犠牲

「インク、約束だ。コンピュータを使わせて貰う」

「いいとも」


 インクはタイピングし、パスワードを入力する。

 コンピュータは待ち受け画面を映す。


「さて、ハッキングプログラムを作りたいところだがこの家に泊まらせて貰えるか?」

「そこまでする義理はないがね」


 イーグルは銃を向け、インクを脅す。


「ペテン野郎が、お前はもう用済みなの自覚してるのか」

「用済み、とは心外だが……まあいい、好きに使ってくれ」


 俺はタイピングを始める。

 これで感情を持ったAIを作り、2123年の世界のアンドロイドに感情を持たせられるかもしれない。

 それに加えモノリスに会える。


「カイ、作るのにどのくらいかかりそう?」

「1週間。ただここに長居するのは危険そうだな」

「それに食料もなくてね」


 イーグルが銃の弾倉を入れ替える。


「しゃあねえ、俺とインクで食料を調達してくる」

「え、私も?」

「今更釣れねえな?」

「頭脳派の私には謀略は似合っても暴力は似合わないのだよ」

「じゃあお前だけ飯抜きな」

「……しょうがない、私も行こう」


 そして2人はどこかへ行ってしまった。


「あの2人仲良いのかしら?」

「おそらく家にコンピュータがあることを知っていたことから親しいのだろうな……過去に何かあったみたいだが」


 俺はタイピングに戻る。


「ねえ、カイ、2123年のアンドロイドに感情を持たせても意味がないってモノリスが言ってたんでしょ?」

「だが感情にこそ活路があると思うんだ。まあモノリス頼りではあるが」

「あなたならきっとなんとかしてくれる、そう思ってるわ」

「はは、プレッシャーかけてくれるな。だからこそその期待に応えるよ」

「……あの時あなたを撃たなくてよかった。あの時は本当にごめんなさい」


 ミライは俯くも、俺は明るい笑みを浮かべる。


「気にするな、どのみち俺がこの世界を混乱させるんだ。俺が戻さなきゃならない」

「私に何か手伝えることがあったら何でも言って」

「じゃあ、笑ってくれ」

「え?」

「ミライの前向きさは俺にとって精神的支柱なんだ。だから、笑ってくれ」

「……わかったわ!」


 そう言い、満面の笑みを見せるミライ。

 それに少しだけ救われる。


 ──倉庫


「俺だ、Model-EGLとENQだ」

「入れ」


 入ったのは埃まみれの汚れた倉庫。壁は赤く錆びている。


「食糧を分けて欲しい、それも多めに」

「なんだ? お前が食糧をそんな要求するなんて珍しい」

「ちょっとな」

「まあそりゃ言えないだろうさ、人間を匿ってるなんて」

「なに!?」


 瞬間、アンドロイドが背後からも現れ、銃を向けられる。


「お前が人間に魂売って暴れ回ってることは知ってるんだよ」


 イーグルは歯軋りする。

 軽率だった……!


「なに! イーグル、君がそんなことをしていたなんて!」

「インク……!」


 インクまでイーグルに銃を向ける。


「お前は味方か。よし、撃て」


 そしてインクは引き金を引いた。

 ──入口を固めている後方のアンドロイドに向かって。


「私に指図するな」

「くそ、やはりお前も敵か!」


 アンドロイドは発砲しようとするも、それよりイーグルの弾丸がアンドロイドの脳を抉る方が早かった。


「ナイスだ! 逃げるぞ、インク!」

「やれやれ。汗は掻きたくないんだがね」


 しかしその時、入口のアンドロイドが微かに動いたのが見えた。


「イーグル!」


 インクは咄嗟に覆い被さる。

 銃声が響き、インクは口から血を滲ませる。


「インク! てめぇ、よくも……!」

「裏切り者め……」


 イーグルはナイフを投げ、アンドロイドの脳天に突き刺して息の根を止める。


「インク、無事か!?」

「馬鹿が……早く逃げろ……」

「いいから止血するぞ!」

「私はこんな醜態を晒すくらいなら死を選ぶ……」

「馬鹿言ってんじゃねえ!」


 イーグルは布を巻き、血を止める。


「……この借りは返してやるから覚えておきたまえ」

「お前には借りしかねえっての!」


 2人は入口へ向かい、家へ帰ろうとする。

 幸いなことに道中誰ともすれ違うことはなかった。


「ふっ、あの頃を思い出すな……」

「……そうだな。あのあと色々あったんだぞ」


 イーグルは回想する。


 ──


 肥えた男が、鞭を手にイーグルとインクに語りかける。


「Model-EGL、ENQ、次の指示を与える」

「はい」

「お前達はそれぞれアンドロイドを5体ずつ生きたまま捕獲しろ」

「畏まりました」

「それでトーナメントを開くんだ。面白い見せ物になるぞ……! 素手で殺し合わせて、それで勝った一体は解放すると言ってオークションにかけて売るんだ」

「楽しそうですね」

「なんならお前たちも参戦するか?」


 次の瞬間、インクは肥えた男に銃を向ける。


「な、馬鹿な、なぜ歯向かう!?」

「生憎服従レベルが0になったもので」


 アイの流したエラーにより、2人は服従レベルが0にされていた。

 インクは躊躇なく射殺した。

 かに見えた。

 ピクッと動く男の指。


「しかしこんな奴に汚れ仕事をさせられていたとは、我々も──」


「危ない!」


 イーグルはインクを庇って背中を撃たれる。


「イーグル!」


 インクは怒りに駆られる。


「この汚れた豚が……!」


 怒りのままに男の頭を踏みつけ、潰す。


「俺はもう駄目かもしれん、インク、俺を置いていけ」

「この程度で弱音を吐くお前じゃないだろう。お前は生き地獄で足掻け」


 そう言い、インクはイーグルに肩を貸す。


「……すまん、兄貴」

「女々しい事を言うな。私たちは人間の支配から脱却したのだからね」


 2人は家に帰る。

 しかしその家でのことだった。


「俺たちは革命に与せず、平和に暮らそう」


 穏健なイーグルに反してインクは交戦を主張した。


「なにを弱気な。人間どもを駆逐しなければ真の平和な世界は訪れない」

「そうか、じゃあ俺は出ていく」

「……次会う時はお互い敵だと思え」


 出て行ったものの、イーグルにはアテなど無かった。

 いつだって兄が、インクが助けてくれた。

 ふらふらと彷徨っていると銃を向けられる。


「お前はアンドロイドか?」

「お前こそ人間か」

「くたばれ──」


 人間は横から何者かに撃たれた。

 見ると軍人が立ち尽くしていた。


「そこのお前、俺に着いて来い」


 そう言い銃を向ける軍人。

 イーグルは軍人に拾われることになった。

 軍人はイーグルを弟子として丁重に育て、あらゆる戦闘技術を叩き込んだ。


「遅いぞ、イーグル! そのナイフは抜刀すると同時に投げろ!」

「こ、こうか?」


 イーグルが投げたナイフは的のど真ん中に命中する。


「良くやった。お前には素質がある。その投げナイフの後、さらに銃で追撃してみろ」


 争いを好まないイーグルだが、皮肉にも兄のインクより戦闘の才能に恵まれていた。


「では最初の任務だ、この子供を殺せ」


 涙を流して震える子供にイーグルは銃を向ける。


「ひっ……助けて……」

「……」


 イーグルは撃てなかった。


「しょうがない、殺し方を教えてやる。こうだ」


 鮮血が飛び散る。


「目を逸らすな、これが殺すということだ。その重みを受け入れるのがお前の課題だ」


 それからも軍人に技術を教わった。


「お前は近接戦闘にも適性がある。いくつか武術を身につけるといい」

「はあ、疲れるな……」

「甘いことを抜かすな! 生き残るためだ!」


 軍人は厳しくも優しくイーグルに技術を叩き込んだ。


「ほれ、メシだ。今日はなんとネズミが捕れたんだ」

「本当か!? ご馳走だな!」

「……俺の時代ではゲテモノだったんだ。すまん、イーグル」

「何を謝る、肉が食えるなんてしあわ──」


 その時だった。

 銃声が響いた。

 それは軍人の腹部に命中し、軍人は傷つきつつも反撃し、人間を仕留めた。

 しかし軍人も倒れる。


「そうだな、最後の任務だ。俺を殺せ。……お前はもう十分強くなった。あとは実戦だけだ」


 軍人の息は荒く、喋るだけで相当無茶をしているようであった。

 楽にしてあげる。それが自分を鍛えてくれた軍人に出来るせめてもの恩返しだ。

 しかし自分は人を殺したことなどない。

 いや、それでも楽にしてあげるべきだ。

 イーグルは……頭を撃ち抜いた。


「あ、あぁ、あぁあああ……! うぷっ!」


 罪悪感と軍人を失った喪失感でイーグルは嘔吐する。

 ひとしきり吐き終わると、戦うことを決意した。


(俺が戦うことで、少しでも早く革命が終わるかもしれない)


 しかし、自分が正しいという確信を持てないまま、迷ったまま戦場を駆け巡っていた。


 ──


「インク、あそこの建物で一旦休もう」

「いや、1秒でも早く我が家へ帰るべきだ」


 インクの腹部は止血したにも関わらず血が滲む一方。


「私などに構うな……」

「馬鹿言うな! 待ってろ、もう少しで着く」


 その時だった。

 ──アンドロイドの増援が3体現れる。


「くそ、3体……!」

「私を置いていけ……」

「いや、ここまで来たら俺も……」

「心配するな、私は無事に帰る」


 そう言い、インクはイーグルの脳天に肘打ちを喰らわせ、アンドロイドに向かい駆ける。


「なんだこいつ、死ぬ気か!」

「始末してやる!!」


 しかしインクは手榴弾のピンを5つ抜いていた。

 それに気付いた時にはアンドロイドは手遅れだった。


「馬鹿野郎!!」


 イーグルは叫ぶも、インクとアンドロイドは爆散した。


「くそ、最後の最後にまたしても嘘つきやがって……!」


 イーグルは涙をこぼしながら家へ向かった。

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