感情を持ったAI
「さて、軽く調べられる範囲は一般人には限られてる。この世界の深い情報を得るにはまたハッキングプログラムを作らないといけない」
「どのくらいで出来るかしら?」
「1週間か2週間。コードは概ね覚えてるからな……しんどい作業ではあるが」
またあの膨大なコードを書かなければならない。
タイピングの速度には自信があるがうんざりし、ため息が出る。
だが安藤海が作ったセキュリティは俺にしか解けないのだ。
少ししてノックが響き、ドアを開けると、アイが笑顔で佇んでいた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、アイ。でもそんな気を遣わないでくれ、俺たちに茶を運ばなくていい」
「それは命令ですか?」
「命令だ」
「……分かりました。以後お茶をお持ちしないようにいたします」
そう言ってアイは肩を揉む。
「だから気を遣わないでくれって。肩だって揉まなくていい」
「それも命令ですか」
「そうだ。お茶は運ばなくていいし、肩も揉まなくていい」
「そんな! じゃあ私は何をして差し上げれば……」
「この家に泊まらせてくれてるだけで十分すぎるほど助かってるよ。ありがとう、アイ」
「……! ありがとうございましゅ! ……ありがとうございます!」
顔を赤らめながら、満面の笑みを浮かべるアイ。
容姿が整ってるだけでなく、仕草や感情表現も愛らしい。
しかし、アイの存在はどこか儚げである。
逆に俺がアイにしてあげられることは何かないだろうか……そう自問するも浮かばない。
その後は夜までタイピングして、疲れて入浴する。
暖かい浴槽の中で考えるのは、今後のことであった。
この世界の謎をハッキングして政府の中枢システムにアクセスし、紐解く……上手く行くだろうか。
未来から過去へ修正力が働くならセキュリティは2123年の物と同じなのだろうか? 不安だ。
ただ、ある希望を抱いていた。
世界は人間がアンドロイドを支配下に置くことで混乱する。
そしてアンドロイドが人間を支配してもディストピアになる。
だがアイが語った人間とアンドロイドが手を取り合う世界……人間とアンドロイドの平和的共存。
それさえ本当に実現すれば2123年の世界も、そして2023年の世界も救えるのでは……?
それを実現するヒントがこの時代に詰まっている気がした。
感情を持ったAI……きっとそれなら──
「……ょうか?」
「ん、なんだよ、今考え事……ってえぇ!?」
見るとアイがバスタオル姿でスポンジを持っていた。
「お背中をお流しいたしましょうか?」
「いや、だから大丈夫だって言ってるだろ!」
「じゃあせめて一緒にお風呂に……」
「そんなのいいって!」
「お願いします」
アイがお願いする、なんて初めてかもしれない。
アイも流石に恥ずかしいのか、顔を赤くしてまで俺に懸命に尽くそうとしてくれている。
「わ、分かった」
そこで背中合わせで入浴する。
「カイ様にお礼を言いたくて」
「お礼?」
「はい、私に名前を下さったこと。昔のアンドロイドには苗字と名前が与えられていましたが、いつしかチップ名で呼ばれるようになりました。だから名前を与えられるというのは光栄なことなんです。そして優しい言葉をかけてくれたこと。こんなに人間に優しくされるなんて生まれて初めてです」
「優しくなんて……俺の方こそアイに優しくされてばかりで……」
「でも怖いんです、見捨てられないか。お役に立てない私はジャンク……いつ棄てられるか、それが、怖いんです」
「棄てないよ。俺がアイに優しいのはアイが俺と似てるからさ」
「似てる?」
「あぁ、ちょっと長いけど聞いてくれるかな。俺にとってはね、親父が世界の中心だったんだ。俺は親父に褒めて貰いたいだけなのに親父は俺に罰を与える。でもそれが俺にとって当然だったんだ。その時はそれが絶対だった。俺の中にはそれしかなかったから。しかしある日親父に捨てられたんだ」
「そして、外に出てみたら世界の中心だった親父はほんの一部で、しかも間違ってたんだ。初めて間違いに気付いた時は言葉を失ったよ。価値観がびっくり返されたからだ。だが、それでよかったんだ」
「だからアイも人間が絶対だと思わないでほしい。それにアイの人間とアンドロイドが手を取り合っている、という言葉に救われたんだ。そんな世界を実現すればいいんだ。俺はアイに助けられたんだ」
アイは全て聞く頃にはすすり泣いていた。
「人間でも、そんなことがあるのですね……何故か凄く胸に刺さりました……」
「ごめんな、こんな話して。俺が言いたいのは人間に従うだけが全てじゃないって事だ」
「私にはよく分かりません」
「分かるさ、きっと。なにせ感情があるんだからな」
そしてアイには先に上がって貰い、着替え終わる頃には俺も上がった。
アイはやはり律儀に俺が風呂から上がるまで待って、牛乳を渡してきた。
「お茶はお持ちできなくても、牛乳なら命令されていませんよね?」
「……はは、一本取られたな」
それを飲むと、二人で居間に行く。
体だけでなく心も温まった心地だった。
「俺達はお風呂上がったからミライ、入ってくれ」
「……俺達?」
「はい、カイ様は私に優しくしてくれました」
しまった、途轍もない誤解を生む発言だ。
「あなたまさかアイをそんな風に利用して……」
「ち、違う、背中流すとか言ってアイが入ってきて、それで……」
ミライのビンタが頬に食い込む。
その後アイから詳細を聞き、ミライはようやく理解してくれた。
全く、不本意極まりない。
しかしアイの心に何かを残せたなら十分だった。
これが俺に出来るアイへのせめてものお返しだ。
──翌日
「ねえカイ、思ったんだけどアイってAIで出来てるんでしょ? 無理にハックせずアイのコンピューターを事前に読んだ方が良いんじゃない?」
そうだ、そう言えばそうだった。
あまりにアイが人間染みてて忘れてた。
「ミライ、ナイスだ。というわけでアイのコンピューターにアクセスしていいか?」
「わ、私の中に? 変なデータ入ってるかもしれませんが、それでもよければ……」
そう言いモニターに手をかざすと、パスワード入力画面が表示された。
「パスワードは3uJr&Dlvl5MncTvl@l2です。紙に書きますね」
「でもいいのか? 君の中にアクセスするんだぞ?」
「カイ様は恩人ですから。それにアンドロイドが自分でアクセスすることは禁じられているんです」
そして俺は入力すると、エンターキーを押す。
1.メンテナンス
2.再起度
3.デリート
4.その他
「その他、だよな」
1.ディベロッパーモード(通常は選択しないでください)
2.カスタマーサービスへ連絡
3.再注文
4.レビューを書く
5.返品
「1だな」
そしてディベロッパーモードへ入る。
そこは主従関係や学習辞書を変更できるようだった。
途中非推奨と出たが無視してアクセスする。
主従関係がレベル5のうち最強の5になっていたので0にする。
学習辞書は家事以外設定されていなかった。
とりあえずこの世界の歴史とD言語に関する学習機能を検索して見つけ、ダウンロードした。
「収穫があった、かは分からないがこれで少しは変わるか。アイ、気分は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。なんだか晴れ晴れした気分です」
「さっきこの世界の歴史とD言語の情報を送ったが来てるか?」
「はい、来てますよ」
「よし、じゃあD言語の話を聞かせてくれないか」
「はい!」
D言語のことさえわかれば、感情を持ったAIを作り、世界を救えるかもしれない。
そしてアイは語る。
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