歴史

「あぁ、カイくん、デートとは言え武装はしっかりしてね」

「わかってるさ」

「ミライちゃん、カイくんのこと守ってあげてね。あとこのゼリー、お弁当だからね」

「なんだかアンナ、母親みたいだな…….ケルベロス、散歩だ!」

「わん!」


 ロボットであるケルベロスに散歩は必要ないだろうし、この瓦礫まみれの荒廃した世界を歩いても目新しさはない。


「ちょ、ちょっとカイくん! デートにケルベロス連れてくのは無しでしょ! デリカシー無いの?」

「えぇ? でも、どこでなにをすれば……そもそも遊んでる場合じゃないだろ」

「遊ぶのも仕事だよ。娯楽がなくて済むのはそれこそアンドロイドだよ」

「……そうかもしれないが、しかし……」

「と言うわけでお邪魔虫は去るよ」


 そしてアンナはそそくさと去り、俺とミライは取り残された。


「強引だな……どうする、ミライ」

「……とりあえずエスコートお願いしていいかしら」

「新宿は俺も詳しくないからなあ……まあ公園目指すか」

「デートっていつも通り一緒に行動することと何が違うのかしら?」

「そう言われると確かにな……」


 そして俺とミライは二人で歩くが、歩幅が合わない。


「カイ、歩くの遅いわよ、ペース速くして」

「俺は頭の回転の速さに全てを注いでるからな」

「もう、何言ってるのよ」

「俺は体力には自信が無いんだ」

「……カイは射撃も下手だしね」

「人を殺す術なんて下手な方がいいんだ」

「……そうね」

「こんな時代に殺すのは良くない、と言うのは生ぬるいかもしれないけど、アンドロイドだって人だと思ってるんだ」

「……いえ、立派だと思うわ。確かに、命が失われるのは悲しいことだわ」


 快晴なのに反し、ムードが暗くなるのを感じた。

 せっかくのデートなのに人殺しについて語る、というのはこの時代ならではのものか。


「あぁ、駄目だ駄目だ。ミライ、こうして遊ぶのも仕事なら全力で遊ばなきゃいけない。真剣にデートするぞ!」

「真剣にって……じゃあ手でも繋ぐ?」

「え? それはやりすぎというか……」

「え、そう……」

「いや、まあミライがそうしたいなら……」

「私は別に…….」

「そうか……」


 それからお互い沈黙する。

 やがて公園にたどり着いた。

 緑はかろうじて残っている。

 木で出来たベンチがあり、二人で腰掛ける。


「そういえば脳はこうしてまったりしている時に案外活性化するらしい。人間って面白いよな。アンナもそれを狙ってるのかもしれない」

「へぇ……カイってプログラミング以外も案外詳しいわよね」

「そうか?」


 そう言われると勉強もしていないのに知識がある気がする。

 たまたま読んでいた本やネットの情報でいつの間にか知識を得ていたのだろうか。

 ならデートも……


「君の瞳に恋してる」

「えっ? 何言ってんの?」

「いや、なんかデートっぽい台詞言おうと思って」

「デートには詳しくないのね…」


 どうやら駄目だったらしい。

 俺の思いつく最も格好いい決め台詞だったが…


「まあいいわ、お弁当食べましょ」


 2人でアンナがくれたゼリーを飲む。


「これがミライお手製の料理ならデートっぽいんだがなぁ……」

「そう言わないでよ」


 そして飲み干すと、頭の中にまた問題が浮上する。


「しかしあのプログラム、どうやって倒せばいいのかな……」

「そんなに強いの?」

「50%くらいまでデリートすると100%まで再生するんだ。どうやって作ったのか知りたいくらいだ」

「なんだか時間を巻き戻してるみたいね」

「そうなんだよなあ……時間を戻すなんて反則だろ?」

「まあ私は2063年から2023年へ時間を巻き戻したらしいけどね」

「どうやったんだろうな? それさえ分かればなあ」

「時間は進められても戻せても大して変わらないと思うわ、その人が変わらない限り」

「戻せたらいくらでも人生をやり直せるじゃないか。いや、肉体は年を取る一方か」

「幸せな瞬間で時間でも止まればいいのにね」


 それを聞きインスピレーションが湧いた。


「時間を止める……? それは妙案かもしれない。ミライ、ナイスだ!」

「え、適当に言ったのに?」

「現実世界なら時間を止められなくても電脳世界でなら時間を止められるかもしれない」


 そして俺たちはアジトに戻り、俺はタイピングに勤しむ。

 ハッキングプログラムを強くすることばかり考えていたが、サーバーに過負荷を与えるプログラムを大幅に強化し、増量してF5キーに割り当てる。

 そして俺はアンチウィルスプログラムを50%までデリートし、心臓部を露出させる。

 ここから一気に100%まで復元するのだが、この瞬間にF5キーを連打する。



 するとサーバーは強力な過負荷を繰り返し与えられ、フリーズする。

 その隙にすかさずデリートするためのコードを書き再びサーバーが動いたときにアンチウィルスプログラムは完全にデリートされた。


「な? ミライは足手まといなんかじゃない。こうして俺達をサポートしてくれているんだ。かけがえのない仲間だ」

「……それなら良かったわ。偶然だけど……力にはなれて嬉しい」


 そう言ってミライは微笑む。


「やっと笑ったな」

「え?」

「思えばミライの笑顔を長い間見ていなかったからさ、せっかくデートするなら笑わせようと思っていたんだ」

「そういうカイこそ、考え込んでばかりで全然笑ってなかったじゃない。久々に笑顔を見た」


 気が付くと俺も笑っていたらしい。

 そしてもう一人笑顔を浮かべる人物。


「デート、どうだった? アンドロイドに襲われたところを助けたりとかした?」

「そんなドラマはそうそう起きないさ」

「なんだ、つまんないの。でも9問目解けたんだね! これ作ったの実は僕じゃなくて僕の師匠なんだよね」

「そうなのか? アンナにも師匠がいるのか。是非会ってみたいな」

「もうこの世にはいないけどね」

「そうか……残念だな」

「前にスパイの容疑かけられた人が二人いたって言ったでしょ。その片方がレンジで、もう片方が僕の師匠」

「どんな人だったんだ?」

「穏やかな女性だよ。レンジは誰よりその人を信じてて、右腕的立場だったんだ。ただ、政府の中枢システムにアクセスして歴史を知り、アンドロイドを庇う発言をしたんだ」

「アンドロイドを庇う?」

「そう、人間はアンドロイドを虐げてきた歴史がある。アンドロイドは立ち向かっただけじゃないかってね。女性は非難されたよ。それをレンジが庇って二人ともスパイの容疑をかけられたんだ」

「人間はアンドロイドを虐げたのか?」

「うん。奴隷のように使われたらしいよ。軍事、犯罪、愛玩……アンドロイドも人間を見下してるからわざわざ支配されていたという屈辱的な歴史を嘘をついて残すとは考えづらいから本当だろうね」


 アンドロイドは確かに人間に対し敵意を抱いているようであったが、それには過去が関わっているのかもしれない。


「そしてレンジに女性を撃ち殺すように周りが迫ったんだけど、レンジは大事な人を撃てなかった。そして代わりにカレンが撃ったんだ。そしてレンジが潔白だと納得させた後カレンが責められ、庇った。これは前話したっけ」

「そうか、誰が悪いという話でもないんだな。しかし人間がアンドロイドを虐げていたとは……」

「あらゆる苦痛や恥辱を与えられた上で殺されたアンドロイドもいたらしいよ。それが2060年の革命の要因の1つなんだ」

「で、その革命で今は人間が支配されているのか」

「いや、支配というか放置かな。2100年にE言語が出来たんだけど、試験的に5体のアンドロイドをE言語で作ったら何故か政府に歯向かったらしいよ」

「それってアンドロイドがアンドロイドに噛みつくってことかしら?」

「そうだね。それでアンドロイドでも意見が割れてて、人間は放置する方向にしたらしいよ。まあ積極的に襲って来る人は珍しい、例えるなら人間はハエみたいな物なんだと思う」

「そう言えばこの世界に来たときいきなり女アンドロイドに銃を向けられたっけ……この世界の歴史は興味深いな」

「まあ歴史はさておき、僕の師匠の問題1日で解いたのは凄いよ。これ、僕は1週間かかったんだ」

「ミライのアドバイスが無かったら俺も厳しかった。しかし俺も遂にアンナを超えたか?」

「まだまだ。10問目があるからね。新たなハッキングプログラムと並行して作ってたんだ」

「10問目……どんなだ?」

「それは見てのお楽しみ!」


 アンナは得意気に微笑む。


「カイなら解けるわよ! でも明日やりましょう、もう遅いわ」

「……そうだな。流石に疲れたよ」

「僕としては早く挑戦してほしくてうずうずしてるけどやむを得ないね」

「楽しみは取っておくものさ」


 そして眠りにつく。

 翌朝、起きたのは……9時。

 予想以上に深い眠りだったようだ。


「おはよ、カイ。よく眠れた?」

「寝過ぎて逆に頭がシャキッとしない。コーヒーでもあればなぁ」

「ゼリーのコーヒー味飲む?」

「コーヒー味もあったのか……カフェインが入ってるか微妙だけど」


 一口飲み、俺は目を細める。

 味はミルクとガムシロップを入れたコーヒー、と言った感じだった。

 俺は甘党で、苦いものや辛いものが苦手だったので助かる。

 チョコ味より好みの味で、美味しいと思った。


「よし、じゃあ10問目やるか」

「とうとうこの時が来たねぇ。僕の最高傑作、藻掻き苦しむがいいよ!」


 アンナの表情からは、自身の作り上げた難題に対する自信が溢れ出ているように見受けられる。

 俺も覚悟を決めてそのプログラムに挑む。


 ──カブキチョウ


 シンジュク、カブキチョウ。

 かつての繁栄とは離れて、スラムと化していた歌舞伎町。

 そこにレンジは足を踏み入れる。

 そして、ある程度奥まで進み、地面にあぐらを搔いて座るアンドロイドに声をかける。


「俺はModel-FAL」

「Model-FEX。見ない顔だから人間かと思った」


 アンドロイドには挨拶としてまずモデル名を名乗るという慣習があった。

 自分からアンドロイドだ、と名乗るのはつまり人間だと自白しているようなもの。

 2123年ではModel-Fシリーズが主流となっており、レンジはそれを名乗った。


「お前は優秀な情報屋らしいな。少し聞きたいことがある」

「あぁ? 対価は何だ?」

「ゼリー3パックでどうだ」

「まあいいだろう。何を知りたい?」

「政府が最近スーパーコンピュータを手に入れたらしい。その所在地だ」


 並の情報屋なら「そんなことを聞いて何が目的だ」とでも言うだろうが、この情報屋は意図の詮索はしなかった。


「ちょっと待ってくれ、データベースにアクセスする」


 10秒ほどでアンドロイドは所在地を突き止めた。

 

「ウエノらしい。国立東洋美術館地下だと」

「そうか、もう一つ聞きたい事がある。カイ、という人物に何か心当たりはないか」

「カイ? モデル名はなんだ?」

「……もういい。礼を言う」


 そしてレンジはゼリーを渡し、背を向ける。


(情報屋……始末したいところだがここで騒ぎを起こすのは得策ではない)


 レンジはモバイルを取り出す。


「俺だ、カレン。ちょっと手伝ってほしい」


 レンジは要件を伝えると、ウエノへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る