疑い

 ──シンジュク


 アンナの自信作の10問目は、前回政府にハックしたときのセキュリティを改造したものだった。

 ファイアウォールは複数種類張り巡らされ、一つ一つ破壊して進んだ。

 次はアンチウィルスたプログラムと戦い。

 これも8問目で強力なプログラムを倒した事で進めた。

 最後の暗号も、これまでの知識で解けた。


「よし! 解けたぞ!」

「えっ、もう解けちゃったの? 多分5時間はかかるだろうなあと思ったのに」

「流石ね、カイ! しかしアンナも政府のセキュリティを丸々作っちゃうなんて凄いわね」

「構造を真似しただけだよ」

「俺もこれで免許皆伝、かな?」

「まあ認めるしかないね。もう僕から教えられることはあんまりないかも」


 あんまりない、か。

 しかし俺もこの時は自分で自分を褒めたい心地だった。


「でも解いたスピードを考えれば僕を超えてると言っていいね」

「いや、問題を作るのも難しいだろう、まだ超えてはいないさ」

「謙遜しないでよ。約束通りいいこいいこしてあげるよ」

「……それは別にいい」

「あのアンナに認められるなんて……」

「ミライも認めてくれるのか?」

「何言ってるのよ、あなたの実力はとっくに認めてるじゃない」


 ミライの言葉が心地よく響いた。

 ミライも俺の実力を認めてくれたことに、俺は心からの喜びを感じた。

 孤独な時間を過ごしてきた俺にとって、仲間たちに認められることは何よりの励みとなっていた。

 俺は家にこもっていて、誰かに認められることはなかった。

 レンジも、アンナも、そしてミライも俺を認めてくれた。

 そして俺もみんなを認めている。

 だから俺はみんなを仲間だと思えるようになったのかもしれない。


「これでカイくんも戦うことが出来るはず」

「あぁ、後はC言語のハッキングプログラムを作るだけだ」

「後はレンジがいつ帰ってくるか、よね」

「今頃どこに居るのかな……」


 心配そうに呟くアンナ。


「レンジの作戦に失敗は無かっただろ。きっと大丈夫だ」

「カージャックは失敗じゃないかしら……」

「車を奪い、コンピューターを手に入れること自体には成功しているだろ。だから信じるんだ」

「珍しいわね、理屈屋のあなたが人を信じる、だなんて」

「俺は割とエモーショナルだぞ。ここに来てから特に喜怒哀楽が激しい気がする」

「カイは表情が乏しいから分かりづらいのよね」

「脳味噌は働かせる、表情筋は休ませるが俺のポリシーだからな。ミライは真逆じゃないか?」

「な、私も脳味噌も働かせてるわよ! 失礼ね!」


 アンナは俺たちのやりとりを見て笑顔を取り戻す。


「そうだね、多分カレンもいるし大丈夫だよね」

「カレンってそんな強いのか?」

「そりゃあもう。素手での戦いなら間違いなくレンジより強い」

「え? 女の子だろ?」

「女の子だよ」


 屈強な体格をしているレンジより強い、と言われてもピンと来なかった。


 ──ウエノ


 アキハバラから20分ほど歩き、カレンはウエノに到着した。

 その手にはアサルトライフル、AK-47を持って。

 しばらくしてレンジが姿を現す。


「レンジ、遅えぞ。女性を待たせるなんてどういう神経してんだ」

「そう言えばカレンは女だったな」

「お前なあ、こんな可憐な少女のどこが女じゃないって言うんだ?」

「言動とかな」

「うぐっ……育ちが悪いんだからしょうがないだろ」

「それだけが理由なのかは疑問だが。シンジュクからウエノは大分距離があり時間がかかった」

「アンドロイドなら車に乗れるんだがなぁ」


 電車は人口減により、労力が見合わなくなり廃れている。

 車はアンドロイド以外入手は困難。

 そのため、レンジは7.5kmの距離を1時間半かけて歩いてきた。


「まあいい。向かうぞ」

「一息吐いてからの方がよくないか?」

「俺にはウォーミングアップだ」

「分かった」


 話しながら、二人は国立東洋美術館へ向かう。

 ここの地下には卓稲田大学から搬送されたスーパーコンピュータが作動している。

 そして政府のセキュリティを強固な物にしている。

 その強靱なセキュリティを破るには物理的に破壊するしかない。


「……」


 見張りには二本足の防護服を着たようなごつい警備ロボの他にヘルメットを被ったアンドロイドが立っていた。

 レンジとカレンは建物の影で作戦を練る。


「あの警備ロボはデザートイーグルでもスタン・ガンがない限り1発や2発で破壊するのは難しい」

「あたしに任せてくれ」

「まさかカレンのあれはロボットにも効くのか?」

「いや、効かない。その代わりAK-47の威力を改造して大幅に上げた。精度は落ちたが」

「そうか、ちょうどいい。現状距離は200〜300mはある。射程距離は何mまで迫る必要がある?」

「100m。なんとか接近したいんだがな」

「俺が狙撃し、奴らの銃を破壊し無力化させる。ただ持ってきたのはレミントンなんだ」

「レミントンか……」


 レミントンは狙撃に適したライフルだが、1発毎にリロードが必要であり、それにはレンジの実力では5秒時間がかかる。


「それじゃあリロードの隙に逃げられ仲間を呼ばれる可能性があるな。ならあたしが陽動もやる」

「危険だぞ」

「舐めんなよ! あたしはあっちから攻めるからアシスト頼む、あっちで可能限り距離を詰めてみる」

「了解」


 地面には至る所に体を隠せそうな大きさの瓦礫が落ちており、今回の作戦には好都合だった。

 カレンは瓦礫に身を隠しつつ、素早く次の瓦礫に異動する。

 アンドロイドは日常生活の妨げにならないよう聴覚は強化されておらず、聴覚の軽視が生じて警備ロボも聴覚は人間とそう変わらない。

 そしてカレンは距離を詰めることに成功した。


(現状130mってところか、あと30m接近したい)


 その時、モバイルが反応する。

 レンジからだ。


「カレン、行けるか」

「あぁ、これから襲うから頼む」


 そして挟み撃ちの形でアンドロイドと警備ロボに攻撃を仕掛ける。

 レンジはレミントン700で警備ロボのアサルトライフルを狙う。

 同時にカレンもアンドロイドと警備ロボに接近する。

 レンジの射撃は正確で警備ロボのアサルトライフルに命中し、破壊。


「人間か!」


 アンドロイドと警備ロボは咄嗟にレンジのいる方向へ射撃する。

 レンジはすかさず、身を隠し、次弾の装填に取りかかる。

 レミントンは1発撃つ毎にボルトを手動で操作して次の弾薬を装填する必要がある。


 アンドロイドはすかさずこめかみに手を当て、増援を呼ぼうとするもカレンの接近に反応する。


「二匹いるのか!」


 リロードにはレンジの実力で5秒。

 しかし今はカレンが陽動をしており、0.1秒だろうが惜しい。

 アンドロイドは増援を呼ぶ前に標的をカレンに変更する。

 カレンはアンドロイドが銃口を向けるも、横へ転がり込むと同時に瓦礫に身を隠す。

 ここまでで3秒経過。


「ちょこまかと……」


 アンドロイドは瓦礫をAK-47で破壊しようとする。

 瓦礫は老朽化により耐久性が下がっており、たちまち崩壊する。

 しかし5秒経過した。

 レンジはレミントンをリロードし終え、今度はアンドロイドの手に向かって撃つ。


「くっ!」


 アンドロイドはその痛みで銃を手放す。

 そしてカレンはすかさず瓦礫から姿を現し、アンドロイドへ接近。

 警備ロボもアンドロイドも丸腰。

 アンドロイドは仲間に連絡しようとする。


「くそ、こちらModel-FOL。聞こえるか!? 今襲われてる、場所は──」


 しかしカレンはAK-47を向け、警備ロボとアンドロイドに射撃を浴びせる。

 その威力で警備ロボは機能停止。

 アンドロイドも蜂の巣になる。

 少ししてレンジが走ってくる。


「ご苦労、カレン。今回は流石に心配した」

「んなもんいらないっての」

「アンドロイドの頭部は無事か?」

「無論だ」


 レンジが心配したのはアンドロイドの頭部に宿るコンピューターのことであった。

 カレンはSランクの問題も数問は解けるほどのプログラミングの実力がある。

 アンドロイドの頭をかち割り、コンピューターを露出させると手持ちのタブレットに繋ぐ。

 そして建物内部をガードしている警備ロボへ一斉に命令を送る。


「よし、内部の警備ロボを全部電源オフにした」

「よくやった、カレン」

「イアンには及ばないまでもこのくらいは朝飯前だ。イアンは元気か?」

「最近はイアン呼びをやめろとも言わなくなったな。特に嘘を吐くときに。しかし俺もカレンに釣られてすっかりイアンと呼ぶようになってしまった。ただレンジという名はリーダー、より気に入ってる」


 レンジはそもそも自分の名前を知らない。

 

「誰もがあんたをリーダーと認めているがね」

「まあ特に最近強力な味方が出来たのでかろうじてメンツを保てている」

「例のカイとミライ、か?」

「そうだ。二人とも優秀だ。特にカイが」

「あのデータ無い奴か」

「だがあまりに優秀すぎる。僅かな期間でイアンに匹敵する実力を身に付けようとしている」

「なに!? あのイアンに!?」

「それにカイは彼女と同じくアンドロイドを庇うような発言もしている」


 レンジはカイを疑っていた。

 アンナを上回るプログラミングの実力に不自然さを抱いていた。

 その学習能力はまるで──


「あたしはミライの方が気になるけどね。記憶喪失に加え最初に時空を飛び越えて来たとか言う。タイムマシンはミライがなんらかの鍵を握ってるんじゃないか? それさえあればこの世界もマシになるかもな」

「記憶が戻ればタイムマシンのことも分かるかもしれないが……あまり考えても意味が無いか。内部へ入るぞ」

「分かった」


 そして二人はガラスのドアを破壊し、潜入する。

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