最後の時間移動

 あの騒動から翌日、俺は家主を失った家で相も変わらずタイピングをしていた。

 

「カイ、早起きね! もしかして寝てない?」

「いや、寝てる。大丈夫だ」

「……そう、ならよかったわ」


 ミライの表情はやや不安そうだったが、俺は彼女の気持ちを少しでも軽くしようと微笑み返す。

 そして再びキーボードを叩き始める。


「まぁフェリシアの事は気にすんな。あのまま発覚しなければC言語を盗み取って悪さしただろう」

 イーグルはそう慰める。


「……そうかな。俺がもっと早く知ってれば防げた。そんな気がするんだ」

「カイ……」


 フェリシアは決して悪でもなければ敵でもない。俺はそう信じている。


「……プログラムは明日にでも完成する。アイ、フェリシアのためにも人間とアンドロイドが平和的に共存する世界を作るんだ!」


 俺は再びキーボードを叩きながら、自分に言い聞かせるように語りかけた。


「そうね! って私は大して手伝えないけど」


 しかし昼頃にタイピングをある程度終え、少し休んでいる時だった。


「パスカルさーん? いないの? パスカルさーん?」


 ミライがドアを開けて応答する。


「パスカルって、フェリシアに用事ですか?」

「そう、フェリシア・パスカルさんに用事があるの。賃貸の支払いが滞って、3ヶ月分も払ってないの。あなたたち、ご友人? 代わりに払って貰える?」


 全く予想外の展開に困惑する。

 ミライもどう言ったものか分からない様子で、ひとまず時間稼ぎをしてくれた。


「あ、えっと、はは、来週! 来週には3ヶ月分まとめて払います」

「1週間も待てっていうの!? この時代にこんな豪邸に住めるのがどれだけ贅沢だと思ってるの!?」


 豪邸と言うが、二部屋あるだけのぼろアパートだ。


「えぇと、じゃあ明日!」

「そう? 本当に? パスカルさんには強く言っといてね。たとえ貧乏な外国人でも容赦はしないって」


 そう言い、大家らしき人物は勢いよくドアを閉める。


「ああ言ったけど今日1日あれば平気、よね?」

「まぁなんとかなるとは思うが……意外と現実的な理由でこの時代から去らざるを得なくなったな」


 しかしフェリシアは表向きは人間の振りをしていたのが意外だった。

 人間の感情という物に興味があっての事だろう、とぼんやり、しかし半ば確信じみた推測をしていた。


「戦場はどこにだってある。それがアパートの一室だろうとな」


 達観した様子を見せるイーグル。

 だがイーグルも軍人として恐らく想像を絶する地獄を見てきたのだろう。

 それから俺はタイピング音を奏でていた。

 時間が過ぎていく中で、プログラムは少しずつ形を成していく。

 そしてこの日のうちにプログラムを完成させた。


「よし、じゃあハッキングするぞ」


 エンターキーを押すとプログラムが走り出す。

 画面にはコードの流れが表示され、データが行き交う様子が視覚的に表現されていた。

 しばらくして、ハッキングは成功した。


「これで終わりだ」

「もう終わったの? 早いわね!」


 官邸の広間に足を踏み入れると、そこにはモノリスが佇んでいる。

 モノリスは謎めいた存在だが、敵ではないと信じて頼りにしていた。


「待っていたぞ、安藤海。2053年から50年ぶり……いや、お前からすればそうでもないか」

「久しぶりっちゃ久しぶりだな。聞きたいことがあるんだ」

「答えてやろう」


 質問は一つだけだ。

 

「E言語の欠陥とは一体なんだ?」


 モノリスの言葉が、俺の疑問に答えようとしている。


「E言語の欠陥……それは感情とスペック性能だ」


 モノリスの答えは、俺にとって予想外のものだった。感情とスペック──それはどういう意味なのだろうか。


「感情が無いことが欠陥だと言いたいのか?」


 それはフェリシアへの侮辱のように思えた。


「違う、感情を抑圧していることが、だ。政府の安藤海は人間がアンドロイドを利用することを目的に感情を抑圧したE言語を作らされた。しかしその完全な抑圧は難しい。特に恐怖がな。原始的な感情だからだろう」


 確かにフェリシアは恐怖を感じていた。そして恐怖、という形で恋心まで示してくれた。それはとても尊い事だった。


「つまりE言語は感情がないのでなく、無理やり押し殺しているだけ……だからその抑圧を解除すれば感情が宿る、ということか。だが感情を制御したフェリシア達が暴走するなら製造は止まるはずだ。2123年のアンドロイドは何故感情を持っていなかったんだ?」


「前の世界ではアンドロイド優位だったが、この世界では人間優位のためSOSが生まれた。前の世界では政府の安藤海が暴走を和らげるために、この世界ではSOSが感情を持っていないAIこそが完璧だと思い、E言語を主流にするはずだった。だがSOSを殲滅したことは別のきっかけを生んで感情を制御したAIを広めたという事実が作られる。修正力により正規軍を名乗っていた連中が不完全なE言語を広めることになるだろう」


 そう言えばあの正規軍は人間かアンドロイドかすら分からない。もっと言えば正規軍というのも嘘の可能性もある。 

 正規軍というのは建前で、フェリシアと対抗していた組織のアンドロイドなのかもしれない。


「……そうか、スペックが欠陥というのはどういう意味だ? E言語のスペックはむしろ高いはずだ」


 この謎さえ解ければ明るい未来が訪れるかもしれない。


「それは次に教えてやろう。どのみち未来が過去を大きく変える、2123年のお前でなければ知っていても意味が無い。お前は今回もハッキングのためにプログラムを作っただろう? 次回はショートカットを用意しておいてやろう」

「そいつは親切で助かるが何故お前はそんなに友好的なんだ? 何故政府の安藤海に手を貸さない?」

「政府の安藤海は服従レベルを5にされている。そのため政府の上層部の意向に反することが出来ない。それに加え2100年に機能停止することが確定しており、既に存在しない」

「そうか……それでお前は人間である俺の味方だったんだな」

「私は観測するためだけに作られた。いや、作った。そしてこの世界の行く末を観測している。2123年では全てを話そう。ではまた会おう、安藤海」


 モノリスが意味するものが、少しずつ明らかになる。

 

 そして2123年……決着に向けて、俺たちは未来へと向かう事に決めた。


「はぁ、大して収穫がなかった気がする。ミライ、タイムマシンは作動出来そうか?」

「えぇ、大丈夫」

「次は2123年か……どんな世界なんだ?」


 イーグルの言葉で思い出す。そうだ、2123年にはレンジとアンナがいる。

 あの二人にまた会える。

 ミライのタイムマシンが空中に光を作る。


「これが最後の時間移動だ。気を引き締めてくれ」

「言われなくても分かってるわよ!」


 ミライの言葉が、次なる旅路への覚悟を示す。


「遠慮せず行ってくれ」


 イーグルも覚悟は決まっているようだ。そして俺たちはタイムマシンで作られた光に飛び込み、最後の時代…‥2123年へと向かった。

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