第四片 混乱

 「お姉…さん……???」

 「はい…。駄目、ですか…?」

 お姉さんになりたいとか言われたらそりゃ困惑するのに、上目遣いして目を潤ませながら、丸めた手を口元に添えるといった可愛い仕草に頬が熱くなってしまう。あれ、私って女の子好きだったっけ。

 「えっと、それはどういう…?」

 「そのままの意味ですけど?」

 「え?」

 そのままの意味とか言われたら、余計分からないと、私は釈然としない様子でいた。

 「…まぁ、そのうち分かります。」

 僅かな沈黙の後、佐藤さんは手を後ろで組み、ゆっくりと瞬きをしながら意味深気なことを言う。瞬きをし終えた後で空を見上げる。それに釣られるように私も空を見上げる。

 「……」

 「……」

 お互い沈黙になり、気まずい空気が流れる。

 「お姉さん…は、分かりませんけど…友達なら、すぐになれますよ…!」

 もうどうしたら良いか分からないので、取り敢えず友達にならないかと提案してみる。

 「…!そうですね。では、お友達からよろしくお願いします。」

 私の言い分が想定外だったのか、彼女は一瞬目を見開いた。

 (「お友達"から"」なんだ…??

 お姉さんになるのは確定してるんだ…??)

 「よ、よろしくお願いします、佐藤さん。」

 「ふふっ、どうせなら花宝かほって呼んでほしいかな?あと敬語も外してね?」

 急に馴れ馴れしいな。もしかしなくてもこの人はかなりの陽キャに分類するのでは……?気が合わない気がしてきた……大丈夫かな…。

 「じゃ、じゃあ花宝さん……で。」

 「さん付けするの?」

 え、何この人しつこい…?

 「花宝…ちゃん…」

 「呼び捨てがいいな?」

 …………なんなんだ。

 「……花宝(ちゃん)」

 こっそり、心の中でちゃん付けすることで留めることにした。

 「はいっ!」

 「っ……」

 急に笑顔で返事されたらキュンとくるからやめてくれ…。中学の頃とか、小学校の頃まで話しかけてくれてた男子がみんな話しかけてくれなくなって、そのせいで男への耐性がなくなったものだから、それ以降ちょっとしたことでもキュンとして、「もしかして好きなのかな…?」とか簡単に思っちゃったんだから。じゃあなんで、花宝ちゃんにキュンとくるんだ…??私がコミュニケーション不足なせいでしょうか。思考が混乱している。今度他の女の子と話す機会が"あれば"確認してみよう…。

 「あ、急がないとでしたね…!」

 思い出しながら、花宝ちゃんは左手首に巻かれた腕時計を一目する。花宝ちゃんの付けているその腕時計は、銀色のレディースもので気品の感じられる一品だった。時計を見ているほんの僅かな隙に、私もその時計を一目する。校門が閉まるまで残り約5分。この時間でこの距離となると、走らなければ間に合わないだろう。

 そのことを彼女も分かっていることは知っていても、反射的に無意識に視線で伝える。その意図を読み取ったのか、花宝ちゃんは私の目を見詰めるとこくりと頷いた。

 「こちらへ」

 不意に手首を捕まれ、思うがままに誘導される。

 「か、花宝(ちゃん)…!こっちは逆方向じゃ…?!」

 しかも走らず、ただ速歩きなだけ。そんな花宝ちゃんには、どことなく余裕っぷりを感じられた。

 「いいえ、こちらで良いのです。」

 真っ直ぐ進み、曲がり角を曲がった先の道路に黒い…長い…車………、ん………?高級車…………?お嬢様の乗るやつ……………?確か…リムジン……だっけ……?

 「え?!」

 思わず叫んでしまった…。

 「お嬢様、こちらへ。」

 黒服に身を包んだ気品のある者が、ぺこりと丁寧に綺麗にお辞儀をして、私達を車内へと導いてくれた。内装の凄さに圧倒され立ち尽くしそうになるが、なんとか立ち尽くさずシートベルトを締め、直ぐに車が動き出す。

 「え?お嬢様………?」

 「なんのことでして?」

 とぼけられた…!しかも先程までとは違い、言葉や仕草からお嬢様らしさが滲み出ている。

 「えっと……、この車は…一体……?」

 「わたくしの普段乗っているお車ですわ。」

 「……言葉遣いが」

 おっと、驚きのあまり声に出てしまった。

 「言葉遣い…?」

 意外なことに、執事が口を開いた。執事とは少し距離があって聞き取りにくいが、執事が言ったというのにはハッキリ気づけるほどに冷徹な雰囲気を帯びていた。

 「オホホ…何のことですの?わたくし、さっぱり分かりませんわ。」

 「え、でもさっき…」と言いかけたところで、少し大げさに声を被せて止められた。

 「お友達が増えて嬉しいですわ〜!」

 (え…?何…?そんなに秘密なことなの、??)

 話さないでほしいらしいので、口を合わせることにした。あの執事は花宝ちゃんに厳格なのだろうか。でも執事って、お嬢様より立場が下だからそれは想像に難がある気がする。…考えるだけ無駄だな。

 歩いて5分な距離なだけあって、ブレーキが掛かるのは早かった。シートベルトを外すと直ぐ様執事がドアを開け、私、花宝ちゃんの順番に降りる。執事にお礼を伝え、二人揃って校門へと駆け出す。

 「行ってきますわ」

 花宝ちゃんは校門を潜る丁度で立ち止まり振り返ると、顔だけくるりと執事の方を向いてギリギリ聞こえるくらいにひっそりと小さな声で挨拶をした。執事を見詰める瞳は、どこかいつくしんでいるようにも見て取れた。


 学校へ入るとクラス一覧表の紙が壁に貼られていた。漫画であれば、「ドドン」という効果音を付けたいくらいの大きな紙に印刷されている。

 我が校であるしょくごう高等学校はA組からG組まであり、後者にかけて優秀な生徒となる。そして実は私、こう見えて割と賢い。上のクラスから順に見ていった方が名前を探すのが楽な程に。証拠として、1年の頃はG組だった。学年のテスト順位も、いつもベストテンには入る。

 クラス表のG組に記された名前を上から順に目を通すと、やはりそこに「花城はなしろ 歌奏蕾かから」という名があった。

 花宝ちゃんのクラスも一応気になるので、もう探し終わったかと尋ねるように横目で様子を覗う。私の視線に気がついた花宝ちゃんはクラス表の方に向いていた顔を私の方へ方向転換し、ニカッと笑う。

 「歌奏蕾は何組?」

 …………やっぱり呼び捨てかい。友達になったとはいえ、そんな親しい認定なんですね…流石は陽キャ…。というかマジでさっきのお嬢様口調はどこいった??

 「私はG組だよ。」

 「へぇ〜…意外と賢いんだ?」

 はは〜ん?とか言いながら探偵ずらしてきた。なんか嫌味を含めた言い方をされた気がする。おまけに、身を前に突き出しており、しつこさが倍増している。そして何より、胸が目立っている………大きい。

 「えっと……花宝(ちゃん)は何組だったの?」

 なんかしつこいから話を逸らそう。しつこいのは苦手なので。これは懸命な判断の筈だ。

 「残念…!歌奏蕾とは違うクラス…、!」

 なんか妙に逸らされているような…。「何組だったの?」って訊かれたら、普通「◯組だよ」って答えるところじゃないの…??逸らして……る、よね…?

 「別のクラスか〜。じゃあ、あんまり顔合わせる機会もないね〜。」

 軽く流しておこう。別のクラスの人は、友達だったとしても顔を合わせる機会が減り、その分親しさも薄まってくる。そして次第には、すれ違っても話しかけなくなるのだ。そういうもんだ。これは中学で仲が良かった友達と高校が同じで、けれどクラスは違った高一の頃に身を以て知ったことだ。

 いや気まず(笑)

 「じゃあ…教室行こっか。」

 「うん。」

 二人肩並べ、歩き出す。

 あれ……?これって遅刻にならない??結構長らく話してしまったような……。

 「これは……走らないとじゃない…?」

 走ったとしても遅刻だと思うけれど、早く行くに越したことはない。

 「あ…………………………走ろう!」

 どうやら花宝ちゃんもそのことを忘れていたらしく、思い出すとき、一瞬ポカーンとしてからロボットが再起動したかのように瞳孔が動き出した。うん…大丈夫かな。

 新しい担任がどんな先生か分からないからこそ、先生に怒られるのを覚悟した上で、3階にある教室へと駆け出す。階段の先頭を行くのは花宝ちゃん。駆け足で登っているのもあって、スカートが余計にふわふわ動いている。

 (……パンツ見えそう。)

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