過去

 レンジの記憶で最も古い物は、6歳か7歳ころに捨てられ、あるいは親が殺され、空腹で茫然と彷徨っているというものだった。

 親の顔も、自分の名前もわからない。

 しかし、レンジには幸運なことが二つあった。

 一つは通りかかったアンドロイドが油断して銃を向けなかったこと。


 レンジは持っていたナイフをアンドロイドの腹部に突き立て、ゼリーや銃を調達できた。

 

 もう一つの幸運は射撃の才能に恵まれていたこと。

 レンジは次の標的を ナイフでなく銃で仕留め、またしても荷物を漁る。

 こうして一度銃を手にしたことで、レンジは連鎖的に物資を調達することが出来るようになった。

 そんな生活に慣れ、戦闘の技術が磨かれると、やがてゼリーや銃が余るようになった。


(どこか保管出来る場所が欲しいな)


 そう考えていると、倒れている三つ編みの女性を目撃した。

 物資を貰おうにも、何も荷物を持っていない。

 

 少しして女性は目を覚ます。


「あ、あなたはアンドロイド?」

「人間だ」


 そしてゼリーを女性にわけてやった。


「くれるの? ありがとう。私はサクラ」

「そうか。じゃあ元気でな」

「え、せっかくだし人間同士組みましょうよ!」

「まあ物資は余ってるからいいが」


 レンジはサクラと行動を共にすることになった。

 二人は銃を手に、それなりに広い建物へ攻めた。

 そしてその建物をアジトとした。

 そのアジトにあるコンピュータをサクラは起動する。


「これを使って政府にハッキングすればこの世界は救われるかも知れないわ」

「サクラ、そんなことが出来るのか?」

「任せて!」


 そしてシブヤにアジトを作ることが出来た。

 レンジの目的は生きることからアンドロイドの支配を壊すことになった。


 貯まった物資は人間と出会っては配った。

 いつしか、レンジは人に囲まれていた

 そしてレジスタンスが出来上がっていた。


「リーダー、次の指示をくれ」

「あぁ、次はイケブクロを狙いたい。電気店のガードが若干緩いらしいんだ。なあ、サクラ」

「えぇ!」


 サクラは政府へハッキングするためのプログラムを作りつつ、メンバーにプログラミングを教えた。


 メンバーにはアンナ、カレンの他に優秀な人間が揃いつつあった。


 しかし、突然のことだった。

 シブヤのアジトを襲撃されたのは。


「くそっ、リーダー、あんただけでも逃げてくれ!」

「俺たちが食い止める!」


(仲間を見捨てろというのか!? いや、しかしこのままでは全滅──)

「リーダー!」


 サクラの声に反応してレンジは咄嗟に頭を働かせ、裏口へ向かう。

 背後で銃声が響いたが、振り返らなかった。

 仲間のお陰でレンジとサクラ、一部メンバーはかろうじてアキハバラの支部へ逃れることが出来た。


「リーダー、どうしたんだ?」

「みんな、聞いてくれ。シブヤを失った」

「なんだって? あそこは主力拠点じゃないか」

「メンバーは7人も命を落とした、これは俺の責任だ。イケブクロに代わりのアジトを作ることで挽回する。……くそ、もっと俺がもっと注意を払っていれば避けられる犠牲だった……」


 レンジは怒りに震えるも、サクラが背中を叩く。


「自分を責めすぎよ、私も行くわ」

「サクラは俺が死んだ時代わりに頭を務めてくれ」

「あなたの代わりなんて務まるわけないじゃない……」

「頼む」


 カレンが銃の手入れをしつつ口を挟む。


「レンジは仲間を失うのが怖いんだろ? あんたは優しすぎるんだよ。サクラの代わりにあたし行く」

「……しかし」


 メンバーの一人は微笑んで言う。


「あんたという頭が欠けたらレジスタンスは終わるんだよ。リーダーは俺が助ける」

「……すまない、ケント」


 そしてレンジ、カレン、ケントは3人でイケブクロへ向かう。

 アジト候補の場所へたどり着くと、レンジはドアを蹴破り、銃を向ける。

 その中にはアンドロイドが二人居た。


「な、なぜここに人間が?」 


 アンドロイドはすかさず銃を向ける。

 レンジはその前に腕を撃ち抜くも、アンドロイドはなおも銃を向ける。


「リーダー!」


 ケントは咄嗟にレンジを覆うように庇い、背中を撃たれる。

 レンジも押し倒されるが、カレンが代わりにアンドロイドを仕留めた。


 ケントはうめき声をあげている。


「リ、リーダー……頼む……殺してくれ……」


 出血が激しく、助からない事は明白であったが、レンジは躊躇った。


「待ってな、あたしが楽にしてやる」

「……いや、俺がやらなければならない。俺が巻き込んだのだから」

「ありがとう……」


 レンジはケントに銃を向け、頭部を撃った。


「痛い犠牲だったな……」


 レンジは自責の念に駆られた。

 アジトへ戻るも、ひたすら自分を責め続けた。


「リーダー、ケントも奮戦して、リーダーを庇って最後は楽にして貰えた。きっと幸福よ」

「幸福なはずがあるか。俺なんかを庇って……俺が油断したばかりに……」


 サクラはレンジに抱きつく。


「あなたも人間だから完璧なはずないじゃない。あなたはそのまま人間らしくいて」

「……あぁ、すまない」

「でもあなたのそういうところ、好きよ!」

「……ありがとう」


 それからサクラはこの世界の歴史を知った。そしてアンドロイドを庇うような発言をし、スパイの容疑をかけられることになる。

 銃を向け興奮するメンバー達。

 レンジがそれを庇うと、レンジまでスパイだと疑われた。


「散々俺たちを利用しやがって……! シブヤの襲撃もあんたの計らいだったんだな!」

「誤解だ! いったん落ち着いてくれ!」

「もういい、黙らせてやる」


 サクラはレンジに向かい決意を持って発言した。


「私を殺して。そうすればみんな纏まる」

「しかし……」


 その時銃声が響いた。

 そしてサクラは倒れた。


「サ、サクラ……?」


 即死だった。


「カレン……何故撃った……」

「あんたが死ぬよりサクラが死んだ方がマシだからだ」


 レンジは膝をつく。

 なおもメンバーは銃を向ける。


「あんたが撃てなきゃ意味がねぇんだよ! あんたも同じところに送ってやるよ」

「俺たちは仲間じゃなかったのか!?」

「アンドロイドの肩を持つなら敵だ」

「俺は肩を持つ気なんてない。サクラだってそんなつもりで言ったわけじゃないはずだ。そもそもレジスタンスは10年前に発足した。10年もかけて25人しかいないレジスタンスを陥れるなんてことをすると思うか?」


 メンバーはそれを聞くと納得するも、次は仲間を殺したカレンを責めた。


「カレンが暴走したのが悪いんだ!」

「なっ、ああしなきゃお前が撃っただろ!」

「この女を銃殺しろ!」


 責任をなすりつけあう様を見て、レンジは絶望感を抱いた。


「……もういい、やめてくれ! うんざりだ。カレンを殺すなら俺を殺せ!」

「……ちっ」


 メンバーは銃を下ろす。

 そしてメンバーはそれぞれ離散することになる。


(俺が下手に感情などというものを抱いているからこうなったんだ。これからはアンドロイドのように振る舞おう)


 レンジは感情を押し殺すようになった。


「い、いやだ、やめてくれ、なんで人間が襲ってくるんだ」

「……」


 レンジは命乞いするアンドロイドを容赦なく射殺し、コンピュータを強奪した。


(これがあればイアンがハッキング出来るかもしれない。アンドロイドは敵だ、何も躊躇う必要は無い)


 しかし、アンドロイドのコンピュータを解析した結果、子供がいることがわかった。

 さらにアンドロイドは人間との共生を望んでいたことも。


(俺は……間違っているのか……? いや、そんなはずはない……)


 荒廃した世界に答えなどなかった。


 ──ンジ、レンジ!


「!」

 

 アンドロイドはとどめの蹴りを放つもレンジは即座に腕を交差し、アンドロイドのかかと落としを防ぐ。

 骨が軋む音がするも、弾くようにアンドロイドを後方へ押しやる。

 アンドロイドは片足を弾かれ、バランスを崩すも即座に手をつき、距離を取る。


(人間の分際でやるな。確実に仕留めるつもりだったが)


 レンジは起き上がり、デザートイーグルを向ける。

 アンドロイドは壁を蹴り、三角飛び蹴りを放つ。

 レンジはデザートイーグルを冷静に放ち、肩に命中させた。

 その威力で後方へ吹き飛ぶアンドロイド。

 しかし、痛みを感じないかのように標的をカレンに変える。

 稲妻状の動きでカレンに迫り、頭部を狙いハイキックを放つ。

 カレンは蹴りを躱すと、その余った足を払う。

 地に手をつけ、反撃の蹴りを放とうとするも、カレンはそれを紙一重で回避し、掌底打ちを床に叩きつけるように胸に叩き込む。

 するとアンドロイドは吐血し、機能停止した。


「最初からあたしを狙ってくれたら良かったのにな。骨イかれてないか?」

「平気だ」

「……そうか」


 仮に折れていてもレンジは本当の事を言わない。無駄な質問だった。

 カレンはアンドロイドの脳のコンピュータにアクセスする。


「他にアンドロイドはいないらしい。とりあえず壊すか」

「よし、カレンの係だ」

「あれは人体には効くが物理的な破壊力はないんだよ。あんたのデザートイーグルでスタン・ガン撃ち込めば壊れるだろ」

「作った人間がそう言うならそうなのだろうな」


 レンジはスタン・ガンを5発撃ち込むと、スーパーコンピュータはオーバーヒートを起こした。


「このままじゃ火事だな。まあ別にいいか」

「目的は果たした、脱出しよう」


 二人はアキハバラのアジトへ向かう。


 ──シンジュク


「ふぅ、C言語のハッキングプログラムも出来たぞ」

「お疲れ、カイ。ゼリー飲む?」

「あぁ、ありがとう。コーヒー味飲むと若干しゃきっとするんだ。プラシーボかもしれんが」


 アンナが険しい顔でモニターと向き合いタイピングしていたが、突如その顔が晴れた。


「スパコンが作ってたセキュリティの迷宮が壊れた! レンジ達が上手くやってくれたみたいだよ!」

「本当か!?」

「これならハッキングの成功率も格段に上がるよ!」

「そうか! よし、あとはレンジを待つだけだな!」


 話しているとレンジもふらふらと姿を現す。その有様は激戦を繰り広げていたことを想像させた。


「みんな、ご苦労。ハッキングプログラムは出来たか?」

「出来たが……それより怪我は大丈夫なのか?」

「レンジがそんなぼろぼろになって帰ってくるなんて……カレンは無事なの?」

「俺が無事ならカレンも無事に決まっているだろう」

「……そうだね」

「ハッキングはどうするのかしら?」

「明日行って貰う」


 明日、遂にハッキングを行い世界は人間の物に塗り替えられる。

 俺のこの世界での目的は果たされようとしている。

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