帰還
とうとうハッキングを行う日が来た。
おそらくこの日を境にこの世界は大きく変わる。
そして俺たちのこの世界での目的は遂に果たされようとしている。
「確認しておこう。カイは政府の中枢システムにハッキングし、システムを破壊する。そして中枢システムが破壊されれば、連携しているアンドロイドのAIも機能停止する。そうすれば人間の世界だ。ただし2度目のハックは1度目より難易度が上がると思われる。それを覚悟してくれ」
「大丈夫だ、分かってる」
「前回は77の部屋だと事前に分かったけど、今回はその情報すらない。倍は覚悟したほうがいいかもね」
「厳しい戦いになるわね……」
俯くミライ。しかしアンナの表情は明るい。
「今回はブラックボックスまでは僕とカイくんが戦えるから大丈夫! 多分だけど、政府もまさかC言語を使える人がいるとは思ってないだろうからブラックボックスも中身は一緒だよ」
「それに政府の中枢システムを短期間で他の言語にするのは難しいだろうからな。スパコンもレンジが破壊してくれたし」
「そうなのね! じゃあ勝ち目は充分あるって事ね」
「楽観視はしないほうがいい。ブラックボックスの正体も分かっていないんだ」
そうだ、全3重の構造になっているのを忘れてはいけない。最初は保護プログラムの山、2番目はブラックボックス、3番目は空白地帯。
この空白地帯にこそ中枢システムがむき出しで晒されている物だと俺とアンナは睨んでいるが、油断は出来ない。
「イアン、カイ、準備は出来てるか?」
「あぁ」
「オールオッケーだよ」
「カイ、アンナ……気をつけて!」
そして俺たちはハッキングを開始する。
──
まず最初に立ちはだかったのは巨大な壁。
「最初はやっぱりファイアウォールか!」
とても乗り越えられそうにない高さの壁。まるでこのハッキングの困難さを表しているかのように。
だが乗り越えられないなら壊せばいい。
壁にアクセスして、その耐久度を下げ、殴った。
すると壁はあっさり崩壊した。
「いいね、カイくん! 特訓の成果、早速見せてもらったよ!」
その次は壁が2つ、さらに次は3つあるだけだった。
ただ物量に任せただけ。馬鹿にしているのか、と思った。
俺は壁を次々と破壊する。
「どうやら政府も1ヶ月でハッキングの対策を練るのは難しかったらしいな」
「カイくん、油断は禁物だよ」
結局、ファイアウォールは壁が復元することくらいしか厄介なことはなかった。
アンナが壁の復元を阻害し、俺が壁を破壊する。
特に問題なく乗り越えられた。
「次は恐らくアンチウイルスプログラムとの決闘だよね」
その予想通り、アンチウイルスプログラムとの戦いが始まった。
だがこちらは2人。スーパーコンピュータもどきで処理能力が上がったことに加え、俺が主力に加わったことであっさり進めた。
しかもアンチウイルスプログラムはただ数が増えただけ。
ただ既存のプログラムを複製し、水増しをしただけのようであった。
「……」
最後に待ち伏せているのは、小型の人型アンチウイルスプログラム。
それが10体。恐れることは無かった、数が増えただけ。
俺はサーバーに過負荷を与えるプログラムを複数展開する。展開している間はアンナに守って貰う。
そして一通り展開が終わると、俺は銃をプログラムで生成し、動きの遅くなった人型プログラムを1体1体撃破する。
人型プログラムは素早く、攻撃力も高いが崩御力は低い。
何よりアンナの協力が心強かった。
コンピューターの性能が上がったことでプログラムも機敏に動く。
そして人型プログラムは1体を残しデリートされた。残りの1体も俺がデリートし、アンチウイルスプログラムとの戦いは意外とあっさり終わった。
「長く苦しい闘いだった……」
皮肉を込めてそう言った。前より苦戦するかと思ったが拍子抜けだ。
ファイアウォールといい、アンチウィルスプログラムといい、ただ量が増えただけ。
アンナとの特訓の方がよっぽど困難だった。政府の連中は大したことないのではないかと思ってしまう。
ただ、あのセキュリティを作ったアンドロイドがこんな水増しをするだけの無能なのか? どうも別人が作っているような違和感を抱いた。
「まだ暗号があるよ! 気を抜かないで!」
しかし暗号は恐らく最も苦労しないで済む箇所だった。
「カイ、アンナ、水飲んで! 凄い汗よ」
「あぁ、ありがとう」
俺はミライから水を受け取り、飲み干す。暗号はやはり思ったとおり順調に解読出来た。
パターンこそ変わっているものの、暗号の複雑化は実は難しい。
そして最後の問題もアンナの知識であっさり解決した。
「しかし随分とあっさり進んだな」
「おそらくスーパーコンピュータを破壊した影響と、ブラックボックスを破れないと思ってるのかもね。でもここからはカイくん一人だよ。気をつけてね」
「あぁ!」
ここまでは所詮前座、本番はここからだ。
俺はブラックボックスに向かって歩みを進めていった。心を落ち着け、全注意力を傾けて、深呼吸を繰り返し、突入する。
アスファルトの地面、無機質な建物群。2023年の池袋の街並み。
またしてもブラックボックスに降り立った。
システムはやはりC言語で出来ている。
しかしそのログは膨大だった。
コンピュータなら一瞬で読めても人力で目を通さなければならないのは苦痛だ。
まず目に入ったのは、この国の歴史だった。
余り重要性は高くなさそうだが、なんとなく気になり読む。
C言語はやはり70年前、2053年には抹消され、D言語へ移行した。それからアンドロイドは人間に虐げられてきたという。
2060〜2063年には革命が起きた。その革命は散々道具として利用されていたアンドロイドが一斉に武装蜂起したというものだった。
アンドロイドが人権を勝ち取った輝かしい出来事として、賛美するかのようなことが書かれていた。
2100年には……
「カイ、それは重要ではないだろう、別のログを漁ってくれないか」
「あぁ、すまない。ここからどこへ行けばいいのか……」
しかしそれはいくら漁っても出て来なかった。
その時、俺に直感が湧いた。
「多分だけど官邸に行けばいいんじゃないか?」
「官邸? まあたしかに国家の中枢と言えるが……」
「政府の連中はやはり官邸にいるのか?」
「あぁ、ナガタチョウ地区が政府の中枢だ」
他に行く候補もなく、官邸へ向かうことになった。
タイピングし、永田町へワープする。
官邸には特に警備もおらず、ドアを開けた。
鍵でも閉まってるかと思ったがそれすらなかった。
開けた先に広がるのは壁や床から青い光が不気味に輝く、薄暗い、いや、薄明るい部屋。広さはさほどでもなく、人が10人いればある程度狭さを感じるほどの空間であった。
そこの中央に地球を模した直径1mほどの球体が浮かんでいる。
同時に黒い板のような物が立っていた。
どうやらブラックボックスを脱出したらしい。
「まさか本当に官邸が……」
「結局ブラックボックスは何だったのかしら……C言語を使える人以外を弾くのが狙いだったのは分かるけど」
俺はある推測が浮かんでいる。
「おそらくだが、街の形をしていたことやログが膨大だったことからアンドロイドのAIと関連しているのかもしれない。アンドロイドが日常的にデータのやり取りをしている所の母体、そんな感じだろうな」
ライトに照らされて青い空間の中央にある地球儀に近寄る。
「この地球のようなボールこそが、政府の中枢システムの心臓部なんだろうな……」
傲慢だと思った。
政府の奴こそが地球を表しているとでも言いたげだ。
それに手を伸ばすと、強力なプロテクトがかかっており、弾かれる。
そこにはこう暗号が浮かんでいた。
「/ /」
「なんだ、これ」
「スラッシュが、2つ?」
最も厄介なセキュリティは、個人的な思惑をパスワードにしたものだったりするが、これはそんな誰か特定の人物しか答えを知らないパスワードに見えた。
ダブルスラッシュ……スラッシュスラッシュ……ちっとも分からない。
とりあえずdouble slashと入力しようとしたがアルファベットはどうやら入力できないらしい。
代わりに数字のみが入るようだった。
「数字に2つのスラッシュ……もしかしてだけど2123/7/10みたいに年月日が入るんじゃないかな?」
確かに考えられる線ではそれだ。
それに適当に数字を入れてみたところ、スラッシュの左には4桁、真ん中は2桁、スラッシュの右には2桁入るようだった。
年月日と見て間違いないだろう。
俺は先ほど調べた革命の日付を入れた。
どうやら違ったらしい。
「アンナ、他に何かこの世界で重要な出来事ってないか?」
「2100年7月17日にE言語が出来たと言われているくらいかなあ」
2100/07/17と入れ、エンターキーを押す。
そうだ、ブラックボックスはC言語で出来ていた。ならC言語が出来た日はどうだ。
しかし調べても、C言語は1972年に作られ、日付は公開されていないとのことだった。違うかもしれない。
その後も俺たちは思いつく限りの数字を入れた。
だがどれも一致しなかった。
「くそっ! ここまで来てお手上げかよ!」
俺は半ばやけくそになり、1111/11/11や1234/56/78など無意味な数字を入れていた。
いっそ休んだ方がいいのかもしれないが、あまりに悔しくて少しでも数字を入れずにはいられなかった。
意味の無い愚行。次は適当に浮かんだ日付でも入れようか。
2023/07/23
そしてエンターキーを押す。
アポロ11号が月に到着した日とかどうだ。
1969/07/20
ダメ元でエンターキーを押す。
俺の生年月日である2005/10/08でも打つか。やけくそだ。
2005/10/08
エンターキーを押す。
あれほど俺たちを拒んだプロテクトは、あっさり解除された。
「なんだ……どういうことだ?」
「カイくん、どうやって解いたの?」
「いや、俺の生年月日入れたら……」
レンジは何やら考え込む素振りを見せるも、冷静に口を開いた。
「……カイ、その球体を破壊してくれ」
「分かってる」
俺は球体を地面に叩きつけた。
球体は割れ、青い見た目とは真逆の血のように赤い液体を流している。
「レンジ、アンナ、ミライ。終わったよ」
「ああ。……君たちは英雄だ。ありがとう」
「これでやっとアンドロイドの支配から解放されるね!」
俺は疲れて休憩する。
その時、突如モニターが白く発光した。
「これは……?」
「俺達はこの光に入ってこの世界に来たんだ。もしかしたら……」
ミライが左手を当てると、その手は貫通し、透ける。
よくわからないが、この世界を救うことが元の世界に帰る条件だったのだろうか。
「どうやら帰れるみたいよ! カイ、帰りましょう!」
「帰っちゃうの? せっかく仲良くなれたのに……」
アンナは目を潤わせるも、レンジは冷静に告げる。
「カイ達の本来の目的を忘れるな、イアン。元の世界に帰ること、だろう」
「いつ光が消えるか分からないわ、入りましょう」
「……そう、だな」
「くーん……」
「はは、ケルベロスまで悲しそうに鳴いて……」
ディストピアと呼ぶべき世界だが、どこか名残惜しかった。
いきなりアンドロイドに銃を向けられ、レンジに助けられたっけか。
それから訓練を受け、命がけの窃盗をした。
そしてハッキングに失敗するも、なんとかコンピューターを手に入れ遂に成功した。
成功した背景には、常にレンジの冷静な判断とアンナのスキル、ミライのサポートがあった。
人生でもっとも濃い時間を過ごした気がする。
気付くと視界が滲んでいた。
「レンジ、アンナ、世話になった。上手く言えないけど……元気でな!」
「うんっ……! 元の世界に帰っても僕たちのこと忘れないでね!」
「もちろんだ!」
「……達者でな」
「レンジもな!」
「行くわよ、カイ!」
そして俺達はモニターの光に入った。
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