可能性
せっかくの朝の光が窓から差し込んできたが、俺の心は曇ったままだった。
その柔らかな光に包まれながら、俺は再び人間とアンドロイドを巡る葛藤に取り憑かれていた。
アンドロイドは、俺の親父が生み出したものであり、俺自身が進化させた存在だ。
過去に干渉しても、歴史の流れは修正の手からは逃れられない。
ただ別の存在が現れるだけであり、それが運命。
そうだ、運命なのだ。運命に逆らえる訳がない。
ならば仮初めの平和でもこの時代に住んだ方がいいのではないか。
ここなら食事だって美味しくて、かろうじて平和を保っている
しかし2063年に起きる革命。
アンドロイドの一斉蜂起はどうなるのか。
起きはするものの、失敗するのか。
それとも今、2053年が人間が優位なだけでアンドロイドが一時的に世界を支配することがどのみち確定しているのだろうか。
俺は部屋の一角で静かに読書しているミライに話しかける。
「ミライ、2063年の革命はどうなると思う?」
「大々的に起きるはず。2123年は人間優位の世界のはずだから修正力により革命は失敗すると思うけどどうなってるかは分からないわ」
「そう、か……」
見るだけであれば、その未来へ行けばいい。
だが、そこに待つものが絶望であるならば、それを目の当たりにする勇気を俺は持ち合わせていない。
2053年のこの瞬間、ここで幸せに暮らした方がよっぽどいいのではないか。
「カイ、難しい顔してどうしたの?」
「ここでどうやって幸せに暮らそうか考えて」
「もう、何ふざけてるのよ」
「いや、本気だ。俺の考えを聞いてくれ」
俺はミライに向かってその考えやモノリスとの対話を語る。
語るにつれ曇っていくミライの表情は、その過酷な現実を容赦なく浮き彫りにしている。
「なるほどね……確かに絶望的ね」
「そうだ。モノリスははっきり俺の考えた方法では人間とアンドロイドの平和的共存は不可能だと語った。俺達は詰んでるんだ……」
「しっかりして、カイ! あなたがこの世界を戻すんでしょ!」
「駄目なんだ……いくら考えても絶望的なんだ……他の方法なんてあるわけが無い。ディストピアの世界を変えるなんて俺には無理だ……」
俺の頬にミライの手のひらが食い込む。
鋭い痛みが走るも、絶望感の前では蚊に刺されたかのようだった。
「冷静になりなさい! あなたの頭脳が頼りなのよ! 考えることを諦めたら負けよ!」
「でも不可能に決まってるだろう!? なんでも答えてくれるモノリスですら教えてくれなかったんだぞ!」
俺は八つ当たり気味に言ってしまったが、ミライの眼差しは決意を秘めていた。
「でももだってもない! モノリスは何かヒントを残さなかったの?」
そう言われると、「少しは自分で考えてみたまえ」「また来るがいい」と言っていたか。
これは何かしら活路があることをほのめかしているのでは……?
「しかし、どう考えても不可能にしか……」
「……カイ、気付いてる? 不可能が三つ実現してることに」
「……実現している? どういうことだ?」
「タイムマシンよ。タイムマシンは散々不可能だと言われていたわ」
「そう言われると……確かに……」
「それに感情を持ったAIも。この二つは長らく不可能だと言われてきたけど実現してる」
「それはそうだが、これはあくまで人間の技術力が予測を上回っただけだ。人間の精神性は変わらない」
せっかく励まそうとしてくれているのに申し訳ない限りだが、この絶望的な状況は奇跡でも起きない限りどうしようもなく見えた。
しかしミライは穏やかな笑みを浮かべる。
「確かに人間の精神性は変わらないかもしれない。でも人の心は変わる。現に私は変わった。カイ、あれほど憎んでいたあなたへの恨みが晴れた。これが三つ目。カイ、あなたの心も変わったでしょう? 自分が正しいと思っていたのに立ち直った。これは本来あり得ないことだったんじゃないかしら。だからきっと何かしら道があるはず」
確かにかつての俺は親父の理念に縛られ、自分が絶対的に正しい天才だと錯覚していた。
しかし出会いが俺を変えた。ミライ、レンジ、アンナ、アイ、それぞれが、俺の心に何かしら影響を与えた。
人は良くも悪くも変わる生き物だ。
だが同時にそれは可能性を秘めている。
その可能性を成長、と言うのかもしれない。
「……そうだな、ここでうじうじしてもしょうがない。進もう。ごめん、ミライ。俺ばかり弱いところを見せて」
「お互い様よ!」
ミライの微笑みと共に、俺は前へ進むことを決意した。
ミライの支えがあれば、未知の道へと踏み出す覚悟を持てる。
その一歩が、未来への可能性を開く鍵となるのかもしれない。
その時、またしてもぐぅ、と音が鳴る。
「か、変わった鳴き声の鳥が通ったわね……」
顔を赤らめ、目をそらすミライ。
一体俺を欺く演技をどうやって行えたのか疑問に思うほどのチープな嘘だった。
「ミライはお腹の中に鳥を飼ってるんだな」
「か、仮に私のお腹が鳴ったとしましょうか? でも生理現象を何を恥じらう必要があるのかしら? 人は食べることで生きているのよ!」
俺は別にお腹が鳴ることが言うほど恥じることだとは思わないが、女の子としては羞恥心を抱く物なのだろうか。
早口でまくしたてるミライにバシバシ叩かれながら、どこか愛らしく思っていた。
「なにニヤついてんのよ!」
「えっ、ニヤついてたか? いや、決してミライに叩かれて喜んでた訳じゃないぞ!」
「ふぅーん、そういう趣味なのね」
「違うって!」
その時タイミングよくアイがドアをノックする。
「カイさん、ミライさん、失礼します。今日のお夕飯が出来ました」
「ありがとう、アイ。よし、夕食にするか!」
「えぇ!」
そして、その日の晩餐。俺たちはアイの手による美味しい料理を楽しんだ。ブリの塩焼き、ナスの煮付け、ふかし芋、味噌汁、白米。
しかし、その豊かな食材がアイの努力によって供給されている現実に、憐憫を抱いた。
──翌日
「ミライ、2063年に行こう。ミライにはつらいかもしれないが……革命とやらがどうなるのか見たい」
「えぇ、大丈夫よ。きっとなにかしらヒントがあるわ」
俺たちは新たなる未来へと向かう準備を進めていた。タイムマシンの起動準備が整い、新たな冒険へと身を投じる覚悟を持って。
そんな時、アイが扉をノックした。
「おはようございます、朝食の準備が……」
「アイ、今までありがとう。俺たちはちょっと旅に出るよ」
「そんな……ずっとここで一緒に暮らせるのではなかったのですか!? やっぱり私が使えないから……」
「そんなことはないよ。アイ、君は本当に優しくて強い子だ。きっとまた会える」
俺の言葉に、アイは涙を流しながら微笑んだ。
「……はい、約束です」
涙を拭うアイに見守られながら、俺たちは再び新たな時空を切り裂いて、未来へと向かう。
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