コミュニケーションマーケット

七四六明

コミケ!

 僕は、俗に言うコミュ障って奴なんだろう。

 友達はいない。僕にとっての友達は、ゲームや漫画の世界に出て来る主人公達。

 だけど僕は友達が欲しくて、何をどうすれば友達が出来るのかわからなかった。


 幼稚園。小学校。中学校と独りぼっち。

 高校生になった今も、変わらず僕は独りぼっち。

 部活に入る度胸もなく、僕は僕の世界に閉じ籠っていた。


「兄ちゃん。兄ちゃんって、コミケとか行かないの?」

「コミケ……?」


 不意に、弟から言われた。

 本当に唐突だったから驚いたけれど、弟は弟なりに、不甲斐ない兄の事を思ってくれたんだと、今更ながら思う。


「だって、こんだけゲームも強いしアニメも幅広いジャンル見てるし、漫画に至ってはもう描けるレベルじゃん? そんな兄ちゃんがコミケに興味ないの?」

「そんな事はないよ……ただ、人混みが苦手なだけで……」

「じゃあ行って来てよ! んでもって、何か新しい奴発掘して来て! 兄ちゃんそういうの得意だろ?!」

「そんな、いきなり……」


 翌週、日曜。


 何だかんだと来てしまった。

 行かされてしまった。


 まぁ苦手なだけで嫌ではないし、尻込みしていた尻を叩いてくれたと思えば感謝こそすれ、怨むなんてのは筋違いなんだけれど。

 にしても――


「熱い……」


 人が密集して、熱気が天井に集まって白い蒸気が上がるなんて話を聞いた事があるけど、本当に天井に熱気が集まってそうだ。

 とにかく新作の発掘。後は一般同人誌を幾つか勝って――


「おい、いいだろう? 写真撮らせてくれよぉ」

「いや、そういうポーズはちょっと……」


 声が聞こえてみてみると、そこには弟が欲しがっていた同人誌――ではなくて、同人誌にも描かれているキャラクターのコスプレをしている女性スタッフが、カメラを持った客に言い寄られていた。


 男の人は結構な巨漢だ。鍛えている感じではないが、殴られたら間違いなく吹っ飛ぶ。

 けど困り顔で、今にも泣きそうになっている女の人を前に、僕の気持ちも穏やかではなかった。

 怖いけど、こういうのは勢いしかない。


「ねぇ」


 突然肩を触られた男性は、初めは苛立った様子で振り返ったが、僕の顔を見ると血の気が引いたようだった。

 普段は顔を隠すように前髪を伸ばしているけれど、今日に向けて両親に行ってこいと言われた美容院でカットして晒された僕の顔は、きっと怖かったのだと思う。

 幼少期から、怖い話に出て来る幽霊のような顔だと言われて来た僕の顔は、これまでに何度か、喧嘩慣れしていそうな男の人をも退けた経験があった。


「写真を撮りたいなら、泣かせてはいけないと思いませんか。辱めるのも、嫌な思いをさせるのも、マナー違反だと、思いませんか」

「それは……」

「同人誌を買いに来たんじゃないのなら、とっとと退いてくれないですか。あなたが邪魔で、同人誌が買えなくて困っているんです……現在進行形で、困っているんです。僕が」


 一切瞬きせず、男性の目の中を覗き込む。そうしてやると男性は巨漢には見合わずブルブルと震え出して、立てなくなったのか、その場で尻餅を突いてしまった。

 男性を追って、瞬きしない目が眼球だけ動き、回る。


「お姉さん困らせて、周りを困らせて、迷惑なんです……お願いですから、そこ、さっさと、退いて、くれませんか……」

「は、はい……!」


 止めに首を傾げて鳴らしてやると、男はそそくさと巨漢を揺らして走り去っていった。

 呆然と見つめている女性の前で、ずっと瞬きを我慢して涙する目を拭い。


「すみません……」

「え?」

「あ、あの、えっと……だ、大丈夫、でした、か……」

「え、あ、あぁはい! ありがとうございました!」


 男には詰め寄れたけど、女性に対してはコミュ障がより強く発動してしまう。

 いつも買い物で店員と話すのだって苦手なのに、まさかこんな事になるだなんて。


「あの……えっと……あぁ、えぇ……その……が、頑張って、下さい」

「あ……」


 早くその場から離脱したい一心で立ち去ろうとしたが、本来の目的を思い出す。

 踵を返して財布を取り出し、並んでいた同人誌の一冊を取って。


「こ、これ……お願い、します」

「はい……! あ、ちょっと待って下さい!」


 コスプレ女性は後ろを向き、何やら書いている様子だった。

 スカートは短いし、背中も大きく開けているし、正直目のやり場に困ったけれど、待っているとその人は名刺を渡してくれて。


「これ、私の名刺です。その……う、裏に私のプライベートのアドレス書いてますので、良ければ、連絡……して下さい」

「え」

「お願いします……お礼がしたいんです……」


 帰宅後。


「って言う訳で名刺貰ったんだけどどうしよ」

「即連絡だろ、兄ちゃん! 何でそこで躊躇うんだよ!」

「いや、何か変な勧誘とかだったら……」

「そんな事ないって! これ買ってくれた人全員に配ってるタイプの名刺だよ! 連絡取るべきだって! 兄ちゃん!」


 という後押しを受けて連絡し、早二年。


「どうしたの?」

「いや……今更ながら、驚いてる。まさか二年前、弟に行かされてたコミケに、今度は販売者として、それも、彼女の手伝いとして、来ているんだから」

「そっか。だって、君がいてくれると変な人が絡んで来なくて済むんだもん」

「でも、僕、顔が怖いから……人が寄り付かないんじゃ……」

「そんな事ないよ。君の顔、私全然怖いと思った事ないし!」

「それも、珍しいな……まぁ、付き合ってと言われたのも、驚いたけど」


 連絡した翌日に食事に誘われ、遊ぶ仲になった。

 連日遊んで行くうちに仲良くなり、半年経った頃に彼女から告白され、付き合う運びに。

 コミュ障の自分が女性から、それも六つも年上の女性から告白されるとは思わなかった。僕はただ、同人誌が買いたかっただけだったし、あの時の男性が邪魔だっただけなんだけど。


「だってだって、あの日の君が、まるで王子様みたいでぇ」

「そっか……それで、その……今日もコスプレ、するの?」

「うん。同人誌のキャラにコスプレして販売するのが、私の売りだから!」

「まぁ、うん……いいん、だけど……その……今回のキャラは前より露出度が高くない? レイヤーさんにお願いした方が……」

「大丈夫! 私には最高の彼氏がいるもの!」


 ずっと友達が欲しくて独りぼっちだったのに、一歩跳び越えて彼女が出来てしまった僕。

 正直順序が色々と違う気がするけれど、コスプレした僕の彼女は、可愛いです。

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