デート
──シンジュク
「よし! ファイアウォール解除だ!」
俺はSSランクの7問目、60のファイアウォールをくぐり抜け、解除した。
「流石だねぇ。問題作った身としてはもう少し苦戦して欲しいんだけど」
アンナもモニターと向き合い、タイピングしている。
「アンナは何してるの?」
「E言語でのハッキングプログラムをまた1から作ってる。イケブクロにいた頃のプログラムが入ったコンピューターは壊しちゃったからね」
「そうなのね……」
「……ただ、C言語はE言語に比べて処理能力が落ちる。おまけにセキュリティは1度失敗してるし卓稲田大学からスーパーコンピューターを搬送してるから確実に強化されている」
つまり前より難易度が上がることになる。
特にスーパーコンピューターは政府のセキュリティを大幅に強めている。
そのプロテクトを見たときは万華鏡を覗いた気分だった。
しかしアンナは明るい声で言う。
「あ、でもブラックボックスまではE言語で僕も戦うから安心して! 今回はカイくんも主力に加わったし」
「それに今度はスーパーコンピューターもどきもあるから多少はなんとかなるってことね!」
「そうだね。後は全部カイくんにかかってると言っていい」
「プレッシャーかけてくれるな……」
「カイだけがC言語を使えるんだからしょうがないわよ」
「僕もC言語を学んではいるけどやっぱり難しくてね」
「いや、問題ない。俺に任せてくれ」
俺はあえて強気な口調で宣言するように言った。仲間を安心させたい、その一心で。
ただ、本当は理解していた。
政府にスーパーコンピューターがある限りハッキングは困難であることを。
それはアンナも同様だろう。
その時、レンジが戻ってきた。
「ミライの素性が分かった。やはり2063年から来たようだ」
「本当か!? 手がかりが掴めてよかった。2063年ってどんな世界なんだ?」
「……一言で言えば地獄、だろうな」
「え……」
その一言で重苦しい空気が流れる。
「2060年にアンドロイドによる革命が起こり、2063年にアンドロイドが空間歪曲爆弾を投下し、アンドロイドの勝利で闘いは終わった」
「空間歪曲爆弾?」
「当時使われていた兵器だ。広範囲の空間をねじ曲げて粉砕するらしい。核と違って被爆は無いが威力が尋常じゃないんだと」
「その革命の影響でこの世界は荒廃しているのか……」
「いや、2045年に第三次世界大戦が起きたのが大きい。その第三次世界大戦で人口は激減し、革命でアンドロイドの支配が確立したという感じだ」
「第三次世界大戦……? 何故そんなものが……」
「詳しくは知らないが、狂った奴がアンドロイドの製造方法を公開し、それを利用して軍事力を高めようとした国が暴走していつの間にか戦争になったらしい。そして新型兵器が計算以上に強力だったため世界は破滅したという」
この世界はやたら建物はえぐれ、地面には瓦礫が落ちているが、それも戦闘の疵痕のようだった。
しかし2045年に第三次世界大戦……この時代では過去の出来事でも、俺にとっては未来の出来事だ。
仮に帰れたとしても、それは起きてしまうのだろうか……
「復興のために労働力としてますますアンドロイドは製造され、やがて反旗を翻した。それが革命だ。アンドロイドは数年で成長することもあり、アンドロイドと人間の人口比は入れ替わり、今に至る。ミライ、それでも記憶を取り戻したいか?」
「……」
流石にミライも何も答えられなかった。
ミライはやはり過酷な境遇だったようだ。
記憶を取り戻すことは本当に彼女のためになるのだろうか。
それにミライが元の世界に帰れたとしても待っているのは……
「どうしたの? カイ」
「あ、いや。なあミライ、もし良かったらなんだけどさ、無事戻れたら2023年の世界で一緒に暮らさないか?」
「それってプロポーズ?」
「い、いや、そうじゃなくてだな……」
「……もしかして、さっきの話気にしてるの?」
「あぁ。2063年に戻れたとしても……つらいだけだろう」
「……そうね、考えておくわ」
「まあ帰れるか分からないけどな……とりあえずこの世界でアンドロイドと戦ってるが下手したらここで暮らすことになるかもしれないし……」
「いえ、帰れるわよ、きっと。なんとなくだけど、この世界でやるべき事をやったら帰れる気がするの」
ミライの強さには勇気づけられる。
俺も帰れるか不安で仕方がないが、どの道引き返しようがないなら進むしかない。
「イアン、政府のセキュリティはどうなってる?」
「なんとかなると思うよ」
「嘘を吐くな、イアン」
「ほんとだって」
「……分かりやすいな。本当のことを話してくれ」
アンナは観念したかのように低い声で語る。
「……実を言うとスーパーコンピューターがあるからまるで迷宮みたいになってる。正直あまり自信がない」
「……そうか。本当のことを言ってくれてありがとう」
そしてレンジは立ち上がり、銃の弾倉を入れ替える。
「レンジ、何をするの? どこにあるかも分からないのに……」
「多少アテがある」
ミライもすかさず立ち上がる。
「私も着いていくわ!」
「いや、ミライは待機していてくれ。ミライはハンドガンの扱いには長けているが今回はライフルで戦う必要があるかもしれない」
「……分かったわ。足手まといってことね」
「言い方は悪いがそうなる」
「レンジ! そんな言い方はあんまりだ! ミライだって2回もレンジと組んで──」
「いえ、いいのよ、カイ。事実だから」
「今のミライの任務はカイとイアンのサポートだ。頼んだ」
レンジはライフルを手にしつつそう語る。
ライフルなど、ハンドガン以上に日常生活には縁のない物だった。そんな兵器が必要な戦いをしようというのか……
そしてレンジはゼリーを6パックほど手にすると、どこかへ行った。
それから食事を終え、俺はSSランクの問題の8問目に挑戦していた。
「カイ、そろそろ休んだ方がいいわよ」
「いや、大丈夫だ。あとたった3問なんだ」
「駄目よ、休んで! 目がこんなに血走っちゃって……」
「……そこまで言うなら休むか」
そして俺はチョコレート味のゼリーをミライから受け取り、胃を満たす。
腹が膨れると、想像以上に疲労が溜まっていたのかそのまま睡魔に襲われ、ベッドで眠りにつく。
そして翌日、8問目に挑むがこれがまた厄介だった。、
「カイくん、8問目なんだけどこれヒントなきゃ解けないと思うんだ」
「8問目は暗号なのは分かるんだが見た事がなくて困ってる」
「これはクォンタムシフト鍵暗号って言って量子不確定性を使ってるんだ」
「なるほど……量子鍵配送や量子鍵交換に焦点を当てたセキュリテイなのか」
ミライは頭を抑える。
「わ、私頭痛がしてきたわ……セキュリテイってとても難しそう」
「セキュリテイは重要だからね。インターネットの歴史はセキュリテイの歴史と言ってもいいよ」
「そうなのね……二人ともよくこんな難しいの分かるわね」
「僕はこれしか能がないからね」
アンナの才能には驚かされたが、俺も負けてはいないはずだ。
現にE言語をみるみる身につけている。
そして俺は8問目を解いた。
「あぁ、もう解けちゃったか。もっとヒント必要かなあと思ったのに」
「はは、まあ暗号は得意だからな」
そして俺は9問目に挑戦する。
それはアンチウイルスプログラムと戦うというもの。
しかしアンチウイルスプログラムはダメージを与えてもすぐに修復され、なかなか倒せない。
「くそ、再生するのがチートみたいだ。ずるいぞ、アンナ」
「まあそう言わず頑張って。僕も今頑張って10問目作ってるんだから」
俺タイピングするも、しばらくしてその手を止める。
「駄目だ、いくらプログラムを増強してダメージを与えても回復する。どうすればいいんだ…….」
アンナは人が苦しんでいるにも関わらず満足げに微笑んでいた。
「この問題を苦戦してくれるのは嬉しいねえ。でもカイくん休んだ方がいいんじゃない? 8問目解いたばかりだし」
「だが、時間がもったいない」
ミライは俯いて語る。
「私は何も出来ないのがもどかしいわ……」
「いや、ミライには助けられてる。いてくれるだけで励まされる」
「それってマスコットみたいなものでしょ? 私は何も出来てない。窃盗やカージャックの時もレンジに助けられてばかりだった」
「何を嘆く必要があるんだ、レンジのサポートを出来たから作戦も上手くいったんだろう」
「でも、レンジは戦い、カイとアンナはプログラムを作っているのにただ、私だけやることもなくお荷物で……」
アンナが慌てて励ます。
「ミライちゃんはミライちゃんで貢献してるよ! 話し相手になってくれたり」
「それだけ? 私も役に立ちたい、この世界を救いたいの。そのためならなんでもするわ」
「なんでもするなんて軽々しく言うもんじゃないよ。でもそうだなぁ……カイくんを助けられるかもしれないよ」
「ほんと? どうやって?」
「デートして気分転換してきたら?」
「デート?」
俺とミライは顔を見合わせる。
「カイくんは煮詰まってるしミライちゃんは悩んでるし、それならデートでもすれば一石二鳥じゃない?」
「そういうことね。デート、頑張ろうじゃない!」
「お、おう……?」
こうして何故か俺とミライはデートをすることになった。
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