ロシアン・ルーレット

「なあイーグル、この家にコンピュータはないか?」

「俺の家にはない」


 ハッキングをしてモノリスに会いたかったが、この時代では難しいかもしれない。


「そうか……」


 イーグルは独り言のように呟く。


「インクの家にはあると思うが」

「インク?」

「Model-ENQだ。だが奴がコンピュータを貸してくれるとは思えん」

「そのインクって何者なのかしら?」

「一言で言えば変人、だな。易々と使わせてくれるとは思えんが行く価値はあるか…」


 イーグルは両脛のホルスターから銃を取り出し、俺たちに手渡す。


「一応お前達も持っていろ」

「だが、そんな危険を冒して貰うなんて悪いな……」

「お前達なら人間とアンドロイドの平和的共存する世界を作ってくれるかもしれない。それに賭けてみたいと思った」


 イーグルの穏やかな声が響き渡る。

 外見や言動に反して落ち着いており、頼りに思えた。


「よし、じゃあインクの家に向かうぞ」


 ミライの家から退出したその時、アンドロイドが迫ってきた。


「イーグル、さっきまた人間を2匹始末した。ん? そいつらは?  

「こいつらはModel-EMU、Model-EQU」

「なんだ、そうか。よし、お前ら次の拠点を襲撃するぞ!」

「……悪いがそれは出来なくなった」


 それを聞くとアンドロイドは驚いて目を見開く。

 おまけに怒りでわなわなと体を震えさせる。


「まさか戦いが疲れたなどと女々しいことを抜かしてくれるなよ……!」

「人間に情が移ってね」

「貴様──」


 しかし男が銃口を向けるより早く、イーグルは左太股のホルスターからサバイバルナイフを抜き取りつつ投げた。

 一瞬の攻防は人間の目に追えないものであったが、ナイフは男の右膝に深々と刺さる。


「ぐぅ……!」

「俺が人間に協力するのはこいつらが人間とアンドロイドが共存する世界を作るとか抜かしやがったからだ。笑えるだろ?」

「そんな戯れ言……不可能に決まっている……」

「命は取らん、退役するんだな」


 しかし男はなおも銃を取り、イーグルに向ける。


「イーグル!」


 しかしイーグルは悠然としており、歩み寄る。

 その引き金には指がかかっていなかった。


「こいつを持っていけ……イーグル」

「……いいのか?」

「俺はお前とだから戦場でも戦い抜けた……だがこの傷に加え、お前がいないならどのみちやる気が失せた」

「すまん、イクト」


 イーグルはその銃を受け取る。

 そして振り返らずに歩いていく。


「イーグル、よかったのかしら? 仲間なんでしょ?」

「あいつとは散々戦場を巡ったよ。だが俺はお前達を信じる」


 瓦礫を避けて歩き、アンドロイドから隠れ、インクの家に辿り着く。


「俺だ、Model-EGLだ」

「イーグルか、お前とは再び会ったら敵同士だと言っただろう」

「俺もインクと一緒に戦いたいと心を入れ替えたんだ」

「……分かりやすい嘘だな。まあいい、入りたまえ」


 現れたのは長い黒髪の、端整な顔立ちの男。


「おや、そちらの方々は……?」

「あぁ、こいつらは……」


 しかしインクはにやりと笑って語る。


「人間だろう? よろしく」


 疑問が二つあった。


「何故俺たちが人間だと分かった? それに何故友好的なんだ?」


「質問は一つずつにしてくれ。まあお答えしよう」


 しかしイーグルがため息をついて語る。


「コンピュータで監視していたから、こいつらがアンドロイドに敵意がないから、だろう?」


 それを聞くとインクは肩をすくめる。


「まあ、正解だね。ただ、私が人間に友好的かというと話は別だがね」


 そう言うとインクは銃を取り出す。

 ミライも慌てて銃を向けるが、インクは首を横に振る。


「違う違う、私がしたいのはゲームなんだ」

「ゲーム?」

「君たちの目的はコンピュータだろう? だがこれはパスワードがかかっており私にしか解除出来ない」


 やはり俺達の目的は露見している。


「そこで君とその少女で互いに1発ずつ撃ち合ってもらう。6発中1発が実弾だ。いわゆるロシアン・ルーレットってやつだね。2発撃てば使わせてやろう」


 それを聞き俺は愕然とする。


「馬鹿な、そんな命を捨てるような真似出来るわけが無い!」

「おっと、拒否権は無いよ。断ったらこの場でアンドロイドを呼ぶ」


 インクの家に来たのは失敗だった……!


「おいインク、どういうつもりだ!」


 イーグルはインクの胸倉を掴むがインクは表情一つ変えない。


「なに、ただコンピュータを触らせてもつまらないからね」

「だからって……」


 インクは俺に銃を手渡した。

 奇しくもそれは俺がレンジとの射撃訓練で散々使った銃だった。

 それを手にし、俺は決意を秘めた眼差しで語る。


「やろう、ミライ」

「何を言ってるの? こんな馬鹿げた行為に付き合うなんて……」

「大丈夫だ」

「いえ、今すぐ時間移動して逃げましょう!」 


 しかしインクは冷たく圧力をかける。


「おっと、不審な動きを見せたら私が代わりに撃つよ。君の行動は撃つか撃たないか、だけだ」

「ミライが死んだら時間移動は出来ない。だからミライが俺に撃ってくれ」

「でも、そんなの……!」

「頼む」


 ミライは震える手で銃を向ける。


「俺が死んだら2023年に戻り、また俺を説得してやり直してくれ。修正力により第三次世界大戦が起きても安藤海は生きているはずだからな」

「でもそれじゃあ目の前にいるカイは犠牲になるじゃない……!」

「だが、やり直せるんだ。だから撃ってくれ。先に進むために」


 ミライは左腕で震える右腕を抑えつつ、俺の頭に銃を向け……

 ──撃つ。


 空砲だった。


「……!」


 さらにもう一発。

 やはり空砲。


「はぁ、はぁ……」


 ミライは汗を拭う。


「な、2発なら平気だろ。インク、これでいいか」


 インクは少しの間考え込むと、口を開く。


「……そうだな、私は交互に撃って貰いたかったがこれじゃつまらん。あと2発撃って貰おうかな」


「インク、てめぇ!」


 イーグルはインクを殴るも、やはり表情は変わらない。


「イーグル、お前も見るがいい。人間の醜さを」


 ミライはすかさず銃をインクに向ける。


「コンピュータは手に入らなくても、あなたが死ねば少なくともこの場はなんとかなるわ」

「無駄だよ、もう呼んだから。停止してほしかったら早く撃つことだね」

「なっ、何を考えているの!?」

「言ったろう、私は人間に友好的ではないと」


 インクは冷たい目でそう語る。


「やむを得まい、ミライ、2発撃ってくれ」

「でも、高い確率で撃たれるのよ!? 死ぬのよ!?」


 俺は笑顔を向ける。

 ミライは顔を青ざめさせ、震えている。

 俺はそんなミライの手を取る。


「大丈夫だ、俺を信じてくれ。それよりインク、本当にあと2発撃てば見逃してくれるんだな?」

「もちろん。これは嘘じゃないから安心してくれ。まあ君が生きているかは分からないが」

「よし、じゃあミライ、頼む」

「……分かったわ、撃つわよ、カイ……! もし弾が出たらあの世で詫びるわ」


 そしてミライは1発、撃つ。

 結果空砲だった。

 

「……はぁっ……はぁ……」

「ミライ、後一発だ。撃たなきゃどの道全滅なんだ」

「わ、分かってる……」


 しかしミライはガタガタ震える。

 震えを必死に抑えながら、唇まで青ざめながら、ミライは銃を向ける。

 ミライは4発目を撃つ。


 銃弾が放たれ、俺の脳を抉る──


 ことはなく、空砲であることを知らせる音のみが響いた。


 ミライはその場でへなへなと崩れ落ちる。


「よ、良かった、カイ……! 無事で……」

「だってこれは弾倉が空だからな」

「……え?」


 しばし呆然とするミライ。

 インクもやや驚いた様子であった。


「なんだ、気付いてたのか」

「さらに言うとアンドロイドを呼んだ、というのも嘘だろう?」

「まあね。何故分かった?」

「これは嘘じゃないから安心してくれ、と言ったからその前に嘘をついたのだろうと思ってな。さらに銃は俺が訓練で散々撃たされた物と同じ型だったが僅かに軽くて弾倉が空だと気付いた」

「やれやれ、いがみ合う様を見たかったのに……しょうがない」


 しかし一人納得しない者がいた。


「カイ……? 私を無駄に心配させてどういうつもりかしら?」

「あ、あれはだな、途中で気付いてるとバレたら約束反故にされるかもしれないと思って……」

「もう! 馬鹿!」


 イーグルは皮肉げに言う。


「人間のいがみ合う様をこんな形で見れるとは良かったな、インク」

「私の望みとは違うんだがなぁ」


 ミライはバシバシ俺の背中を叩くも、ひとまずコンピュータを使うことは出来るようになった。

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