可憐
「最強のアサルトライフル、AK-47で始末してやるよ、アンドロイド!」
(AK-47……ソ連が生んだアサルトライフルの最高傑作。それはこの2123年の世界でも同様って訳か……)
静寂がただちに破られ、銃口から稲妻のごとき銃弾がイーグルに放たれる。
イーグルは迎え撃つなどという非現実的な考えを捨て、本能的に身を捻り、猛スピードで身を横たえた。
その瞬間、銃弾が一瞬前まで身体のあった位置を通り過ぎる。
(AK-47はとてもじゃないが相手に出来ない。ここは逃げ回るしかない……)
回避した先にある、しゃがめば身体を隠せそうな、厚みのある板状の瓦礫へ身を隠す。
イーグルは距離を取る事を優先し、弾切れを狙った。
しかしカレンは瓦礫をAK-47の威力でたちまち崩壊させる。
(なにっ!? AK-47の威力が異常だ。銃を改造してるやがるな)
カレンの専門は戦闘だが、ただ戦うのみでない。銃の改造やスタン・ガン、火焔弾などの銃弾の製造もカレンの担当だ。
(次に身体を隠せそうな瓦礫まであと前方3m……! あの女との距離は10m。十分すぎるほどの射程距離だが全力で逃げるしかない)
イーグルは瓦礫が崩れると同時に、背中を向けて全力で次の瓦礫へ向かう。
「逃げ回るだけかあ? つまんねえ」
イーグルは急速に次の隠れ場所へと移動する。
カレンはすかさずイーグルの背中へ向けAK-47の引き金を引くも、イーグルはあまりに素早く、イーグルの身体をかすっただけであった。
そしてイーグルは次の、前より大きめの身体を隠せそうな瓦礫へ到達した。
「しょうがねえ、本気出すか」
カレンは背中からまたAK-47を抜き、左右それぞれの手にAK-47を握る。
(あの女も2梃だと? だがアサルトライフルの片腕での射撃など人間の、まして女の筋力では困難のはずだ)
カレンが取り出したもう片方のAK-47は精度を重視し、威力を犠牲にした物だった。さらに大幅に軽量化されている。
つまり、弱点を補うように改造されている。
「第2ラウンドだ! ここまで来たことを褒めてやるぜ」
カレンの狙いは威力の高いAK-47で瓦礫を破壊し、別の瓦礫に飛び移ったところを精度の高いAK-47で確実に仕留めることだ。
カレンは静かに接近する。瓦礫は崩壊寸前。
(出てこい──!)
カレンは左手の精度を高めたアサルトライフルを向ける。
だが出てきたのはグレネード。
カレンの判断は恐ろしく速かった。
(あれはグレネード? いや、この距離ならイーグルも巻き込まれる、間違いなくスタングレネードだ。AK-47を手放すしかない。だが炸裂している間はイーグルも動けない、炸裂後に仕留める)
カレンは一瞬で判断し、左右両手のAK-47をあっさり手放して耳を塞ぎ、目を閉じる。
スタングレネードが炸裂し、強烈な閃光と爆音を撒き散らす。
「くぅ、不快……!」
イーグルは瓦礫に隠れてスタングレネードを炸裂させる前に布をちぎり、唾液で湿らせ耳を塞ぎ、また目を手で覆うことで、スタングレネードの威力を殺していた。
一方カレンも咄嗟に反応した物の、完璧にはその閃光と爆音を防げず、僅かに隙を見せる。
(チャンスだ……!)
イーグルは左手でサバイバルナイフを取り出しつつ投げた。
そして避けようがベレッタで追撃する、得意とする戦法だ。
しかしカレンはその意図を察した。
カレンの反射神経と直感が、ナイフの軌道を捉え、投げられたナイフを右手で掴み取った。
(なに……!? ただの人間が……? なんだ、この女……? フェリシアと同等、いや、それ以上の得体の知れなさを感じる……!)
カレンはイーグルへ向かいナイフを投げ返す。
イーグルはそれをベレッタで弾こうとするも、逆にベレッタが弾かれてしまい、手放す。
(正確さといい威力まで……この女、人間とは思えない。身体能力、判断力、反射神経、全てが異常だ。だがAK-47を棄ててくれて助かった。この女を仕留めるチャンスだ)
カレンは地面に落ちているAK-47を素早く手にしようとする。
(AK-47を拾われたら勝ち目がない。ここで確実に仕留める──)
イーグルは右膝のホルスターからベレッタを抜き、カレンへ向ける。
しかし拾うのはフェイントだった。カレンは追撃を予期しており、またしてもなにやら投げる。
それは手のひら大サイズの石。
不意を突かれた。
(撃ち落とすのは困難。回避が間に合わない……ここはガードしかない)
イーグルはベレッタで石を受け止めようとするも、その銃が弾き飛ばされかねない威力。
(ナイフの時に学習していなければ危うかった……だが、問題ない)
イーグルはカレンに対して距離を縮めていく。
イーグルは射撃よりも近接戦闘が得意であり、今こそ自分のアドバンテージを活かせるチャンスだと思っていた。
(近接戦闘で確実に仕留める)
イーグルは豹の如き素早さで殴りかかる。
まともに喰らえば骨を砕かれるであろう破壊的一撃。
しかしカレンは冷静に待ち構えていた。
「近接戦闘が得意とでも言いたげだな」
カレンはイーグルの殴りを巧妙にかわしながら、自身の右手を振り抜いてカウンターの掌底打ちを繰り出す。
その掌底はイーグルの胸部に深く突き刺さり、一瞬の間、彼女の手のひらが胸に食い込むほどの力が込められていた。
「ぐほっ!!」
イーグルは口から大量に血を吐く。
心臓を吐き出しそうになる、信じられないほど強烈な一撃。
(あの華奢な体からこの凄まじい威力……いや、これは八極拳か? 一撃で相手を仕留めることに特化した、破壊を極めた拳法……しかも、生半可なものではない……)
「あたしもこっちのほうが得意なんだ、元々は拳で生き抜いてきたんでね」
(くそ……なんなんだこの女……あまりにも人間離れしている……まさか、俺より経験を積んでいるとでも言うのか……?)
「とどめを刺す前にあたしの過去でも聞いてくれ。冥土の土産にもならねえと思うが意見を聞きたいんだ」
イーグルはなお起き上がろうとするもダメージがあまりに甚大だった。またしても血を吐く。
「あたしは親に捨てられてから生き延びるためにあらゆる事をやってきた。ところが10歳ぐらいのころ、路地裏のゴミ箱で餌を漁ってるとな、どこからか女が現れて、あたしの髪を掴んで家に連れて行ったんだ」
カレンは回想する。
──
「痛い痛い!」
「ふんっ!」
女は幼いカレンの鳩尾に強い拳を叩きこむ。
嘔吐するカレンを見下ろして女はこう言った。
「私が憎いか?」
カレンは必死に声を弾ませた。
「……いえ、あなたは憎くありません。この身体でよければお好きなように弄んでください」
それはカレンが身に着けた生存のための方法、処世術だった。
しかし、その言葉が耳に入ると、女は不快感を露わにし、カレンの身体に蹴りを連打した。
血を吐き、地面にうずくまるカレンに、女は再び声を張り上げた。
「震脚を会得しろ。3ヶ月間、毎日ひたすら倒れるまで繰り返せ。会得できていなければ殺す。逃げ出そうとしても殺す」
カレンは監禁され、あまりにも過酷な修行、いや、拷問が始まった。
カレンは足腰の感覚を失い、気が遠のき、意識を失うことでその日の鍛錬が終わるという、朝昼夜の区別もなく地獄のような鍛錬を行った。
意識を取り戻すとカレンは耐え難い苦痛に耐えながらも、何とか立ち上がり、また次の震脚に取り組む。
意識を失うまで、その訓練を繰り返した。
それから3ヶ月が経つと、女はカレンに八極拳を文字通り体に叩きこんだ。
意識を失ってはバケツに顔を沈められ、強引に起こされた。
カレンは血反吐を吐きながら、八極拳をその身体に刻んだ。
女が何故、何のために八極拳を教えているのかは分からない。
ただ、女に従わなければ殺される。
(強くなりたい。強くなって、この女を殺してやる)
カレンは憎しみで耐え抜いてきた。
そんな監禁生活が4年続いた。
カレンは女とも多少はやりあえるほどの実力を身につけていた。
(今のあたしならこの女も殺せるかもしれない。今夜、寝込みを襲う)
しかし女はその日、カレンを遥かに上回る八極拳の使い手であるにも関わらず、銃で撃たれてふらふらになって帰ってきた。
「おい……お前に名前をくれてやる……カレン……そう名乗れ……」
あれほど恐れ、憎んだ女はあっけなく息絶えた。
(この女はあたしが殺すはずだったのに……一体誰が……あれ?)
カレンは女を憎んでいるにも関わらず、涙が流れた。
そこに一人の男が走ってくる。その銃を握った男は、女を殺した人物は……レンジだった。
「君をレジスタンスに招待する」
カレンは迷ったが、女を失った以上、何も選択の余地はなかった。
カレンはレジスタンスのメンバーとなることを決意した。
そしてカレンには新たな居場所が出来た。
そこでは暴行は振るわれなかった。
射撃という攻撃手段も得た。
別働隊では一人、二人、いや、両の手で数え切れないほど仲間が死んだ。
やがてカレンのみが生き残った。
しかしカレンは誰を恨めばいいのかわからなかった。
自分を捨てた親か、散々暴行を加えてきた女か、女を殺したレンジか。
それとも非力な自分か。
──
「なあ、お前は誰が悪いと思う?」
カレンがイーグルの顔をのぞき込む。
「うっせぇ……女々しい自分語りなんざ誰も求めてねえんだよ」
イーグルは自分の血を勢いよく吐く。
ただし、カレンへの目潰しとして。
目に血液がかかり、手で覆うカレン。
「小癪な!」
イーグルはすかさずベレッタを向ける。
カレンは感覚でイーグルの頭を捉えたとどめの蹴りを放つ。
その時、銃声が響きイーグルとカレンの動きは停止する。
「そこまでだ」
銃声の主はレンジであった。
「レンジ、今良いとこなんだ」
「駄目だ、これ以上は禁止だ」
「……だがクライマックスを止めたんだ、理由がしょぼかったらあんたでも容赦しねえぜ」
「話は遡る」
そしてレンジは数分前までの出来事を語る。
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