第六片 2人の道

 「なにあの人…」

 「めっちゃ禿げてね?笑」

 「病気とか…?」

 「帽子とかで隠せばいいのに。」

 「お洒落だと思ってんのかな?笑」

 一人の生徒が立ち上がる瞬間、何人もの声が教室に木霊する。

 「ほら、みんな静かに!」

 先生の一声で空気が変わった。まさに鶴の一声。

 「あたちは…こんな頭ですが、頭は良いです!!あ、えっと、このクラスにいる地点でそうですよね(笑)」

 彼女は、レンズの分厚い丸眼鏡をカチカチと動かし強調しながら自信満々に話した。

 あの身なりではあるが、スタイルは良い。

 腰が高い。

 体も細い。

 胸もデカい。

 ボン・キュッ・ボンがしっかりしている。

 でもそれ以外に関しては…

(自己主張強めか?あと自信過剰。)

 「私は…バーコード頭にロマンを感じています。」

 (はぁ…。)

 想定外の自己紹介に思わず心中、呆れ声が出る。

 「過去に出会ったことがあるんです。バーコード頭で気品のあるお方に…!あの日のことは忘れません…。」

 (勝手なイメージだけど、気品のある人っていったら執事とか?)

 「私は昔、家出を繰り返していました。」

 (繰り返!?)

 「あれは確か…百五回目の家出でした。」

 (いやいや多すぎやろ。ご家族どんな人なの…もうそこまで来たら、一人暮らしやらなんやらさせてあげて…。あとなんで回数分かるの。)

 ここでこのストーリーに捏造疑惑が出る。

 「夜、雨の中必死に走りました。」

 (アニメとかでよくある組み合わせだな。)

 「マンションの屋上を!」

 (何故?!)

 話の続きが気になるこのタイミングで、教室の扉の開らく音が鳴り響いた。

 誰が開けたのかと皆がその方向を一瞥する。

 このタイミングでその扉を開ける人物には一人しか心当たりがない。


 そう、あのチャラ男くんが帰って来たのだ。

 色んな意味で。


 「うわ何あのバーコードぉお!!くそウケる笑」

 第一声が失礼極まりない。そして今、話の続きが気になっていたところだったのに邪魔された感強い。

 「わぁー嬉しいなー!ありがとー」

 (めっちゃ棒読みで返事しだした?!この子もしかして精神強者だったり…??ゲームで言うSSR??)

 「そんな笑…そんな褒めたっ…つもり笑笑…な、ない……ww……よ……笑笑」

 (おい、馬鹿にしてるだろチャラ男。笑いすぎて字幕話し方変なことになってるよ。)

 「え?褒めてくれたんじゃ…ないの…?」

 (駄目だ……どこからどこまでが演技なのか全く分からない…。)

 「褒めたぁ??笑 この僕が褒めるわけないじゃないか笑」

 (ねぇチャラ男くん。君ってさ、よく人が変わる…二重人格とかって言われない?)

 「あれ?どっちが演技だったっけ…。」

 (自分で自分を見失わないで…!?)

 思わず、必死に伝えるような目で見つめてしまう。

 「あ…」

 私の強い視線に気づいたのか、彼女は私を見つめてきた。

 「…?」

 そのまま黙るもので、どうしたら良いのか分からず、「どうしたの?」とでも問いかけるように軽く眉をピクリと動かしてみる。

 「歌奏蕾かから…ちゃん?」

 「えっ…?」

 まだ自己紹介をしていないのに名前を把握している…というより、元々知ってたような物言いだ。

 彼女が目立っているだけあって、彼女に注目された私は周りの視線も浴びるのだった。もうほんと、怖い程に視線を感じる。

 「あ、すみまそん!話が脱線してしまいましたね!!」

 「すみまそん」…??噛んだだけ……だよね…?


 「私の名前は……天野あまのよるです。」


 (天野夜…?!)

 …まさかの、小学校の頃の同級生だった。



 学校への通い路の途中、マンホールがある。蝶々が真ん中に描かれているのが特徴。

 俺はここで、幼馴染と待ち合わせしている。学校のある日は毎日そう。

 マンホールで待っていると、一分もしないうちに幼馴染はやって来た。いつもなら幼馴染の方が先に来ている。だからきっと、何かあったのではないかと不安になる。

 「…?どうしたの?」

 俺の顔色を窺ったのか、首を傾げてきた。

 「あぁいや、なんでもないよ。」

 「…そっか。」

 訊くべきか悩むけれど、何でも人に訊かれて良いというものではない。まだ様子を見ておくべきだろうか。

 お互いの沈黙を阻止するように、幼馴染が口を開く。

 「あ、じゃあ行こっか…!」

 なんかその言い方だと、まるでデートに行くみたいじゃないか。

 まぁ実際、学校へ通うんじゃなくて遊びに行く方がいいんだよなぁ…。

 「学校面倒くさいな…」

 「…?」

 幼馴染の反応を見て、ようやく心の声が漏れたことに気がつく。ほんとにしょ〜もない話なので、大した事ないよと身振り手振り表明して見せる。

 「あぁいや、なんでもないよ」

 「ほんとにぃ?僕ら幼馴染なんだから、何かあったらいつでも言ってね。」

 「…うん。ありがとう、雪姫ゆき。」

 彼女……あぁ、彼女というのは、いわゆる僕っ娘なのだ。男の子らしいかと訊かれると、そうでもない。髪だって長い。

 彼女は昔から俺を頼りにしてくれている。でも、頼ってほしいってことは、その分お返しがしたいということだろうか?

 彼女は、薄っすら青い、瞳と髪が凄く綺麗で俺でもつい見惚れてしまう程美人だ。

 親しみやすいし、クラスの人に好かれるのも当然。

 だから彼女は、色んな人と交流ができる。

 だから雪姫は、それ以外でも以上でもない自慢の幼馴染だ。そう、ただの幼馴染。それに俺には、可愛いお姉さんという好きな人がいる。

 だから雪姫は、それ以上でもそれ以下でもなく幼馴染なのだ。

 「あのさっ…!桜香おうか……」

 「どうしたの?急にそんなもじもじして。」

 「ばかっ…!もじもじなんてしてないってば…!」

 「ほんとにぃ??」

 俺は雪姫に対してドSになりがちな気がする。今もその癖が出て、悪顔を向けている。

 「っ…!」

 「…?顔赤いよ?熱でもあるんじゃ…」

 そう言って額に手を伸ばした瞬間、彼女の眼は一気に鋭くなった。

 「触らないで…!」

 パンッ…!

 「いっ……たい…痛いよ…何するんだよ雪姫…!」

 額に差し伸べた手をバシンとはたかれた。かなり痛かった。雪姫にこんな力があるなんて、十年一緒に過ごしてきた今まで一度も気づかなかった。

 (俺……雪姫のこと、知ってるようで何も知らないんだな。…それを言ったら雪姫も一緒か。俺は雪姫に隠し事をしているのだから。)

 「………私」

 「…?」

 「……ご、ごめん……ごめんなさい……」

 「雪姫…?」

 「ごめん…!」

 雪姫が走り出す。

 それに歯向かうように俺は声を上げる。

 「待っ…!」

 しかし、止めようとした俺の声は届かず、言いかけて止めた。


 一人孤独に立ち尽くしながらふと思った。

 (雪姫って、もしかして……俺のこと、好き…なのか…?)

 その疑問だけを残して、黒いランドセルを背負い学校へ向かった。

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