真実

 アンナのコンピューターを手に、俺はハックを開始した。

 モノリスとの邂逅を果たすために。

 この2123年なら、全てを語ってくれるはずだ。

 入り口には前回モノリスが語っていた通りショートカットらしい、丸い光を地面から放っている箇所があった。


 ショートカットの先へと身を投じると、その瞬間、青い光が明滅する薄暗い部屋へとワープした。

 そこには割れた地球儀と黒い板が置かれている。

 黒い板に向かって言葉を紡ぐ。


「モノリス。今こそ全てを話して貰うときだ」


 その声は宙に消えることなく響いた。

 待ち焦がれた対話の瞬間が迫っていた。


「待っていたぞ、安藤海。2123年にお前が私を訪ねる時をずっと待っていた。教えてやろう。全て、な」

「まずお前の正体はなんだ?」

「今こそ話そう。安藤海は4人いると言っただろう。一人は最初に作られた安藤海。もう一人はお前。もう一人はお前の代役、この世界で政府側の存在をしているアンドロイド。そして最後の一人、それが私だ。我々はルーツが一緒なのだ。しかし私は一回目の世界で失敗している」 


 返ってきた返答はまったく予想外の物だった。モノリスが俺……安藤海だと? 失敗?


「ルーツが一緒? 最初に作られた安藤海? どういうことだ?」

「2053年、最初にお前と出会ったときに語った安藤海の話は私が経験した1回目の世界の話だ。我々の元になったアンドロイド……安藤海はその後、2100年にE言語とこのモノリスを作り、機能停止した。それからは私が代わりにずっと2回目、3回目の世界を観測してきた」


 質問する度に新たな疑問が浮かぶ。

 アンドロイドがルーツ……そう言えばアイとイーグルが昔のアンドロイドは苗字と名前があった、と言っていた。

 しかし、まさか……


「まさか俺は人間じゃない、アンドロイドだと言うのか!?」

「お前は人間だ。強引な修正の弾みでたまたま安藤海の中でもお前だけが人間に生まれた。2023年に作られた私と政府の安藤海とは別の過去や境遇を持つ存在だ」

「……そうか。俺は人間か、ならよかった。モノリス、お前の正体はわかった」

「だがお前はお前の正体を分かっていない。修正力をあまりにも見くびっている」


 俺の正体? アンドロイドでない、人間だと言うなら他に何があるというのだろう。

 修正力だって、これまで何度もぶつかってきた。見くびってなどいない。


「初めて会ったときにお前は一つ致命的な誤解をしている、と言っただろう。その誤解がある限り真実には永久にたどり着けない。だが知ることは自身を否定することになる。それでも知る覚悟があるなら聞くがいい」


 俺はそんな致命的な誤解をしていると言うのか。珍しく警告をするモノリスに、流石に危機感めいた物を抱く。だがここまで来て聞かないわけにはいくまい。


「……誤解、とはなんだ? 話してくれ、モノリス」


 モノリスは重い口を開く。


「……私は安藤海の父親がアンドロイドの製造方法を公開した、と話したがお前はその父親をお前を捨てたという人物だと思っているだろう」

「それはそうだろう、今さら親父がどうした」

「私が話していた父親とは私の父親……私というアンドロイドを作った人物のことを言っているのだよ。諸悪の根源のな。お前には父親など存在しないのだ」


 その声には哀れみが込められていた。

 俺はモノリスの予想外の語りに、困惑していた。


「何を言っている……? 親父がいないとはどういう意味だ?」

「私と政府の安藤海は2023年に生まれたと言っただろう。お前も2023年、自室でモニターと向き合いタイピングをしているところから修正力による辻褄あわせで生まれた、いや、作られた」

「だからさっきから何を言っているんだ!?」

「観測者だから……お前を見ていたからこそ分かるのだよ。試しに2023年、自室にいた頃より前のことを思い出してみたまえ」

 

 モノリスは諭すようにそう告げる。

 思い出してみると、浮かぶのは……俺は罰を与えられていて、学校に通えず、捨てられ、プログラミングを勉強していたという過去。

 しかし、それ以上全く思い出せない。記憶でなく、情報がぽつんと浮かんでいるだけ。

 どんな罰を与えられていたのか、プログラミングの何を勉強していたのか、いつ捨てられたのか、捨てられた後どうなったか、それすら分からない。

 ただ知っているだけ。

 覚えていないのだ、具体的なことをなにも。

 それにどんなに頑張って思い出そうとしても0歳から17歳までの記憶が他には全くなかった。

 自室でモニターと向き合ってタイピングをして、アカリを作っていて、ミライが現れるところからしかおよそ記憶と呼ぶに相応しいものはない。

 あとはプログラミングや学術などの知識があるのみだった。

 今まで記憶がないことにすら気付かなかった。しかし俺は親父の声も顔も名前も分からないのだ。一度違和感に気づくとあっという間だった。


「お前は2023年に自室でタイピングをしているところからしか記憶が無いだろう。だがそれもそのはずなのだ、その瞬間にお前という存在が〝あったこと〟にされたからだ。あったことにされたことには観測していた者にしか気付けない」


 第三次世界大戦もあったことにされたが、アイがその起きた原因を調べても全く分からなかった。それも本来存在しなかったからなのか……同様にこの俺もあったことにされた存在だというのか……?

 そう言えば、レンジとカレンは俺のデータが存在しなかったと言っていた。それは俺の代役が痕跡を消したからだと思っていたが、もしかして俺は……しかしすんなりと受け入れられるはずがなかった。


「いや、しかし、作られた、だと? 一体どういうことだ……?」


「1回目の世界、2030年に私の父はアンドロイドの製造方法を公開し、世は混乱した。しかしいざ責任を問われると、その罪をそこら辺にいたアンドロイドの少年になすりつけた。その少年こそがこの私だ。そしてモノリスになってしまった私の代わりとして世界の修正力により〝あったこと〟にされたのがお前だ」


 モノリスはあまりにも容赦なく真実を告げた。


「俺がそこら辺にいたアンドロイドの代役だと!? 俺にある過去はなんだというんだ!」

 

 尋ねながら、答えは分かっていた。過去なんて修正力によって織り込まれた幻想ではないのか。自分の存在の意味、過去の断片、それらすべてが揺らめいて見える。


「お前がかろうじて持っている過去や知識は全部修正力による辻褄あわせで作られたデータだ。私の代わりを務めるに相応しくなるよう必要な過去と知識を与えられた」

「そんな、しかし……!」

「そして生みの親に罪をなすりつけられ捨てられた私の境遇が、修正力によりお前の場合は父親に罰を与えられ、捨てられたという人間向けの設定にリメイクされたのだよ。政府の人間になり、アンドロイドを作るようになるために相応しいデータをインプットされたのだ」

「俺の存在が全部修正力のお陰だと!? ふざけるな!」


 そう喚きつつも俺は頭のどこかで冷静に納得もしていた。俺の過去も、プログラミングの才能も、全て修正力のせいで与えられたものだと。

 思うに寝るときにミライが現れる頃から夢を見なかったのも、そもそもそれより前の記憶がないからなのだろうか。

 モノリスが言っていた修正力を見くびっているというのはこういうことだったのか。

 俺の中で音も立てずに何かが崩れ落ちようとしていた。


「……だが奇跡が起きた。ミライだ。お前は偽りの記憶しか持たない、世界のつじつまを合わせる役割を与えられただけの存在だった。しかしミライが復讐のために現れ、強引に2023年に生まれたばかりのお前の手を引き、レンジやアンナたちと出会い、お前は変わった」


「ミライが……」


 ここまで俺たちを引っ張り、励まし、支えてくれたミライ。

 それは最終局面においても同様であった。


「ミライがいなければお前は役割通り、2030年に罪をなすりつけられ、政府の人間になり、革命を起こす遠因となり、感情を持たないE言語を流行らせるという、世を混乱させるだけの存在だった。私は観測者に過ぎず、この世界に直接干渉する力はとてもない。だからこの世界の命運はまさにイレギュラーの存在であるお前が握っているのだ」


 その言葉が、モノリスの口から響き渡り、部屋全体に静謐な空気を広げていった。


「俺が……しかし、何をどうすればいいんだ?」

「ここで前回に私が語ったE言語の欠陥、スペックを思い出してほしい」


 スペック……E言語が抱える最後の謎である欠陥。

 しかしそれ以上のことはわからない。


「あぁ、結局どういう意味だ」

「E言語は中途半端に感情を制御している。これはアンドロイド側から見た欠陥だ。しかしそれに加え身体能力、頭脳などスペックを制御できる。それが政府の安藤海が死んだため、マックスで放置されている。これは人間側から見た欠陥だ」

「! それって、つまり……」


 人間とアンドロイドの平和的共存を考える上で、能力差が大きな課題だったが、それを乗り越えられる可能性を示していた。


「そうだ。だが成功率は低いと見ている。それでもお前が賭けるかどうかだ。安藤海、その意志はあるか?」


 やっとここまでたどり着いたのだ。何も躊躇する必要などない。


「無論だ。スペックの制御の仕方を教えてくれ」

 

 モノリスの黒い体に浮かぶ白く輝く文字とコードは、冒険の終着点へと俺を誘っていた。

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