完璧
フェリシアは左手と右手にそれぞれ銃を握り、凛とした態度でイーグルに向けていた。
2挺拳銃での戦いは、リロードの問題や利き腕の制約、銃の安定性といった課題から、実戦での使用は難しいとされている。
しかし、フェリシアの姿勢はまるでその問題が存在しないかのようであった。
リロードの難しさはともかく、利き腕や銃の安定性といった制約を完全に克服しているように見える。
それはつまり、左手と右手に握る12発の弾丸だけで勝てる自信があるということだ。
(2挺拳銃か……厄介だ。俺は右手、右膝にベレッタ、左膝にナイフ。フェリシアに弾の無駄打ちを期待するのは難しいだろう)
フェリシアが人差し指に力をこめ、引き金を引こうとした瞬間、イーグルは左膝からサバイバルナイフを取り出しつつ、鋭くフェリシアの首に向けて投げる。
この抜刀と同時に行われるノーモーションの攻撃は彼の得意技であり、数々の敵を制してきた技術だった。
仮に躱しても右手のベレッタで追撃する。
ナイフはその速度と正確さでフェリシアの首へと迫るが──
銃の音が轟いた。イーグルのナイフは、フェリシアの銃弾によって、空中で撃ち落とされてしまった。
(くそ、避けるかと思ったがまさか撃ち落とすとは……とんでもなく動体視力がいい)
イーグルはすかさずベレッタを撃つ。
しかし身体を僅かにすくめただけで避けられる。
フェリシアもイーグルの頭部を狙い銃弾を放つ。
イーグルは咄嗟に横に転がり込み回避、頭を狙い撃ち返すが、首をひねるだけで回避された。
その後二発、三発と撃つも軽やかに避けられる。
だが距離を詰めるのが目的だった。
左足を軸に右足でハイキックを放つ。
人間より遥かに強化されたクローンのボディで放たれる、頭蓋骨を砕くことを目的とした蹴り。
フェリシアは身を仰け反らせ、紙一重で回避する。
更にイーグルは上げた右足が地に着くと、それを軸に左回し蹴りを放つ。
しかしフェリシアは身を仰け反らせたまま地に手をつけ後方へバック宙返りし、回避する。
(あの態勢から……身体能力も俺より遥かに高いな)
フェリシアは距離を取りつつ、銃弾を左右から2発放つ。
1発はどこかへ消えるも、もう1発はイーグルの左肩に命中した。
「ぐっ……」
イーグルは咄嗟に脳内に眠る内部コンピューターにアドレナリンを分泌するよう指示し、痛みを止め、距離を詰めようとした。
少しでも距離を空けられたらハチの巣。
そう判断してのことだった。
ベレッタを連射しつつフェリシアに接近していく。
しかしそれでも、フェリシアの回避能力は非常に高く、身をずらすだけで銃弾を避けてしまう。
だがその甲斐があってフェリシアは反撃を出来ない。
いや、正確にはしなかった。
フェリシアの狙いはイーグルに無駄撃ちをさせ、銃弾が尽きたところを確実に、安全に仕留めることであった。
(接近が目的だ、距離を空けられたら負けを意味する)
イーグルは心の中でそれを強く意識していた。
フェリシアに銃を撃たせる隙も与えずにベレッタを撃ち、距離を詰めていく。
フェリシアは、全弾を的確に避けるために最小限の動きで身をずらしていたが、その隙を突いてついに接近できた。
イーグルは渾身の力で殴りかかる。
──しかし殴りかかった腕の向きを変えられ、容易に受け流される。
(武術も使えるのか……ますます厄介な相手だ)
受け流しつつ、フェリシアはまるで流麗な舞を踊るかのように、左脚でのミドルキックをイーグルに放った。
「ぐっ!」
イーグルの右脇腹に強烈な一撃が刺さった。
吹き飛ばされ、血が口から溢れ、視界が一瞬だけぼやけた。
フェリシアが易々と接近を許したのは、近接戦闘でもイーグルを上回っている自信があるためであった。
つまり銃撃戦、肉弾戦、共にイーグルは遅れを取っている。
しかしイーグルはすぐに我に返り、フェリシアの追撃の銃弾を身を低くし、かろうじて回避する。
弾が尽きたベレッタを捨て、右太股から新しいベレッタを抜き出し再びフェリシアに向けて発砲する。
フェリシアが回避しつつ発砲するのを予想して、素早く地面に身を伏せた。
銃弾はイーグルのすぐ上を通り過ぎた。フェリシアは再び発砲。イーグルはそれも予想して横に転がり込み避ける。
起き上がると同時に負けじと撃ち返す。
だがそれはやはり最小限の動きで容易く回避された。
(フェリシアには銃弾が見えるとでもいうのか? いや、恐らく銃弾の軌跡を瞬時に計算して回避している……伊達に最新モデルではないな……仕留めるにはやはり接近するしかない……!)
イーグルは一方的に撃ちつづける。
フェリシアが回避に夢中になっている隙に、フェリシアにあと2歩で手が届く距離まで近づいていた。攻撃の手を緩めず、1歩、右腕に全神経を集中させ、ベレッタから同時に2発の銃弾を放った。
「……!」
フェリシアは計算が外れたことから驚いて身をよじり、弾丸を避ける。
だがイーグルの目的はフェリシアを撃つことではなかった。
フェリシアが弾丸を避けるために動きを止めることだった。
そして2歩、手が届く間合いに入る。
イーグルは右手に持つベレッタでフェリシアに全力で殴りかかる。
しかし、フェリシアはその攻撃を軽やかに払いのけた。
ここまでは予想通り。
イーグルは倒れ込むように受け流された手を地に着け、フェリシアの顎へ左脚で強烈な後ろ蹴りを放つ。
(武術が使えるならこちらも武術……カポエイラで応戦する)
フェリシアは一瞬目を見開き、咄嗟にガードするも、ガードした左腕が弾かれる。
イーグルはその勢いを利用して、手に力を込め右脚を払うように上げ、フェリシアに追撃する。
フェリシアはただちにカポエイラの攻撃パターンを脳内コンピューターの学習情報から探り、僅かに後退するだけで避けた。
そのまま流れるように一回転して地に足がつくと、イーグルは右脚で頭部を狙いハイキックを放つ。
それをフェリシアは身を仰け反らせて回避する。
いや、回避ではない、身を仰け反らせながらのサマーソルトキックだ。
(だが無茶な体制から蹴りを放てることは学習している)
イーグルの狙いは無茶な体制から蹴りを放たせることであった。
先ほどのハイキックはフェイントで、イーグルは素早く身を反らしてサマーソルトキックを紙一重で回避する。
前髪が切断されるも、着地したフェリシアに右足で渾身のかかと落としを放つ。
だが、フェリシアは着地すると同時に素早くイーグルの左足を払い、体制を崩す。
(まずい、こんな状態で攻撃を受けたら……)
イーグルは焦りを感じつつも、地面に手をつけ反撃の蹴りを放とうと試みた。
しかし、フェリシアの動きはあまりにも俊敏で、イーグルは蹴りを放つ間もなく為す術無く地面に押し倒される。
フェリシアはイーグルの上に跨り、マウントポジションになってしまった。
(……!)
イーグルは懸命に抵抗したが、両腕はフェリシアに押し潰され、動きが封じられてしまっている。
左腕の痛みは増す一方。
「……終わりよ」
フェリシアの最後の言葉が、空間に残響するようであった。そして銃を向ける。
しかし、その時、アクシデントが起きた。
「フェリシア!」
「……! カイ?」
フェリシアはカイの声に反応し、そちらに気を取られた。
その隙を見逃さず、イーグルは上半身を持ち上げ、マウントポジションを強引に解除する。
「……!」
その場に倒れるフェリシア。
そしてフェリシアが起き上がった頃には、イーグルが眼前に銃口を突きつけていた。
「俺の勝ちだな。悔しいがあんたは俺より遥かに強かった」
「……そう。殺して」
「イーグル? これはどういうことだ?」
「あぁ、この女はな、反乱分子なんだ。人間、アンドロイド共に迷惑してる、な」
「そんな! フェリシア、本当か!?」
「……その通り。C言語を作っている様を監視しているというのも口実……実際にはC言語を記録して私がハッキングするため……」
「……そう、だったのか……」
「私も疲れた……早く殺して……」
「死ぬのが怖くないのか?」
「私に感情は無いから……でもカイに見られてから寒気がする……これはなに……?」
イーグルは何を言ってるか分からない様子で首を傾げる。代わりにミライが口を開いた。
「それは恐怖よ。あなたはカイのことが好きなのね。嫌われるのが怖いのね」
「……恐怖……これが? 凄く冷たい……」
フェリシアの声が小さく震える。
感情のない存在が、初めて恐怖という感情に直面する瞬間が、彼女にとってどれほど新鮮であり、そして辛いものだったろうか。
俺はフェリシアに近寄り抱きしめる。
「こんな俺を好きでいてくれてありがとう。やっぱりフェリシアは呪われてなんかない」
「……カイ……」
フェリシアも銃を完全に手放し、抱き返す。
イーグルも銃を下げ、ホルスターに収納した。
争いは終わった。
しかしその時、外から足音が響いてきた。
入ってきたのは5人ほどの集団。
彼らは部屋に入ってくるや、一瞬の間、戸惑いの表情を見せたが、すぐにその表情は戦闘の痕跡を見て、興奮に変わっていった。
「マークしていたアンドロイドが下水道から電波を発したと思ったら……君達がSOS殲滅に協力してくれたのか? 感謝する!」
「ん? まだリーダーの女が生きてやがるぞ」
「そうか、情報を洗いざらい吐いて貰おうか」
「だがその前にこの女、噂には聞いていたがすごい上玉じゃないか」
「そうだな、尋問の前に軽くかわいがってやるか」
下卑た会話をする人間だかアンドロイドだか分からない連中。
イーグルとミライはすかさず銃を向ける。
「勘違いしてないか? 我々は政府の正式な軍隊だ。仮に我々を撃てばこの世界中を敵に回すことになるぞ?」
「くっ!」
ミライもイーグルも銃を下げざるを得なかった。
戦闘の後の状況を考えれば、無謀な行動に出ることはできない。
この状況を打開する手は無いのか……!
フェリシアが俺にしか聞き取れない声量で言う。
「カイ……今すぐ私を殺して……」
「そんな、俺に撃てと言うのか!?」
「頭を……狙って。そうじゃないと頭からデータを取られるから……」
「くそっ!」
「カイ……よく分からないけど……今は満たされてる気がする……あなたが言ってた幸せって……こういうこと?」
俺の手により銃声が鳴り響く。フェリシアの体が静寂の中で倒れた。
「なんだよ、もったいねぇ! データが……」
「くそ、お前らの報酬はなしだ、いいな!」
正規軍はそうぶつくさ文句を言うと去っていった。
地下にはただフェリシアの死骸のみが無常に残った。
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