終章 辿り着いた世界

True Prologue

「海、そろそろ起きなさい」


 女の声が、聞こえてきた。


「えっ、あれ、ここは? 人間とアンドロイドの共存に賭けて、それで……」

「アンドロイド? 何言ってるの?」

「いや、ついさっきまで俺は……ってあれ、何の話してたっけ」


 俺は先ほどまで戦っていた気がするが、すっかりその内容を忘れてしまった。


「しっかりして、海。寝ぼけるのもほどほどにしなさい」


 どうやら変な夢を見ていたらしい。

 俺は体を起こし、制服に身を包んで学校へ向かった。


 既に教室には同級生たちの声が響いていた。


 特に、プログラミングの天才、杏奈の元気な声が際立っていた。

 彼女は俺の師匠のような存在だった。


「おはよう、イアン」

「だからイアンじゃないって! イワンのバカみたいに言わないでってば!」

「冗談だってば、杏奈」

「もう! 私をからかうのはやめてよね!」

「あれ、杏奈って僕っ子じゃなかったっけ?」

「なんで私が男の子の真似する必要あるの?」

「気のせいか、ごめん、杏奈」

「しょうがないなあ。海くんは弟子みたいなものだし」


 文句を言いつつ、笑みを浮かべる杏奈が微笑ましかった。

 杏奈は天才であるにも関わらず人を見下すことがなく、とても優しい。

 クラスでは愛と並んで天使とまで言われており、俺もからかいつつも内心同意していた。

 そんな時に愛に声をかけられる。


「おはようございます、海さん」

「ああ、おはよう、愛。敬語じゃなくていいって言ってるだろ」

「それは命令ですか?」

「命令というか、お願いかなあ」

「でも敬語外したらなんて喋ればいいんだ? これでいいのか? いいんだな?」

「……いや、やっぱりいつも通りで頼む」

「はい!」


 これが愛とのやり取りのテンプレートだ。

 愛は、名前の通り、愛情を感じさせるような暖かさに包まれている。

 その柔らかなオーラは、学校の隅々まで行き渡り、愛がいるだけで周りの空気が柔らかくなる。

 愛は学年で最も人気があり、その優しさは学校の不良たちをも更生させるほどの力を持っていた。

 俺は愛の無邪気な笑顔に心の中で感謝を伝える。

 そうしているとイーグルが声を掛けてくる。


「海、相変わらず遅いな」

「イーグルはいつも1番に来るからな」


 イーグルは無骨な外見に落ち着いた雰囲気を持つ。

 しかし不良のような見た目に反し争いを好まない温和な性格で、料理が特技だ。

 本名は飯田紅蓮だが、愛が彼につけたあだ名、イーグルの方が何故か本人はしっくり来るらしい。

 そのため俺たちもイーグルと呼んでいる。

 

「クッキー焼いたんだが食うか?」

「いいのか? しかしその外見で料理が上手いってのはギャップがあるな」

「失礼だな、お前の分やらねえぞ」

「冗談だよ、イーグル」


 その甘い匂いに惹かれるように、机に突っ伏して寝ていた留学生のフェリシア・パスカルが起き上がる。


「……! 甘い香りがする」

「あ、起きたか、フェリシア」


 フェリシアは独特のペースを持っており、彼女の猫みたいなマイペースな性格は俺たちを時々驚かせる。

 しかし本当はとても感情豊かで優しい子だ。


「海、変な夢見た」

「どんなだ?」

「とにかく変な夢。でも幸せな夢だった気がする」

「そうか……俺も変な夢を見た気がするんだ」

「海もなのね……」

「偶然だな……」


 不思議と俺とフェリシアは気が合い、よく一緒に登下校する。

 フェリシアのマイナスイオンを放出しているような雰囲気は俺にとって心地よく、またフェリシアも俺の発する雰囲気が心地いいらしい。

 単に日陰者同士、という枠組みを超えて息が合う。

 すると可憐が俺達を見て、何やら文句を言う。


「フェリシア、相変わらず元気ねえなあ!」

「……可憐が元気すぎるのよ」


 可憐は言動は男勝りだが面倒見がとても良く、思いやり深い性格で、ヤンキーと思われがちだが本当は名前通り可憐な女の子だ。


「委員長は今日も元気だな」

「あたしのことは可憐と呼べって言ってるだろ」

「可憐? 過激じゃなくてか?」


 イーグルが横から口を挟む。


「おっ? 喧嘩売ってんのか?」

「冗談だよ」


 イーグルは争いは嫌いだが、何故か可憐とは口論が絶えない。

 しかし口論と言っても幼稚な物で、むしろ微笑ましい。


「ったく……お前もぼさっとしてんなよ!」


 可憐が笑顔で俺の腹を軽く小突く。それに少しだけ元気を貰った。

 可憐は喧嘩はとても強いが争いは好まず、誰かのため以外には決して闘わない。

 そんな彼女をクラスメイトはみんな信頼し、学級委員長も嫌々とはいえ務めてくれている。


 やがて席につけ、と教師がドアを開ける。

 鋭い目つき、威圧的な風貌だが、とても思慮深くて優しく頼りがいのあるリーダーのような教師で、誰もが信頼している。

 その証拠に親しみを込めて下の名前で蓮司先生、と呼ばれている。

 本人も蓮司先生という呼び名は気に入っているらしい。


「リーダー、今日は早いね」

「俺の事は先生と呼べ、と言っているだろう」

「はい、蓮司先生!」

「……まあいいだろう。今日は転校生を紹介する。入ってくれ」


 蓮司先生の深い声が響き渡ると、静寂が教室を包んだ。

 そして入ってきたのは少女。長い赤髪と緑色の目が窓から入る日差しに照らされている。


「百瀬未来です。よろしくお願いします」

「席は安藤の隣で頼む」

「分かりました。よろしくね、安藤君! さっそくなんだけど、教科書忘れちゃったから見せて貰っていい?」

「ああ、いいよ。よろしく、百瀬さん」

「未来でいいわよ」

「俺も海でいい。分からない事があったら聞いてくれ」

「ありがと! ……ねぇ、海」

「どうした?」

「いえ、なんでもない! よかったら放課後遊びに行かない?」

「え、俺でよければ……」

「そこ、授業中だぞ」


 蓮司先生の注意と共に、クラスに笑い声が響く。

 俺と未来は頬を染めながら、二人で教科書を見つめる。

 何故かそれが無性に懐かしく感じられた。


 ──


 以上の映像を眺めながら、拍手をする人物がいた。観測者である私、モノリスだ。


「見事だ、安藤海。お前は賭けに勝った。あるいはお前が2023年、2053年、2063年、2103年、2123年と足掻き、下流から上流である未来に何かしら変化をもたらしたのかもしれない」

「未来はお前の賭けた通り、人間とアンドロイドの垣根はゆるやかに消失し、やがて人間と同一になったことからアンドロイドの製造は止まった」

「そして修正力により過去の世界でもアンドロイドの製造がなかったことになり、その結果第三次世界大戦、タイムマシンの開発も阻止され世界は全ての始まり、2023年に収束し、4回目の世界へ到達できた」


 私の体にノイズが走り、少しずつ消去されていく。

 私の存在は、この世界にとってイレギュラーであり、過去と未来の交差点にある今、次第に消えていく。

 私の役目は終わりを迎えたのだ。


「さて、この世界も私という観測者がいなくなればもはや誰からも見ることが出来なくなる。お前はようやく与えられたものではない、本物のプロローグを勝ち取ったのだ。新たな人生を楽しむがいい、安藤海」


 そして、私は世界から完全に消去された。


 The End

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