第七片 それは近いようで遠く、

 学校へ行けば、雪姫ゆきもそこに居るはず。雪姫を気に掛けるも、そう信じて歩き出す。


 学校へ着き、かかとに指を添えながら靴を履き替える。

 靴を履き替える間、意識的に雪姫の靴箱を疑視する。

 雪姫はまだ来ていない。

 雪姫は今まで遅刻をしたことがない。だから遅れて来る確率は低いはずだ。

 しかし、先程別れた雪姫は桜香おうかも見たことのないくらいに取り乱していた。あの様子では、遅刻をしないと確証しようがない。

 「…桜香、?」

 同じクラスの友達が玄関に入った直後に声を掛けてきた。

 …動揺を隠せぬ程に震えた声で。

 基本的に俺と雪姫はセットみたいなものなので俺が一人でいるのが、俺の思ってた以上に珍しかったよう。その影響か、ただの「疑問に思っている表情」ではなかった。疑心暗鬼とでも言えば良いだろうか。それ程だった。

 ついでに、その瞳は目玉の落ちそうな程にかっぴらいてる。

 (…さ、流石にそこまでは驚愕しなくてもよくない?)

 「お、おはよう勇立漢ゆりか。」

 相手の表情や仕草に、逆にこっちが驚かされ一瞬言葉が詰まってしまう。

 「どうしたんだ桜香?そんなに動揺して…。」

 (こっちの!!!台詞セリフ!!!)

 というツッコミを心の中に封じ込め……いややっぱ言おう。

 「こっちの台詞だっ!」

 俺のツッコミに対し勇立漢は……目を見開き、瞳に光を取り戻したようだった。

 「……?どうかした?」

 俺のツッコミに瞳を輝かせるのは意外なので、俺の頭上にハテナが浮かんだ。

 「あぁいや。雪姫がいないから心配したけど、結構いつも通りみたいだから安心した。」

 「…心配、してくれたんだ?」

 「ダチだからな。」

 「っ…」

 あまりにも真っ直ぐに伝えてくれるものだから、感動で言葉が出なくなってしまった。なんとか言葉を紡ぐも、「ありがとう」の5文字しか出てこなかった。

 弱々しく感謝の言葉を紡いだ俺を見ると、勇立漢は穏やかに「ふっ…」と微笑む。

 「追わなくていいのか?」

 「えっ…?」

 「雪姫嬢だよ。」

 どうやら俺の様子で何があったのか大体のことは察したようで、今俺が何をすべきかを示唆しさしてきた。

 因みに『雪姫嬢』とは、一部の雪姫ファン層間での呼び方だ。

 言わずもがな、勇立漢もファンの一部である。

 「……でも。」

 雪姫が去るとき、泣いているように見えた。


 俺は幼稚園の頃、女の子と喧嘩をしたことがあった。そのとき父さんが言ってた。

 「いいか?桜香。女のこと泣かせるな。女には優しくしろよ。」と。

 それ以来、女子との喧嘩はしないようにしているし、それが癖になって男同士の喧嘩もずっとしていない。そもそも、喧嘩を避けているまである。だから相手を傷つけたらどうしたらいいかとか、そういうのが分からない。

 雪姫が泣いているのは俺が原因かもしれない。確証はないけど、その可能性がある以上、雪姫を追いかけるべきなのかもしれない。けれど、そういうとき、どう声を掛けるべきなのか。謝るべきなのか。


 (…分からない。)


 「何で悩んでるのか知んないけどさ…。真っ直ぐな気持ちが伝われば、それでいいんじゃねぇの?」

 考えるように目を少し泳がせ頭を掻くとその手を葬り、優しい目で助言をする。そんな勇立漢を見て、良い友を持ったと誇らしく思った。

 彼は短髪で茶髪という、見た目通りに活発な人物だが、オレンジな印象で大き過ぎない瞳はどこか大人っぽくて安心感があった。

 手足は大きいから、将来は巨体になるのだろうか。手足が大きいと背が伸びるって、母さんが前に言ってたから。

 「…そう、だよな。…俺、雪姫を追いかける!」

 勇立漢に背中を押され、ようやく決意に至る。

 いつも勇気を出せず、背中を押されてやっと行動に移せる。そういう自分に嫌気が差している。

 (でもお姉ちゃんが、人は変わるだとか癖は直せるだとか言ってたっけ…?本当かどうかは分からないけど…。)

 「行ってこい!」

 「わっ……うん!」

 今度は物理的に背中を押され、体制が不安定になるもげんなりとした背中を正し直す。それと同時に振り向き、力強く凛々しい表情で頷く。




 ✿

 ずっと走り続けた。


 学校への通い路を歩きながら雪姫の自宅を目指す。その際に、雪姫と遊んだ公園、雪姫と初めてあった場所、思い出の場所…(全て通い路にあるので)できるだけ目を凝らしながら走った。


 しかし、それら何処にも雪姫は居なかった。


 雪姫の自宅にあるインターフォンを鳴らしたら、雪姫のお母さんが出てきた。そこまではいつも通りだからいい。問題はその後。いつもなら雪姫のお母さんが出てきた後に雪姫が出て来る。しかし、今回は出て来なかったのだ。

 自分の事情で心配を掛ける訳にもいかないので雪姫の居場所は訊けなかった。

 「雪姫が俺の貸したノートを家に忘れたみたいで…!勝手に取ってっていいよって言ってたんでお邪魔してもいいですか…!」と、少々無理矢理ではあるが断りを入れて自宅に侵入(?)した。

 言い訳にしか聞こえない筈の理由でも、雪姫のお母さんは快く迎えてくれた。本当に良いお母さんだと思う。

 雪姫の部屋へ向かう最中、一つ一つの部屋をできる限り覗いたが雪姫のいる気配は感じられなかった。

 雪姫の部屋にも誰も居なかったので帰ろうとしたが、たまたま部屋の片隅に目が向く。そこには勉強机があり、上には「秘密の日記」と大々的に書かれたノートがあったのだ。

 見てはいけないのに、「秘密」というワードはどうしても気になってしまうから不思議だ。人間って野次馬なんだな…と改めて思う。これには我ながら小学生の思考ではないな〜と思う。

 恐る恐る近づき、周りを警戒しながらノートをぺらり。

 いちページ二日分と、上下に分けて書かれていた。行数もバラついておらず、雪姫が如何にも几帳面かが見て取れた。

 しかしページを進めると、ページいっぱいに書かれている一日があった。

 そのページに書かれた日付を見ると、昨日の日記であることが分かった。つまりは最新の日記。何か手がかりが掴めるやもしれんと拝読する。

 (どっか行っちゃう雪姫が悪いんだから…ね…、?)


 『デートの話。

今日は、桜香とプラネタリウムを見ました。

星がきれいだねって、桜香がすっごくよろんでて、その笑顔がすっごくかわいかったです。

僕も桜香の笑顔を見て笑顔になりました。

桜香は自分の星座を探すことに集中していたけど、その分僕は桜香を見てました。

今ならバレないかなって思っちゃって…テヘ

桜香ってば、僕が見てることにちっとも気づかないんだから…。

こんなに見つめるのは気づかないことへのバツなんだからね!!

でも桜香は、自分の星座を見つけたら僕に教えてくれた。

そのとき、僕はずっと桜香のこと見てたから、流石に気づかれたかな?

今思い出してみると、おどろいた顔だった気がする…。

桜香のこと、好きだけど…好きって言えない…。

言っちゃいけない気がする…。

僕は、桜香のことをこのまま好きでいていいのかな?

…このことを知ったら、桜香はどう思うんだろう?

ひかれたりしたらどうしよう…シュン

プラネタリウムを見たら帰るつもりだったのに、頭の中がごちゃごちゃしちゃって、公園により道しよって桜香をさそいました。

桜香はいいよって言ってくれて、一緒にブランコ乗ったりして楽しかったなぁ…。

いい感じに気分が晴れたので、いい気分で帰ることができました。

帰るとき、いつも桜香は送ってくれます。

そういうところが、しんし?でかっこいいなって思います。

桜香の好きなところならいくらでも思い出せちゃう…。

お家に帰ってからは、桜香のことで頭いっぱいで、桜香とデートするもうそうをたくさんしてしまいました。

桜香には申し訳ないけど、ストーカーをしてしまうほど好きになってしまいました。


ねぇ…桜香? もしこのノートを読んでしまったのなら、またあの場所でデートして…?なんて…ね。』


 ノートを読み終えた桜香はノートを元の形に戻すと、直ぐに家を飛び出しプラネタリウムの場所へと走り向かった。

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