第五片 困惑
教室のある3階へと登った後、左へと曲がる。
「あ、靴紐が解けちゃった…!先に行ってて」
まさかのそういう別れ方する作戦?!いやでも…いずれにせよクラスはバレるものだと思うから、誤魔化してもそれは全て水の泡になると思うんだけど…。それとも何か他に理由があるのかな…。偶然……ではないよな、流石に。ここは敢えて、「待つよ」とか言ってその後の行動を見計らいたいところではあるが、「先に行ってて」って言った後に待たれるとしつこく感じるからやめておこう。これは、私が実際に経験したことのあることだからこその判断である。
「じゃあ、先行ってるね。」
一応急いでいるので簡潔に伝え、相手の無駄な時間を減らすという考慮。素晴らしい。踵を返すと直ぐ、私の背に「ありがとう」と声が掛かった気がしたので、背を向けたまま、通学バックを持っていない左手の方を顔の横に上げ、どう致しましての意を込めて、その手をひらひらと
一番奥にあるG組へと歩き進む。突き当たり右に曲がり進めばもうそこは教室の中だ。
ドアは開いたままだが、先生はもう教卓の前で生徒に自己紹介をしている。先生の後は生徒の自己紹介になるだろう。
先生の自己紹介の真っ最中に教室へ入るのは、水を差しているようで申し訳ないが行くしか無いのだ。それ以前に、遅刻して来たことによって周りの視線を集めるのがとても嫌ですがね、はい。あまり目立ちたくない。もう影と思ってほしい。
(失礼しまぁ〜す…。)
声には出ないが心の中では「失礼します」と言ったので水を差したのは勘弁してくれ。言っていないと言われれば「言ったけど声が大きく出ませんでした」って言い訳をすれば……。まぁその場合、「声はちゃんと出せ」とか言われて終わるんだけど…。でも流石にそれで怒ったりする先生じゃあないよねぇ。
「趣味は、ゲームで、その中でも特に……おぉ、花城か?席はあそこだ。早く席へ着け。」
「は、はい。」
趣味の詳細を言いかけたところで私の存在に気づいた新担任は、どうやら教室にいなかったのは私だけのようで、名前を瞬時に一致させ、席を
指示された席は教卓前列の真ん中だった。丁度ど真ん中じゃないかこれ。端が良かったけれど、我が校である
男女別だったらドア付近、そうじゃなくても後ろの方だったかもしれない。けれど、男女混合によって楽になる人もいるのかもしれない。例えば……まぁこの話は止めておこう。思い出したくないことを思い出しそうだ。
少し歩いているだけなのに、脳内では思考が活発化してしまう。
歩いているとき、思考が活発化しがちだが、それは歩くことで海馬の神経が増えるからである。じゃあ、走ってる人って増えやすかったりするのだろうか。後で調べるか。
海馬ってことは、アルツハイマー病とかの予防にもなりそうだな。記憶が正しければ、思考力、記憶力…えぇと後は、学習力が鍛えられると考えられる。私は元々座ることばかりだったが、それを知ってから適度に歩くようになった。いや馬鹿正直かよ。
指示道理の席へ向かい着席するだけなのに何故こんなに思考が…。たまに自分が恐ろしくなる。良い意味で。
「貴方……」
真面目そうな右隣席の男が、黒縁眼鏡のレンズに光を反射させ、カチッと右手を添えながら何やら呟き出した。
「…?」
「初日から遅刻?真面目そうな顔して案外不真面目だったりぃ?まぁ、ど真ん中のお隣同士仲良くしようや!」
うぅうううううぅわぁあああ〜〜ぁあ…!!何この馴れ馴れしい奴……。最悪だ最悪だ……。
寄りにもよって、なんで黒髪眼鏡くんなんだよ…!!髪もしっかり整ってるし…!!普通そこは…髪染めてて、裸眼で、ピアス付けてるだろうがぁ…!!なんでチャラ男イメージと対象的なんだよ…!なんで正統派みたいな格好なのに性格チャラいんじゃボケぇ!!
…おっと、言い過ぎた。これは軽いキャラ崩壊になり兼ねない。見た目良いのに性格が勿体ないのでつい…。性格と言っても、本質はまだ知らないので言い切れないけれど。
「は、はぁ…。」
軽く流しておこう…。
ところでクラスの人数、出席番号はどうなんだろうか。
クラスの人数は、5×4+6×2…32人。
・教卓から見て六列机があり、真ん中の二列だけ六人ずついる。
・私は前から三番目の席にいる
ので、5×2+3…てことは
私の出席番号は13番。
「ん゛ん゛っ……えぇとどこまで話したか…趣味だったかな?趣味はゲームで、特にその中でも乙女ゲームが好きだ。」
私が出席番号13番なのに対し、出席番号19番…つまり右隣である、言動のみチャラ男くんが話していることに気づくと先生が注意を払うように咳払いをすると自己紹介を再開した。
てか乙女ゲーム好きなんですか先生。貴方もしかしてゲイですか。過去にそういう人が身近にいたので驚きはしないけれども…。
その人とは中学の頃から家が隣で、幼馴染かってくらいに親しく遊んでいた。そのとき、その人のことちょっと好きになりかけてたんだよな…。その人が自分はゲイだと告白したことで、好きになることはなくなったけれど。
好きにならなかった理由は、ゲイだから引いたとかではなく、単に恋愛対象ではないと知ったのでとキッパリ諦めがついたと言ったほうが正しい。
本当に好きであれば、そういうことを耳にしたとしてもきっと諦められないのだろう。聞いた話だとそうらしい。
本当に好きだったらその人の悪いところも許せてしまう…というのが私には分からない。ましてや、その人"自身"が好き…例えば、アニメなどであるような入れ替わり。好みの見た目と好みの内面の人が、好みじゃない見た目の人と入れ替わったとしてその見た目になってしまったら好感が持てなくなってしまう。一生その人がその姿なのだとしても、隔てなく愛せる人の気持ちが私には分からない。理解できない。
それは、まだ恋をしたことのない証拠なのだろう。
けれど、本当にそんなふうに感じるのだろうか。実際、その気持ちを感じたことのない私には、到底考えようもなかった。
「先生ぇ、乙女ゲームではどういった系統が好きですかァ?例えば、王族とか先生との禁断の恋だとか。」
先程、私に話しかけてきたチャラ男が先生の話に興味を示したようで、挙手しながら質問をしていた。話し方は兎も角、挙手して話す…という点は真面目なんだな。
「良い質問だな。先生は基本的に受けなので、王族みたいに強引……横暴なのが好きだったりするな。」
いや少し照れながら言うなよ。ガチのゲイですね先生。
私自身、腐女子ではないが、これまで親しくした人の中に腐女子がいた…のである程度の単語は知ってたりする。
でもあの、先生…若いし服はお洒落だし白髪が全く見えないくらい純日本人な髪色なのに、細吊り目で、髭の伸ばしが中途半端だし清潔感ないし、ほんの僅か顔を下に動かすだけで二重顎になってるよ…?太ってるのは顔周りだけなんだけどね…。髪ガッチリ固めてる余裕あるなら清潔感も持ってくれ先生。しかもニキビめっちゃ多くないか?ちゃんと顔洗ってるのかな。そもそも風呂入ってなかったらどうしよう…。そんな見た目の方がオタクの如く、ぐへってたら正直気持ち…悪い…と、、思います…。
いやあの、正直でごめんなさい。
「先生との恋は乙女ゲーだと生徒目線じゃないですかぁ。じゃあ逆に?先生目線で、生徒との禁断の恋とか好きですかァ?」
「…だい…………………だ。」
「なんて?」
「大嫌い?」
「ん……?」
先程質問したチャラ男が更に質問。すると先生が急にボソボソした喋り方になるもので、他生徒の三人が各々声を漏らしていた。
「大好きだ!!!!……ゼェ…ゼェ…」
そっちか。いやそうじゃなくて…急に大声出すからビビったよ。
それだけで体力消耗したの?息ゼェゼェ吐いてるけど運動不足でしょうか。
否……これは、ただの運動不足ではない。
想いの強さを表現している……?
「すまない…愛が溢れた」
キメ顔した…?!ウィンクしたら惹かれますよ先生…!!
(…駄目だ、ツッコミが止まらん…。)
「では、趣味以外のProfileについて話そう」
プロフィールの発音良いな…。もしかして英語お得意ですか??
「身長180cm、体重66.3kg、B型、利き手は右、利き足も右、あと…近眼だ。他にも知りたいことはあるか?」
自己紹介がガチのプロフィールじゃねぇかおい。
「先生……低身長攻めは好きですか?」
このチャラ男さっきから何??もしかして腐男子…??
「先生は……高身長攻めが好きだ。」
先生は先生で何で答えちゃうかな…。
「…そうですか。」
なんで
「うむ。他に質問はあるかね?」
「いいえ…。」
本当に元気ないじゃん…。
多少、心配にはなったので軽く声掛けとくか。
「大丈夫…?」
「…!顔に出ていたか。すまない、気にしないでくれ。何でもないんだ…本当に…。」
(さっきまでのチャラついた喋り方は
「体調でも悪いのか?先生が保健室連れてってやろうか?」
先生、ナイスフォローです…けど授業放置になりません?それ。
「えっ……いいんですか。」
「あぁ、いいとも。」
「じゃあ……行こう…かな。」
「気をつけて行くんだぞ。」
「先生……一緒に行くんじゃ……。」
ほんとだよ。
「そうだな、先生は後で向かわせて貰うよ。授業放棄になってしまうからね。」
そうですよ先生。気づいて良かった…。
「そっか……後で来てくれるんだ…。」
チャラ男(?)くんが薄っすらと、ほんの僅かに笑みを浮かべた気がした。一瞬だったけれど、穏やかな表情だった気がする。…そういう顔もするんだ。なんだ、結構かっこいいじゃん。
「では、そろそろ生徒の自己紹介と行こう。出席番号一番の
先生が仕切り直すと、氏名された生徒がビクッと肩を動かした。急に名前呼ばれたら反応しちゃうよね、分かるよ。彼はきっと陰キャですね。
「えっと…」
秋本くんは人見知りなようで、先生の目を見つめると机に両手を付け、肘を伸ばして縮めてを少々繰り返し、立つのか迷っている素振りを見せた。それを見た先生は、うんうんと頷く。その姿は、「合ってるよ」とでも言っているかのような、そんな優しい姿だった。
「…あ、
秋本くんの弱気な姿は、生まれたての子鹿のようだった。前髪が長いせいで目は見えなかったが、きっと彼は優しい目をしていると思う。
秋本くんが自己紹介を終えると、着席するのと同時に花火のような拍手が起こった。
さて、次は誰だろうか。出席番号順での自己紹介となると、次は秋本くんの後ろ席の人だな……え?
(バーコード頭?!?!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます