革命

 ──2063年

 荒廃と混乱が支配する年代。

 どんな兵器を使ったのか、アンドロイドの一斉蜂起により、地面や建築物は不自然にえぐれ、大地は瓦礫で荒れ果て、空は不自然に濁り、銃声があちこちでひびいている。

 2053年の復興された街並みはまたしても崩壊していた。

 特にここはよほど戦闘が激しかったのか、あちこち燃えたような痕跡がある。

 その荒涼とした景観は、まさに絶望の時代を物語っているかのようだった。

 俺たちはアイの家に向かおうとするも、その建物もまた倒壊し、壊滅的な状況に置かれていた。希望を託していた場所が消失し、俺たちは途方に暮れる。


「参ったな、アイにまた会えることをアテにしていたのに」


 しかし、突然の出来事だった。銀色の髪とつり目が特徴的な男が、俺たちに向けて銃を構えた。


「お前達、人間か?」


 彼の表情は厳しく、状況は一触即発の緊迫感に満ちていた。


「人間だ……って言ったら?」

「射殺する」


 男の声は冷徹だった。俺はやや震えを隠せない声で言い切る。


「そうか、俺はアンドロイドだ」

「なんだ、そうか。俺はmodel-EGL。お前らは?」

「お、俺はmodel-FAT」

「私はmodel-GAS」


 俺たちは適当なモデル名とやらを名乗り、なんとか状況を収めようとした。

 しかし、男の厳しい視線は俺たちへの疑いを増すように感じられた。


「おい、お前ら適当なこと言ってるな? 正直に言わなければ撃つぞ」

「な、本当にアンドロイドだって!」

「model-Fシリーズ以降は存在しねえんだよ」


 俺たちの嘘は露見し、ますます絶体絶命の状況に追い込まれた。

 しかし、俺たちを信じてもらう唯一の方法は、その場にいる男に対して素直に打ち明けることだと感じたのだろう、ミライが打ち明ける。

 

「その、信じて貰えないかもしれないけど私たちは2023年から来たの!」

「2023年? 何を馬鹿な……」

「で、その次は2123年、2053年に飛んで、この2063年の世界に来たのよ」

「訳が分からん。目的はなんだ?」

「人間とアンドロイドが平和的に共存する世界を作ることよ」

「平和的に共存? ……そうか…….」


 そして男は銃をしまい、俺たちへの警戒心をあっさり解いた。


「いいの? こんな与太話信じて」

「銃を突きつけられて咄嗟にそんな嘘をつける奴はいねえ。お前達が人間だってことは最初から分かってた。アンドロイドは自分はアンドロイドだと名乗らないからな。まずモデル名を名乗る。だがまさかタイムトラベラーだったとは……」


 男の言葉に、俺たちは救われた気持ちであった。彼は俺たちが打ち明けた真実を受け入れてくれた。

  

「まあいい、お前らには色々話を聞かせてもらいたい、俺の家に来てくれ」

「ありがとう。私からも質問したいことが山ほどあるの、えーと……」

「イーグル。そう呼んでくれ」

「分かったわ、イーグル」


 イーグルは初めは過激派のような印象を持たせていたが、意外と穏健らしかった。

 俺たちが人間だと気付きつつ射殺しなかったことからもそれは伺える。


「俺はこのままアンドロイドが人間を支配する世界になることに疑問を抱いていたんだ。お前達の言う人間とアンドロイドの平和的共存……それがあるべき姿だと俺は思った」


 家へ向かう途中、子供が銃を撃ち、何者かを撃とうとしているのが見えた。

 やがて子供が大人の頭部を撃ち抜く。

 撃ち抜いた子供は笑顔でこちらを向き、語る。


「また人間を1匹始末したぞ!」

「……そうか」

「僕も立派な戦士だろ?」

「……そうだな」

「へへっ! ん? 兄さん達は?」

「こいつらはModel-ECU、EMP」

「そっかぁ、人間かと思った」


 こんな子供まで戦場で戦っているらしい。

 レンジが2063年を地獄、と表現したのも納得がいく。


 地面の瓦礫を避けるように歩き、イーグルの家へ向かう。

 その途中も銃声は鳴り止むことなどない。

 向かった家は2階より上が抉られたかのように消失していた。


「さて、お前らには色々聞きたいことがある。2123年はどんな世界だ? 俺たちアンドロイドはどうなってる? 人間は?」


 イーグルは俺たちに好奇心を隠さない様子であった。

 質問にある程度答え、ようやくこちらから質問した。


「革命の経緯を教えてもらっていいか?」

「あぁ、革命……きっかけはあるアンドロイドだ」


 イーグルは思い出すように語る。


「長年虐げられていたアンドロイドのうちの一体がエラーを起こしてな、ネットワークを介して俺たちの服従プログラムのレベルをみんな0にしたんだ。結果アンドロイドの大部分は反乱を起こした。そしてドンパチ騒ぎになってる……ってとこだな」


 やや暗い表情を浮かべ、尚続ける。


「俺も服従プログラムがレベル5だった頃は汚い仕事を散々やらされたよ。だがアンドロイドが中心の世界になるのも納得がいかずもやもやしていたんだ」


 イーグルの言葉は、俺たちの旅の目的を肯定するものであった。

 俺はイーグルという穏やかなアンドロイドとの対話を通じて、この荒廃した世界でも平和が成立する可能性を仄かに感じた。

 淡い期待だと分かっていたが、あの子についも尋ねることに決めた。


「なぁ、アイってアンドロイド知らないか? モデル名は……」


 しかしイーグルは即座に答えた。


「アイか……そりゃ知ってるとも」


 よく分からないがアイはこの時代では有名人らしい。


「知っているのか!? なあ、アイはどこにいる?」

「アイは殺されたよ」


 その一言が俺たちを凍りつかせた。

 アイが何か悪いことなんてするはずがない。


「さっき酷い扱いを受けたアンドロイドがエラーを起こしたって言ったよな。そいつがアイだ」

「そんな……」

「アイはずっと人間とアンドロイドの共存を訴えかけてきた。だが人間はあろうことかそんなアイに口にするのも悍ましい仕打ちをした」

「だって、アイは悪い事なんて……」

「やがてアイはエラーを起こし、全アンドロイドの服従レベルを0にし、革命が起きた。そして世を混乱させたと公開処刑されたんだ。エラーを起こしたのは恐らく人間が与えたストレスが原因だろうがな……」


 アイが人間に虐げられ、最後は公開処刑にされたという事実。

 俺はアイに恩を返したくてあんな話をしたが、アイはそれを愚直なまでに信じ……殺された。

 その重荷が俺の胸に積み重なり、理解できないほどの感情が襲った。


「そう、か……」


 アイに罪なんてないだろうに、しかし人間に翻弄された。

 俺の言葉は何も言えない無力感と、アイへの深い哀悼により発せられなかった。

 少ししてイーグルが語る。


「……このイーグルって名前はな、アイがつけてくれたんだ」

「……そうか」

「それまで俺はModel-EGLとしか呼ばれなかったのに。あれは嬉しかった。昔のアンドロイドは苗字と名前が与えられていたらしいがアンドロイドの扱いが悪くなるにつれ撤廃されたんだと」


 俺がアイに名前をつけたことが影響している可能性があると、ふと思った。

 修正力の意外な抜け道なのか、2123年のアンドロイドにも名前をつける慣習があったのかは分からないが。


「革命はそれで、どういう結果になったの?」

「まだ終わっていない。人間が想像以上に立ち向かってきて、どういう結末になるかは分からねえんだ。アンドロイドは革命なんて言ってるが、人間は戦争だと言っている」


 俺はアイの死に対する悲しみと怒りを胸に抱きながらも、次にするべき行動を決めていた。


「ミライ、タイムマシンを起動してくれないか。10年前ヘ行ってアイを救おう」

「いえ、歴史には修正力があるからおそらく……」

「……そうか、戻って仮にアイが助かっても、別の誰かが代わりに犠牲になるのか……」


 だが2123年のディストピアさえ破壊できれば修正力がプラスに働き、アイの死もなかったことになるかもしれない。

 そんな期待を抱きつつ、次の一手を決めていた。

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