カミングアウト

 俺が先にモニターから地面に叩きつけられ、ついでミライが俺の上にのしかかった。


「ぐっ!」

「あら、ごめんなさい」

「大丈夫だ。それよりここは……」


 ベッドにコンピュータと割れたモニター。紛れもなく俺の部屋だった。


「帰って、これた……!」


 感慨に浸るのもよかったが、俺は崩壊していない、見慣れた街を再び見たいと思っていた。


「ミライ、本来の池袋を見せてやるよ!」

「えぇ!」


 そして、玄関のドアを開ける。

 夕焼けの空が広がっていた。


 しかしその先に広がる景色は、俺の予想を裏切るものだった。

 アスファルトの地面はえぐれ、無機質な建物群は窓ガラスが割れ、焼け焦げ、倒壊している。

 人々の姿は見当たらない。

 まるで戦争が起きたかのような光景。

 ──何が起きた?


「どういうことだ……? まさか、いや、これしか考えられない……」


 俺の頭にはある考えが浮かんでいた。


「ミライ、ここは2023年じゃないらしい。おそらくミライが来た2063年だろう。何か思い出せることはないか?」

「……」


 ミライは沈黙したまま、何も答えなかった。俺の問いかけに対する彼女の反応に、不自然さを抱く。


「ミライ?」

「ぷっ……あはは! あっはっはっはっはっは!!」

「な、どうした!?」


 ミライは歓喜……いや、夕日で赤く染まり狂気を纏った笑い声をあげる。


「これまでご苦労だったわね」


 そしてミライが俺に向けるのは……


 銃だった。


「一体どういう意味だ!?」


 俺は疑問をぶつけたが、ミライは答える代わりに、銃を発砲し、的確に俺の右耳を撃ち抜いた。

 強烈な痛みが走る。


「ぐぅ……!」

「こういう意味よ。あなたは滑稽そのものだったわ。ヒロインを演じてあげたらまんまとそれを信じたんだから」

「ど、どういうことだ、だって、だって俺とミライは一緒に戦ってきた仲間じゃなかったのか!?」

「そうね。全てはこの日のために。記憶喪失の振りをまんまと鵜呑みにして。しかし我ながらあなたにへつらう演技には反吐が出たわ」

「演技……だと……?」


 ミライが何を言っているのか、何をしているのか、理解が追いつかない。


「どういう……ことなんだ……」

「楽しかった? 主人公ごっこは」

「そんな、だって……」

「はぁ、まだ分からない? あなたはもう用済みって言ってるのよ」

「なんなんだ……いったい何がしたいんだ!」

「そうね、教えてあげても良いわね」


 ミライは軽くため息を吐くと語る。


「私は2063年の世界から父のタイムマシンを使って2023年のあなたの元へ目的があって行った」


 ミライの言葉が、俺の耳には不可解な音として響いた。

 その目に宿る冷たさは、これまで俺が見たことのないものだった。その声に宿る冷たさは、俺への敵対心と侮蔑感を表していた。

 

「ここは正真正銘2023年。この世界は1本の川のように出来ていて、上流たる未来に影響を及ぼすと下流たる過去にも世界の修正力により影響が及ぶの。逆に過去から未来は変えづらい」

   

 ミライは信じがたい事を口にした。俺も理解が追いつかない。


「未来が過去を変える……? 修正力?」

「そう。例えば1939年9月1日から1945年9月2日に第二次世界大戦が起きることは確定している。ここは戻って何しようと変えられない。仮に独裁者を止めても第2第3の独裁者が現れるだけ。いくらでも代役は生まれ、代わりの事件は起きるの。根本は未来の方にある」

「いや、だが未来は人間の手に渡り……平和になったはずだ」


 ミライはまたしてもため息を吐くと、語る。


「いえ、人間の手に渡り、アンドロイドにより維持されていた平和は崩れた。人間がまたアンドロイドを支配するようになり混乱する。そして未来から過去へつじつまを合わせるために修正力が働く。つまりあの世界のアンドロイドと人間のパワーバランスがかろうじて2023年の世界の秩序を担っていた。それを壊したからこうなったのよ」

「まさか……こうなると分かっていてこんなことをしたというのか!」

「えぇ。父が未来を観測した結果、2123年ではアンドロイドが人間を支配する世界が成り立っていたことが分かっていた。それを崩せば2023年の世界が崩壊することも予想されていた」


 ミライはなお受け入れがたい事実を述べた。


「馬鹿な、一体なんのために!?」

「目的は2つ。1つは復讐よ、あなたへの」


 そんな、俺が何をしたと言うのか。俺は何も悪い事なんてしていない。


「安藤海、あなたはアンドロイドの製造方法を公開し、世を混乱させたとして逮捕される。しかしプログラミングの能力を買われ、政府お抱えのプログラマーになり中枢システムを作り上げる。でもアンドロイドの利用賛成と反対で分かれ世界は混乱する」


 俺があの中枢システム、セキュリティを作り上げたというのか……

 その為にブラックボックスでもC言語が使われ、最後のパスワードの答えも俺の生年月日だったのか。

 しかし俺がアンドロイドの製造方法を公開した、というのはまるで意味が分からない。

 レンジは狂った奴が公開した、と言っていたがどういうことだ……?


「そして2045年、第三次世界大戦が起き、人口は激減した。それが終わったあと、2053年、安藤海は唐突なC言語の廃止、D言語ヘの強制的な移行、そしてアンドロイドの大規模な製造を決めた」

「……俄に信じがたいが、そう、なのか……だがそれが何故復讐に繋がるんだ?」

「2060年、あなたが作ったアンドロイドが暴走し革命が起きる。その革命で2063年、父が殺された。以上が理由よ。安藤海は自身のこれまでのデータを抹消し、姿を消していた……しかし突き止めた。人間がまさかアンドロイドに世界を売り渡す真似をするなんてね。この狂人」


 ミライは心底侮蔑するかのような光を伴わない目を向ける。


「そんなあなたに地獄を味わわせてやりたくてね。生まれてきた時代がディストピアという、ね」

「……つまり俺を絶望させた上で殺す……それが復讐というわけか……しかしそのためにわざわざ2123年に飛んだというのか……?」

「そう。それが2つ目の目的。父は私にディストピアの世界を救うよう言ったけど私にそんな未来を変える力なんてない。ならばせめてあなたを利用して人間優位の世界にしようと思った」

「あ、あぁ……」


 俺は思わず膝をつく。なにもかもミライの手のひらの上だったのだ……


「あとは2023年のアンドロイドの製造方法を公開する前のあなたを始末すれば世界は多少はマシになるかもしれない。修正力が働くために過去から未来へ影響を与えることはないとは思うけれど、やってみる価値はある」


 ミライは銃を俺に向け、歩み寄る。


「や、やめろ……!」

「……ただ、1つだけ気になることがある。あなたは何故アンドロイドを公開するの? 血が通っていない人間だと思っていたけど……殺す前にそこだけは聞いておくわ」


 何故公開するのか、俺にも分からない。

 ただ、なんとなく俺の本質が関わっている気がした。


「……そうだな。ちょっと昔話をしようか」


 そして俺は語る。


「俺は親父に罰を与えられていた。でも罰を与えられることが当然だと思っていた。だって俺の世界の中心は親父だから。他の世界なんて知らないから」

「……」

「学校には行けなかった。通わせて貰えなかった。学校に通ってる人たちを見下してた。通ってる奴らは気の毒でしょうがないと思ってた」

「……」

「それから捨てられた。縋る物の無くなった俺は、自分を天才だと思い込むことで乗り切った。だからアカリというAIを作って誰かに認められようと思った」

「……」

「そして気付いた。俺も親父も間違っていたことに。レンジは射撃訓練の成績が悪くても俺に罰を与えなかった。アンナと話して、俺は本当は学校にも行きたかったんだと気付いた」

「……」

「俺は分かったんだ、自分がアンナのような天才じゃないことも。俺は周りを見下すばかりで、何もかも間違っていたことも。本当は誰かに認められたい、それが俺の本質なんだ。……なのに俺が諸悪の根源と来た。未来の俺は認められたくてアンドロイドの製造方法を公開したのかな……」


 無様にも涙を流して悔しがるしかなかった。悲しいという言葉がむなしくなるほど気は沈み、体も重い。ただやり場のない怒りと空しさが心を占めていた。これが絶望か……

 全て聞き終わると、ミライは弾倉を入れ替える。


「そう、それがあなたの本質なのね、全く、くだらないわ」


 ミライは吐き捨てるように言い、銃を向ける。

 何故こんなにも世界に嫌われているのだろう。あれほど信頼していた、仲間だと思っていたミライにも銃を向けられて……

 しかも俺は諸悪の根源。

 これ以上生きていても仕方ないと思った。


「頼む。俺を殺してくれ。俺を殺せばアンドロイドを公開し、世を混乱させる張本人は消える。世界は改変されるかもしれない」

「さっきも言ったけど、時の流れは一本の川のようになってて下流である過去を変えても上流である未来には影響を及ぼさない。修正力により安藤海の代わりの人物が生まれて公開するだけだと思う」

「そんな……」

「そして安藤海だろうが代役だろうが世を混乱させ、やがてみんな死ぬ……」

「どうにも出来ないというのか!」


 この世界は俺がディストピアを築くことが確定している。

 俺は否が応でもアンドロイドの製造を修正力とやらのせいでさせられ、それを公開するらしい。

 仮に自殺しようが逃れられない。

 修正力の前では足掻いても無意味。ひたすら絶望するしかなかった。


「じゃあさよなら、安藤海」


 ミライは引き金を引く。


 ──空砲だった。


「……え?」

「……やはり、あなたは変わったわね」


 ミライは銃をゆっくりと下ろす。冷たかったその声には、温かみが宿っていた。

 涙で滲んだ光景からも、ミライの顔は穏やかに見えた。


「さらに間違いにも気付き、受け入れた。そんなあなたに復讐したら、こっちが狂人よ」


 ミライはこんな狂人に手を差し出す。純粋な希望の手。その手が、俺の汚れた罪を白く洗い流してくれるかのように。


「……でも、俺は、安藤海は世界を破滅させる人間だぞ」

「世界を破滅させる安藤海はたった今、死んだ。そしてカイ、あなたがこの世界を戻すべきよ」


 俺は、なお躊躇い手を取らずにいた。


「だって、俺はディストピアの元凶だぞ? 信じて良いのか? いつアンドロイドを作り出すか分からないぞ?」

「信じるわ。それにあなたの能力は前の世界で見せて貰った。あなたと私となら、もしかしたらディストピアも変えられるかもしれない」


 ミライの声が、俺の心に響く。ミライは俺を初めて、真の意味で信じてくれた。


「……なら頼む、俺に力を貸してほしい」


 俺は涙を拭い、その手を握ると、ミライも握り返す。


「改めてよろしく、カイ。私はあなたを信じる、だから一緒に戦いましょう」

「……無論だ。それじゃこの絶望的状況をどうするかさっそく作戦会議だ!」


 涙は、乾き始めていた。周囲の状況は確かに絶望的であるが、ミライと共に戦えるなら、まだ戦う意志は失われていない。

 この瞬間から、新たな冒険が始まろうとしていた。

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