸い、ママは足が速いので、ある程度離れていても、対応できる。


「あ、イヌだ」


「アイネに興味津々みたいですね。さすが、動物王女」


「やたらと好かれるよねえ。野良ネコもすごい集まって来てるし。追い払っとこ」


 そのイヌは、飼い主を引きずって走ってきた。


「あわわわっ。助けないとです!」


「ママ落ち着いて。小さいポメラニアンだから」


 飛びかかるポメ、すんでのところで止める飼い主、びっくりするアイネ。


「……アメをもらったようですね」


「よくここから見えるね」


「飼い主さんにお礼を言ってきます。スーパーの中はパパさん、お願いします」 


「おっけ。今こそ、僕の裁縫スキルを見せる時!」


 パパは、店員さんの服を観察して、同じ色の布で自作した制服に早着替え。アイネちゃんを店員さんのフリして見守る作戦。


「……いや、カートいらないでしょ!?」


 初動から心配で仕方ない。だって、ふらふらしてて危ない。そう思って人が少ないときに行かせたのだが、正解だ。


 ぶつかりそうになったら、店員さんのフリをして止めよう。とりあえず今は、すれ違う人に頭を下げて、ついていくしかない。


 だって、バレたら、パパがアイネちゃんに怒られるし。アイネちゃんは迷惑かけまくってるけど、自覚ないし。注意したいけど、今日は見てないフリ。色々言いたいけど、ぐっと堪える。


「うわっ、お菓子の罠にかかっておられる……」


 買いたそうな雰囲気のアイネちゃん。買わずともお菓子コーナーに迷い込めば、きっと、お菓子に夢中になり、一つ、二つ買ってしまうに違いない。そうなると、アイネちゃんがママに怒られてしまう。致し方ない。


「お嬢さん、こんにちは」


 魔法で声色を変えて、話しかける。制服を着ているし、さすがにパパだと気づかれなかった。


 数言交わして、セルフレジで支払いを済ませ、袋に砂糖を入れて、渡す。普通のレジで列を作るよりかは、いくらかマシ。


「ありがとう! またねー!」


「ありがとうございました。またお越しください」


 さて、あとはカートを片付けて、裏道からアイネちゃんより早く帰るだけだ。


「店員さーん、ちょっと場所教えてくれませんか?」


「え、いや、あの、僕……」


「ねね、あの店員さん、すごくイケメンじゃない……?」


「めっちゃイケメン――ってか、あの人、もしかして」


「え、嘘――!?」


 人が集まり始めた。主に、女性の方々が。


「やば……っ」


 パパは、逃げ出した!


***


「パパ、帰ってきませんね――」


 ママが外に出て様子をうかがうと、そこには、スーパーから出てきて、買い物袋をぶん回しているアイネちゃん。すぐに隠れるママ。この距離なら、ママからしか見えていないはず。


「これは、ご婦人方に捕まりましたね」


 けれど、パパの心配なんてしている場合ではない。問題は、アイネちゃん。


「走りたそう……。がんばれ、アイネ」


 うずうずしているのは、傍目から見ても分かる。だって、買い物袋がぶんぶんしている。やっぱり、お醤油とかジュースとかにしなくてよかった。


 横断歩道と信号がある度に、魔法で青に変えそうになってしまう。が、我慢我慢。


「……すみません、パパ。我慢の限界です」


 近くの花壇に風を吹かせて、花の香りをアイネちゃんに届けるママ。だってもう、今にも走り出しそうだ。何度転んでも学ばないんだから。


 花に気を取られて、元気モードから、穏やかモードに。とことこ歩いているのを確認して、ママは顔を引っ込める。


 遅れてスーパーから出てくるパパ。さてさて、アイネちゃんが先に帰ってきてしまう。どうしようか。


「ただいまー!」


「おかえりなさい、アイネ。怪我とか――」


 キッチンから離れられず、待っていた体を装っていると、アイネちゃんに、ぎゅっと抱きつかれるママ。


「あのねあのね、きれいなお花さんが咲いてたの! 今度ママにも見せてあげるね!」


「――ありがとう」


「どういたしまして! あとねあとね、アメちゃんもらって、お釣りとレシートももらったよ!」


「ちゃんとおつかいできて、えらいですね」


「えへへ……」


 アイネちゃんの頭をなでる。せっかく、パパが髪の毛をきれいにしてくれたのに、はしゃいだせいか、もうぐちゃぐちゃだ。


「アイネが買ってきてくれたお砂糖で、ケーキを焼いておきますね」


「やったー! じゃあ、手洗いうがいしてくるね!」


「はい、おりこうさんですね」


 アイネちゃんの手洗いうがいの間に扉を開け、パパを招き入れる。


「ごめん、遅くなった!」


「手を洗っている暇もないですね」


「魔法で洗うから大丈夫」


 急げパパ! アイネちゃんが戻ってきてしまう!


 ママが指を振ると、切り分けられたケーキと、紅茶のカップが机の上に飛んでいく。


 パパも間に合ったみたいだ。


 ――戻ってきたアイネちゃんは、目をキラキラ輝かせて、顔からケーキに突っ込みそうな勢い。


「いただきまーす! ……パパ、なんか疲れてない?」


「はは、気のせい気のせい」


 パパにもご褒美が必要かな。


「――私の分、一口、どうぞ」


「え、いいの? あーん……うん、美味しい! アイネちゃんがお砂糖買ってきてくれたからだね」


「えへへ……」


 嘘つきなパパも、アイネちゃんの頭をなでる。


 こうして、アイネちゃん、初めてのおつかい大作戦は、無事、大成功をおさめた。――アイネちゃんにとっては。


 ……アイネちゃんにとって大成功なら、まあいいよね。


「もう二度とやりたくないけどね!」


「私も同感です」

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どうせみんな死ぬ。~おさとーください!~ さくらのあ @sakura-noa

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