第二片 忘れもの

 桜の花弁のように美しいその髪の毛は、少年がこちらに頭を傾けるのと同時に、風に乗って甘い匂いが漂った。


 この子絶対クラスでモテるタイプだよね…??


 最も、桜に感じるのは髪の質感や髪が風で靡いたときの揺れ方くらいであり、色は桜に似つかない。というのも、薄茶色…専門的に言うと砥粉色とのこいろ(やわらかい赤みの黄)なのだ。彼のふわふわした雰囲気にピッタリな色だな、と思う。

 そんな尊い姿で撫でろだなんて言われたら撫でるしかないだろう…!

 自分で撫でたいと口走ったのを悔やみ過去の自分を恨みながらも、撫でられるのを心待ちにしている少年のその頭におそるおそる手を伸ばす。

 しかし、「予期せぬ展開」という私の想定が臆病に震える手を進行停止させる。


 これは…誰かに見られたらまずいんじゃ…。


 この考えが頭を過≪よぎ≫ったからには、一旦手を下ろし、周りをに不審な人物やらが居ないか見渡す。いや、どう考えても私が不審なんだけどね?

 (よし、誰もいな………ん、?!)

 ここは朝早い所為か人通りは感じなかったが、おそらく私と同じ背丈くらいの女の子と目があった。同じ学校の制服を着ているので同年代ということが分かる。

 人がいることに驚き心中動揺するが、手筈を整えるにはもう遅い。

 「あ………」

 私が「これは不審者と思われたな…」と思って漏らした絶望の声に気づいた少年は、どうしたのかと私の泳いだ目を見詰める。

 「お姉さん…?」


 お姉さんが動揺してる…?目が合わない。どこを見ているんだろう。

 お姉さんの視線を追う。

 見知らぬ女の人。

 お姉さんと同じ制服に身を包んでいる。

 「お姉さん、知り合い?」

 「ううん、全然知らない人…」

 同じ制服なので、もしや知り合いかと問いかけてみたが赤の他人だったらしい。ただの他人にしてはお姉さんの声が暗い。


 何か不安でもあるのかな…?


 少年の知識では、それまでしか考えが及ばなかった。



 「お姉さん、あの人と何かあったの…?」

 「え?」

 「だってお姉さん、あの人がいるとまずいみたいだから…」

 「そ、それは……」

 「隠すの…?」

 「……!」

 (そんな潤んだ瞳で言わんでぇぇ!?!)

 全くこの子は…と心中ツッコミを入れる。

 ここは、説明をしないと少年は身を引かないと判断したので明かすことにした。

 「だって……こんなところ見られたら、私が不審者みたいじゃない…。」

 「…?お姉さんは不審者じゃないけど…?」

 「そ、それはそうなんだけど……ほら、見知らぬ少年に絡んでるところを見られると色々勘違いされるというか…」

 「でも、従兄弟っていう見方もあるんじゃないの?」

 「あ…」

 少年に指摘されてやっとその発想に至った。

 私と少年とが話している最中で、いつの間にか先程目があった女の子が近づいていた。先程までは距離があり顔のパーツまではとても見えなかったが、今の距離ならハッキリ見える。

 やや茶色がかった黒のボブヘア。

 優等生の様に整えられた前髪。

 その前髪の横…彼女から見て左側に付けられた桜のヘアピン。前髪を避けずにただ端に付けていることや全体的に整っていることから、お洒落な人...身なりに気を使う人と見受けられる。

 そしてオレンジがかった茶色の、丸々とした大きな瞳。

 長いまつ毛。

 思わずキスしたくなる程、ぷるんとした唇。

 そのどれもに魅了された。

 見惚れていると、その唇がぷるんと私の思考を弾くように開いた。

 「えっと、お二人はお知り合い…ですか?

 ...っあ、すみません…!訊くつもりは無かったんですけど…!会話の内容で関係性が気になってしまいまして…!!す、しゅみましぇんっ…!!」

 (え…?噛んだ………??最後噛んだよね…??可愛すぎか……??)

 「あ、えぇっと……どういう関係かと言われても…ねぇ」

 「両想いです!」

 (ん…????)

 女の子にどう返答するべきかと少年に助けを求めるつもりで視線を送ったが、返ってきたのは想定外の答えだった。

 今すぐ反論しないと、取り返しのつかないことになりそうな予感がするので口を挟むことにする。

 「片想いです!」

 (あれ…?また変にややこしいことを言ってしまったような…。)

 「えっ…??お姉さん…僕のこと好きじゃなかったんですか?!」

 (そんな涙目で言わんで……。)

 仕方ない、その涙はこの一言で拭うとするか。


 「恋愛対象としてじゃなければ…好き…だよ?」


 「じゃあ、僕を恋愛対象にさせますから。覚悟しておいて下さいね?」

 「え、えぇ………??」

 「……」

 少年が急にかっこよく見えるものだから驚く他にリアクションができない。勿論、驚くことはそれだけじゃない。「恋愛対象にさせる」だなんて本当に小学生か…??とか疑ってしまう。

 そんな私と少年のやり取りを一歩身を引いた所から無言で見詰めているだけの女の子。しかも口角が上がっている。もしかしたら、そっち系の子(ヲタク)なのかもしれない。

 「あ、あの…ずっと見られてると変な感じがするので、何か喋ってくれると助かるかな〜なんて」

 「……」

 「えっ……?」

 遠慮気味にお願いしたら、まさかの無言で唯一返ってきたのはささやかな笑顔だった。


 え…?なに、これ、どうすればいいの…??


 数秒の間、明白あからさまにぽかんと手持ち無沙汰にしている時が流れた。

 一人の少年が、静寂の時に火を灯すように声を発する。


 「そろそろ学校行かないと遅刻しますよ?」


 「「そうでした…!!!!!」」

 少年の忠告に、女子高生二人揃って声を荒げる。

 (というか、最初の一言それでいいの君…?)

 思わず心の中で軽くツッコミを入れる。


 「あ、じゃあ私、そろそろ行くので…。」

 「あ、うん。じゃあ私も…。」

 「お二人共、お気をつけて!」

 女の子がようや真面まともに話しだしたところで、私も女の子の発言を追うように呟き、二人揃って我が学び舎へ歩みを進める。

 そんな二人の様子を見て、声を上げながら笑顔で大きく手を振る少年。

 気づいた私は、それに応えるように軽く手を振った。



 桜の樹の下、一人残された少年は独りごつ。


 「名前……訊きそびれたな…。」

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