雪解け
──数分前、別室A
「で、カイ。何故また2123年に来た?」
「話すと長く……ならねえか。信じられないと思うが、未来を変えると過去まで修正力によって辻褄あわせのために変わるんだ。それで未来でハッキングを成功させ人間がアンドロイドを支配する世界になると2023年もディストピアになったんだ」
「だからアンドロイドに売り渡す、と?」
「いや、俺が狙うのは人間とアンドロイドの平和的共存だ」
「……不可能だろう」
「前にもそう言われた。だがこのままじゃ未来もお先真っ暗だ。しかしE言語には何らかの手がかりがあるらしい。だからまたハックしたいんだ」
「……」
「……レンジ、信じてくれ」
「アンドロイドは敵だ。平和的共存など叶うはずがない」
「アンドロイドは敵じゃない! 本当の敵は──」
「黙れ」
レンジはデザートイーグルを向ける。
「頼む、信じてくれ!」
その時、部屋の扉が開き、アンナとミライが姿を現した。
ミライの腕にかけられた錠は銃で撃ったのか壊れている様子だった。
先ほどの隣の部屋の銃声はその時の物らしい。
アンナは決意を秘めた眼差しでレンジに呼びかける。
「レンジ、こんなことやめよう。2人を信じよう」
「イアンはやはりミライを信じたか……」
「うん、僕たちは仲間だと思ってる」
「……そうか」
レンジは考え込む。
「アンドロイドも悪い人たちばかりじゃないのよ。さっきいたイーグルもそう」
「このままじゃ世界はディストピアなんだ。だが、アンドロイドに感情を宿らせればあるいは……」
「……せっかく人間の世界をつかみ取れたというのにそれは無駄だったのか……」
レンジは深くため息をつくと、俺にかけられた錠を解く。
「ありがとう、レンジ!」
「……後はカレンを止めねば」
──アジト外
「という訳なんだ」
「え? そんなあっさり信じちゃうの? こいつらを?」
「カレンはよく知らないだろうが、この二人はアンドロイドの支配を壊した英雄であり紛れもなく仲間だ」
「気でも狂ったか? あんたが感情に流されるなんてらしくない」
「この二人はそれだけのことをしてくれた」
「……」
十秒ほど睨み合いになる。
緊張感が高まるも、カレンが視線をずらした。
「……まあいい。あとで詳しく話を聞かせて貰う」
「ありがとう、カレン」
「ふん。おい、イーグル。立てるか?」
「いや、厳しい」
イーグルの傷ついた姿が、彼の苦痛を物語っていた。
「ほら、あたしが支えてやるから」
「気の変わりが早えな……」
「あたしとここまでやり合えたのはレンジとイーグルだけだからな。痛くねえか?」
「すまん」
カレンは意外と面倒見の良い性格のようだった。
俺は残虐な人物だと思っていたが、それは彼女の全貌ではないらしい。
俺たちはアジトに戻り、レンジの話を聞く。
「カレンはアンドロイドの警戒の必要がなくなってアキハバラ地区からイケブクロ地区に呼び寄せてあったんだ。俺はこの人間優位の世界を維持するのが使命だと思っていたが……人間とアンドロイドの共存。その手段を考えるしかない」
「それなら任せてくれ。またモノリスに話を聞いてくる」
「モノリス? なんだそれは?」
「ハッキングしてブラックボックスを超えた先にあった黒い板だよ。何者かは分からないが的確な助言をくれるんだ」
「政府の中枢システムが助言? それにあのあとイアンもその黒い板なら調べたがなにもなかったぞ」
「俺もそこまでは分からない。でも俺の味方をしてくれる。しかしアンナが調べても反応しなかっただって? モノリスはなんでも教えてくれるのに」
「ますます分からん……まあいい、明日見せて貰おう」
そして今度こそ落ち着いて夕食のゼリーを取る。
「そうだな、君たちはあれから何があったんだ? 色んな時代に飛んだようだが」
俺は2023年の出来事やアイやイーグル、フェリシアのこと、俺の考えを話した。
「そうか、ミライは記憶喪失ではなかったのか……カイのデータが存在しなかったのも君の代役が抹消したからだったんだな」
「データが存在しなかった?」
カレンが代わりに答える。
「あぁ、あたしが調べたらカイのデータが確かに存在しなかったんだ」
「政府のセキュリティがC言語であったことからずっとカイを政府に関わる者だと疑っていたが……やはり仲間だと言えるようだな、すまない」
レンジが俺を疑っていたのは初耳だったが、無理もない事だと思った。
「……しかしアンドロイドが本当は感情を持ってる、ね……あたしが今まで戦ってきたのも本当はいい奴らだったのかな……」
その言葉にカレンの内面がにじみ出ていた。
「アンドロイドも立派な人はいる。イーグルも散々俺たちを助けてくれた」
「よせよ。俺は俺の信念で戦っているだけだ」
しかし、そう言うとイーグルは咳き込み、その手に血を滲ませる。
カレンの顔には申し訳なさが浮かんでいた。
「イーグル、痛くねえか? さっきはあんたを敵だと思いつい本気でやっちまった、すまん」
「大丈夫だ。お互い命懸けだったからな」
「あたしもアンドロイドの今の扱いは納得いってねえんだ。イアンも、本当はレンジもな。だがお前たちなら……」
カレンは危険人物だと勝手に思い描いていた。
しかし思ったより遥かに真っ当な人物であった。
アンドロイドの中でも精鋭である、イーグルを打ちのめすほどの強さを除けば普通の女の子だと思えた。
アンナはカレンのことを壊れた子、と評していたが俺にはそうは思えない。
それからレンジは見回りに行き、イーグルは疲れに勝てず眠ってしまい、俺とミライ、アンナ、カレンは、夜の闇に囲まれた部屋で集まり、話し合い、俺の過去も共有した。
「カイくんも捨てられたんだね……僕が捨てられた話したときやけに悲しそうにしてたけど……」
悲しげな表情を浮かべるアンナ。
「あたしもカイもイアンもそこは一緒だな」
カレンは頭の裏で手を組む。
「いえ、私もよ。私は拾われたけどね」
ミライも低い声で言う。
「そう言えばなんでアンナはイアンって呼ばれてるんだ?」
俺は前から気になっていた疑問を口にした。
この質問にはカレンが答えた。
「イアンってあだ名はな、あたしが考えたんだ。なかなかいけてるだろ」
「普通にアンナって呼んでほしいんだけどね、カレンはどうも強情でレンジにも強要して、すっかり定着しちゃったんだ」
アンナの微笑ましい不満が、2人の関係が良好であることを示していた。
「だってお前には苗字まであるじゃねえか、飯田って立派な。だから飯田アンナ、飯田アンナって呼んでやりたいが長いからイアンなんだ」
「だったら飯田って呼べばいいじゃん」
「それだと親しみがこもってないだろ!」
カレンは名前を与えられただけあってネーミングにこだわりがあるのかもしれない。
「あたしのネーミングセンス良いと思うんだけどな。飯田アンナだから略してイアン、レジスタンスの人間だからもじってレンジ」
それを聞いて俺は一瞬耳を疑った。
「え? レンジって名前もカレンが考えたの? どういうことかしら?」
ミライが俺が浮かべた疑問をそのまま口にする。
思えば俺はレンジの過去をろくに知らない。
レンジは語ることもなかった。
そしてカレンはため息をつきながら語る。
「リーダー、リーダーと呼ばれるだけで本人曰く名前が無いらしいんだ。だから気の毒であたしがつけてやったんだ、レンジって」
「そうだったのね……でも本人も気に入ってるみたいよ。初めて会ったときレンジはあだ名かって聞いたら本名だと言ってたもの」
「……そうか、ならよかった」
カレンは笑みを見せる。
レンジも恐らく捨てられたのだろう。
そしてレジスタンスのリーダーとして、想像を絶する苦労をしてきたに違いない。
それをカレンやアンナが支えてきた。
この3人は家族のような深い関係なのかもしれない。
そんな時にちょうどレンジが帰ってきた。
「見回りを終えた。モノリスとやらに会いに行くのは明日の昼に行ってもらう。君達もそろそろ寝るといい」
明日、結末が訪れる
実に長い戦いだった。
俺は興奮を押し殺し、眠りにつく。
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