希望の言語
「D言語は、2001年に開発され、2007年にリリースされました。最初の数十年は普及しませんでした。しかし政府は突如C言語からD言語への移行を進めました。これは安藤海様が方針を決めました」
俺はその目的が、ただ中枢システムのセキュリティを高めることだけではないという予感がした。
「2020年に第三次世界大戦で多くの人命が失われ、政府はその復興にアンドロイドの利用を考え、その数は瞬く間に増えました。世界はアンドロイドが人間を支えて成立している……というわけですね」
「第三次世界大戦は何故起きた?」
「……やはり原因は記録されていません。ただ起きたという事実があるだけです」
やはり第三次世界大戦は〝あったこと〟にされたと見ていいらしい。世界の修正力の辻褄あわせはなかなかに恐ろしい。
歪に作られた歴史は、人々の常識として強引にインプットされる。
「もう一つ疑問がある。感情を持ったAI、と言うのはD言語の機能か?」
「はい、D言語は感情を再現するのに適した言語です。そのため私たちアンドロイドは感情があります」
アンドロイドにとって、D言語は欠かせない存在だった。
C言語が時代遅れになり、D言語への移行が進む中、政府がその先導を果たし、C言語の管理権を握ることとなった。
おそらく第三次世界大戦の後、人口が激減し、世界が荒廃したことから、痕跡を抹消出来る可能性を感じた結果だろう。
「なるほどな……俺はこのD言語は希望の言語かもしれないと思っているんだ」
「希望の、言語……?」
絶望と希望が絡み合う。
一時は絶望した。
だが一時だけだ。
やっと希望が掴めたのだ、手放しはしない。
しかし、感情を持ったAIの開発には、まだ明かされていない秘密がある。
アイの中に眠るD言語の知識は、簡単な実務に限られたものだけであり、感情を持ったAIの作成方法などは教えられなかった。
「どのみちハッキングは必要か……早くプログラムを完成させよう」
そして俺はタイピングに戻る。再びキーボードを叩く音が、部屋に響き渡った。
そして、少し後、夕食の時間がやってきた。トマトソースの美しく輝くローストチキン、バターパンの香ばしい香り、コンソメスープの深い味わい、そしてシーザーサラダの爽やかな一口。
そのすべてが、俺の舌を通じて、食事の喜びを届けてくれる。
「こんな美味いご飯頂いて申し訳ないな……」
「料理はアンドロイドの必須技能ですから」
「私もこんな美味しいごはん初めて食べるわ……2063年にはろくなものがなかったから……」
「そうか、それでミライは初めて会ったとき……」
「美味しいもの食べたら安心して、ね……」
そして入浴し眠りにつく。
──翌日
「では、私は食料の調達に行って参りますね」
アイは服従レベルが0になったにも関わらず、献身的なままであった。
これはアイの本来の性格、優しさなのかもしれない。
しかし食料をどうやって調達するのだろう。
「ミライ、アイが気になるからちょっと尾行してくる」
「アイに惚れたの?」
「違うよ!」
「まあ私もやれることないし着いていくわ」
そしてアイの後を追う。
アイが入ったのは市場。
この時代には市場があるらしく、そこで食材を調達しているようだった。
「なんだ、てっきり変なことして食料貰ってるのかと思ったが」
「変な事って何よ」
しかし、俺達は甘く見ていた。
「お願いします! お客様がいらしたんです。どうか食料を恵んでください!」
「あぁ? てめえのお駄賃じゃ足りねえって何度も言ってんだろ」
「お願いします! じゃないと私は棄てられるんです!」
男は土下座するアイの頭を踏みつける。
「まあ、そうだな。体を売るなら考えてやってもいいが」
「体……内臓でしょうか?」
「はぁ、まあお前みたいなのでも需要はあるか」
そして男はアイの手を引く。
俺は思わず飛び出した。
「やめろ!」
「あぁ? なんだ? アンドロイドに食料恵んでやるって言ってるのに何故止めるんだ?」
「この子だって人だ。食料はいらないから消えろ」
「ちっ、はぁうぜえ。人間がアンドロイド庇うとか正気かよ!?」
男は殴りかかるも、ミライがカウンターの肘打ちを食らわせると男は逃げていった。
「アイ! なんて無茶をしたんだ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいカイ様! 食料を手に入れられなくて……」
「何を言ってるんだ! アイの方が大事に決まっているだろう! 飯なんかどうでもいい!」
涙まで流して謝るアイを見て、胸を締め付けられる心地だった。
「……私は、前にあまりに使えないから棄てられたんです」
「それがトラウマなのね……」
「アンドロイドが棄てられるって滅多にない事なんです。だから、私はポンコツ……いや、ジャンクなんです」
「何を言ってるんだ。俺たちのためにここまでしてくれて。アイはポンコツなんかじゃない、立派な人だ」
「そうよ! アイは人間と何も変わらないわ」
「うぅ……カイ様……ミライ様ぁ……」
「様呼びも止めてくれ。俺達は対等だ。頼む、アイ」
「頼まれたなら承ります。カイさん、ミライさん」
「よし、それでいいんだ。敬語だって外して良いんだぞ」
「んなこといってもおめぇ、敬語はずすつっても標準語知らんべ?」
「……いや、やっぱ前のままで頼む」
それから俺達は日雇いの労働をすることにした。
建物の修復を手伝うと言うもの。
「カイ、あなたはプログラムを作るんだから休んでて良いわよ」
「男の俺が働かないでどうするんだ。しかしこの瓦礫重いな……」
「任せてください!」
アイはひょいっと100kgはありそうな瓦礫を持ち上げる。
そういえばアンドロイドは身体能力が強化されたクローンだったか。
結果、俺達はお荷物で、ほとんどアイがやってくれた。
そして夕方まで働いて得たお金は1人僅か1500円。
こんな低い賃金でアンドロイドは労働を強いられているのか…….
それなのに俺たちをもてなすためにあんな無理をして……
「よし、今日はご馳走にするぞ! アイの好物はなんだ?」
「そんな、私なんかのために何もする必要ないですよ!」
「頼む、恩を返せないと俺の胸が痛くなり、苦しいんだ。この苦しみから解放してほしいんだ」
「そ、そうなのですか? 私の好物はシチューです」
「よし、じゃあ今晩はシチューにするか!」
そして具材を買い、アイの家でシチューを作る。
「いたっ! ジャガイモの皮剥きってこんな難しいの?」
「あぁ、ミライさん、お指を怪我されて…」
「ぐわあああ!!」
「カイさん、どうされました!?」
「玉ねぎ切ったら目に染みて……」
「やはり私ひとりでやりますからくつろいでいてください」
「それは嫌だ。皆で作るんだ!」
「そうよ! そうすることに意味があるのよ!」
「カイさん……ミライさん……!」
アイまで涙を滲ませる。
「アイ、この程度で泣くなよ。俺はアイに悲しんで欲しくないんだ」
「いえ、玉ねぎが目に染みたみたいです。でも凄く幸せなんです」
ミライは嬉しげに溜息を吐くと、語る。
「それは嬉し泣きよ。アイが幸せだと私も嬉しいわ」
「ミライさん……!」
そして3人で出来上がったシチューを食べる。
味付けはアイがしてくれたため完璧だったが、具材は俺とミライが切ったため酷く不格好だった。
「美味しい……こんな美味しいシチュー初めて食べました……!」
「お代わりもあるわよ! 8人前作ったからね」
「アイ、思う存分食べてくれ」
「ありがとう……ございます……うぅ……」
涙を流しながら嬉しそうに食べるアイと食事を進めていると、俺の心も満たされた。
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