第三片 探り

 桜の花弁が舞い落ちる中、早足で歩く女子高生2人。

 一見、親しい友人の距離感だが、先程会ったばかりなので何処か余所余所よそよそしい。どちらから口を開くかの我慢勝負ですらある。

 そんな沈黙の中、耐えきれずに口を開いたのは私の方だった。

 「同じ高校の方ですよね?何年生…ですか?」

 「高校二年生です。」

 「あっ、じゃあ私と同じですね。」

 「あら、そうなんですか?奇遇ですね。」

 同い年と分かった途端、敬語は外しても構わないと判断したが、大人びた雰囲気のせいか、つい緊張気味に敬語で言葉を紡いでしまう。相手女の子は私に合わせてくれているのだろうか。

 考えている最中、彼女のことをじっと見詰め過ぎた気がしたので、彼女から視線を外すことにした。

 そうして今更、初めて周りの景色を眺める。 

 よく転ばなかったなと思うが、今まで「空➞桜➞少年➞女の子」しか見据えておらず、景色はあくまで「背景」としか見ていなかった。いわば装飾のような扱い。

 これらの行動により、今更気づいたこと……ここで一句。


 通い路は 桜などない ここは何処


 今更気づいたのは、あの少年に魅了されたせいなのか、桜に見惚れていたせいなのか。自分でも分からないが、いくらなんでも気づくのが遅すぎる。

 寝ぼけながら空を眺めていたらこんなところに来ちゃうんだね…!?次から気をつけよう…。

 ということは、彼女女の子が居なかったら迷子だったかもしれない…。何故こういう日に限ってスマホを自宅に置いて来てしまうのだろうか。

 第一、何故あんなところに少年が?あそこは小学校から割と距離があるし、桜を見る絶好のスポットとして有名な場所なので小学生が一人で来るのは珍しい。家族と来たときに落とし物をしたとかだろうか。

 同じような疑問ではあるが、もう一つ気がかりなことがある。今現在、隣にいる女の子は何故あんなところに。少年の家族だったら納得だけれども、赤の他人のようだったし、見た目も似ていない。

 そこへ、先程の少年の一言が脳裏に駆け巡る。

 『でも、従兄弟っていう見方もあるんじゃないの?』

 従兄弟だったら他人行儀でも、あまり似ていなくても可笑しくない。他人だとも言っていなかったし、きっとそうなのかもしれない。

 (もう直接訊くか……?訊いちゃうか…??)

 迷いに迷って遠回しに訊くことにした。

 「あの…そういえば何故あんな所に?」

 「ふふっ…それは貴方も同じではありませんか?」

 (その返答は想定してなかった……)

 「あ……それもそう、ですね。あ、あの…あのお、おお、男の子はお知り合い…ですか、??」

 「貴方…もしかして、あの子に惚れましたか?」

 想定外の返答に踊らされそうになったが、訊きたいことが訊けずじまいになってしまったことに対してのモヤモヤが見事に勝利する。が、どもったことにより、まるで陰キャオタクの喋り方のような話し方になってしまった。

 しかし、こうも連続で本題をかわされるとなると、何か隠しているのでは?と思わされる。

 お嬢様言葉とまではいかないが、お嬢様のような雰囲気を思わせる話し方なので、本題を受け取っていない(日本語が残念な人)ではないはずなのだから。

 「と、少々余談が過ぎましたねっ…、自己紹介がまだでした。私は佐藤さとう花宝かほと申します。」

 「あ、私は花城はなしろ歌奏蕾かからです…。」

 「ふふっ…とても可愛らしいお名前ですね…!」

 「あ、ありがとう…ございます…。」

 彼女の言う「余談」は、「いじめ」というふうにも読み取れた。それとは裏腹に、「クスッ」と笑みを漏らしながら話す姿は、とても魅力的で可愛らしいものだった。

 名前を褒められ、私は含羞はにかんだ。ただ褒められたことに対してだけではなく、佐藤さんの褒める姿の可愛さも有ってのこと。つまり、「可愛い女の子に褒められた」という事実自体に含羞んだのだ。いや変態か。

 名前を聞くことができたので、あとは少年の名前さえ訊けば血の繋がりが分かるかもしれない。しかし、これは一般論に過ぎないが、少年の叔母に当たる人の娘さんが佐藤さんだとしたら名字が異なる可能性は高くなる。

 (もし今度、少年に会う機会があれば訊いてみるか…)

 そういえば何故、こんなにもあの少年のことが気になるのだろうか。

 少年の姿を思い浮かべながら考える。

 桜の花弁のようなふわふわとした髪。

 そう、あのときはそう思ったのだ。

 桜は春が訪れると咲き、夏にかけて散ってゆく。

 桜は儚い。


 …そうか、少年を桜と同じように見てしまって、

 少年もいつか消えるのでは?

 とか思っちゃったんだ。


 消える筈ないのに、消えると思ってしまうのは駄目だろうか。そう思うことで、大切なものに気づけるのは確かかもしれない。けれど縁起の悪いことを考えているのは、それはそれで失礼なような気もしてくる。

 「何か考え事ですか…?」

 無意識に視線を地に落とし、ぼーっとしていたのだろう。佐藤さんは、それに気がついて声を掛けたのだと思う。

 「あ、いえ、今日は色んなことがあったな〜と……まだ朝ですけどねっ!」

 「ふふ…確かにそうかも知れませんね。朝からお友達が増えるだなんて、考えてもみませんでしたから…。」

 「そうですよね。」

 取り敢えず誤魔化してみたものの、元気な姿を無理やり繕っているみたいになってしまった。実際そうだけど。

 けれど佐藤さんは、それをあまり気にしていないようで、先程通りに言葉を返す。

 佐藤さんの「お友達」って言い方がまた丁寧で可愛らしい…。そのあまりの可愛さに、ときめきを表に出さないよう、無感情に返事を返した。


 なんで一々いちいちときめかないとならんのだ私は…!ただでさえショタにときめいてショタコンになりかけているのに…!レズか私は…!?

 いや、ときめくくらいは普通か…!


 それに、近年ではLGBTだとかの話は増えてきているのだから、性別で判断するのはそれに値する人に失礼かもしれない。

 その話は一旦置いといて、佐藤さんの最後の意味深気な一言が気になる。心做こころなししか、俯いているように見えたのだ。

 友達関係に悩みでもあるのだろうか。

 それとも友達が少ないのか。

 彼女佐藤さんは自分と真逆な思考で、けれど私と同じような悩みを持っている気がした。私は、友達を増やさず一人孤独に生きていこうかと考えていたが、そんな彼女佐藤さんを見捨てることはできないと思った。

 先程、佐藤さんは私が虚空を見詰めているとき心配してくれた。ならば、手を差し伸べる理由は十分にある筈だ。「借りを返す」という口実で。

 「えっと…佐藤さん?友達関係で悩みってあります…?」

 「…どうしたんですか?急に…。」

 「あ、いえ……烏滸おこがましいですよね、分かってます。けど、もしそうなら私と同じだから……力になれるかな…って。」

 図星だったのだろうか。佐藤さんが動揺しているように見えた。

 返答しているうちに、段々と声が力無くしぼんでゆく。

 そんな私を見詰めて、彼女佐藤さんは意味不なことを言う。首を傾げて髪の毛をふわっと靡かせ、弾ける檸檬れもんのように甘酸っぱい笑顔を見せながら。


 「貴方のお姉さんになりたいですっ。」


 ……………????????!??!?!?

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