親のそのまた親たち

 ある日のこと、僕は両親とスマホでテレビ通話をしていた。美聡は遅くなるみたいで、今は海斗と二人きりだ。海斗は最初こそ祖父じいじ祖母ばあばに笑顔を振りまいていたけど、やがて興味がなくなったのか今はテレビで特撮ヒーロー番組を見ている。


『で、お仕事の方はどうなの?』

「ああ、今ホント大変なんだよ……イタチザメっていうサメが赤ちゃん産んでさ、それ自体はすごいことなんだけど、もうそれの世話にかなり気遣わないといけなくて」

『へぇ、そうなんだ……響輝くんと一緒に行ったときはイタチザメっていたっけ」

『いや……いなかったかな。イタチザメ、見に行きたいな』


 画面越しのお母さんは、五十超えとは思えないほどに、往時の美女の面影を色濃く残していた。その隣のお父さんも、中年の男には見えないというか……やはり美男子は年を重ねても美男子なのだな、といった感じだ。


響輝ひびきくんも水族館でサメ見たいんだ。じゃあ私たち、息子のに行っちゃう? 真面目に働いてるかどうかも見たいし』

「ちょっと、やめてよお母さん」

『そういえば前に言ったかな。シャークワールド河東水族園って、お父さんがお母さんと一緒に最初にデートした場所なんだ』

「えっ、そうなの。知らなかった」

『そ、響輝くんの言う通りなの。だからさ、弓月ゆづきくんがそこに就職したって聞いたとき、運命だなって思った』


 それは知らなかった。確かに、それはあまりにも運命的だ。初めてデートした場所に息子が就職するなんて、そうそうあるもんじゃない。


 お父さんとお母さんは、どのようにして知り合って、夫婦になったんだろう。僕の姉が語ってくれた「小さな頃の記憶」にヒントがある。まだ前の家にいた頃、お父さんは隣に住んでいたらしくて、そこからお母さんに会いに来ていたらしい。


 そう考えると、まるで僕と美聡じゃないか。集合住宅の隣部屋同士、妻が年上で、夫が年下。僕と美聡はそこまで年が離れていないけど、なんだかそっくりだ。結婚前に子どもをこさえていたってところも似ている。血は争えないっていうけど、その通りかもしれない。


*****


 その晩のことだった。海斗くんは日中疲れたからなのか、すぐに子ども用ベッドで心地よさそうな寝息を立て始めた。


「ねぇ、弓月くん」

「ん?」


 ダブルベッドで隣に寝転がる美聡が、僕の寝間着の袖をちょいっとつまんで引っ張ってきた。


「あのね、弓月くん……そろそろ私、二人目が欲しいかなって」


 その言葉を聞いた僕は、心臓がドキンと跳ねた。いつか来ると思っていたその言葉だけど、いざ言われるとドギマギしてしまう。耳の後ろ側辺りが、かあーっと熱くなるのを感じた。


「海斗くん起きないかな。大丈夫?」

「あれだけぐっすり寝てたら大丈夫じゃない?」

「うーん、そうかもしれないけど」

「なんか乗り気じゃない? もしかして疲れすぎて、出ないとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……なんというか、「ついに来たか」って感じがして」

「何それ。笑える」


 愛しい妻は、面白そうにくすっと微笑んだ。


 海斗が生まれた後も、僕たちは房事から遠ざかってはいなかった。海斗が寝た後にリビングや風呂場で致したりして、僕たちは数えきれないぐらい肌を重ねてきた。だから今さら気負うこともないんだけど……今日の提案は「子作り」だから、いつものそれとは違うわけで……


「まぁでも、そろそろいいかもしれないね」


 水槽生まれのイタチザメの方はもう七匹に減ってしまったけど、生き残った強い個体は安定してきている。忙しいのは相変わらずだけど、サメ出産直後のバタバタ感はない。二人目をもうけるのにいい頃合いだと思う。


「でしょ。私もあんまり高齢になると産むの大変だし、なるべく早く産みたいなって思ってるの。協力してほしいな」

「まだそんな年じゃないでしょ」

「歳月人を待たず、って言うでしょ。それに私、三人目までは欲しいって思ってるの」

「ああ、前にも言ってたね……」


 三人かぁ……僕も欲しいけど、先のことはまだわからない。美聡は高齢出産を避けたいみたいだし、そう考えるとあんまり時間に余裕はない。このタイミングで「二人目が欲しい」っていうのも無理はないことだけど……


 人間が二人目だの三人目だので考え事をしている間に、サメは一度に三十二匹も産んじゃうんだから、住んでる世界が違いすぎるなって思う。


「なんだろう、心の準備ができてなかったっていうか、そんな感じなんだよ」

「そっかぁ。じゃあ、肩の力が抜けるおまじない」


 そう言って、美聡は僕の前で人さし指をぐるぐると回し始めた。


「それじゃあトンボだよ。僕捕まっちゃうの?」

「捕まっちゃうっていうか、もう私が捕まえちゃったみたいなもんだし」

「あはは、そうかも」

「ホラ、これで肩の力抜けたでしょ」

「確かに」


 なんというか……この人と一緒にいると退屈しないな、って思った。

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