蔭での闘い

 夜中に目が覚める。そばを見ると、ミライもレンジもアンナも眠っている。俺もまた寝るか、と考えたその時、何かが聞こえた。


「……ろしてやる」


 ミライが微かに呟いた。その声は夜の静けさに溶け込んでいく。


 俺は再び眠りに包まれた。

 次に目を覚ましたとき、外は既に明るい光に包まれていた。ミライたちも目を覚まし、朝の活動が始まろうとしていた。


「おはよう、カイ」

「ああ、おはよう。ところで昨日見た夢……覚えてるか?」

「え? 夢なんて覚えてないけど」

「ミライは昨日寝言言ってたんだ」

「え? 私が寝言? 何聞いてんのよ!」

「悪気はなかったんだ」

「で、私はなんて言っていたの?」

「いや、良く聞き取れなかった」

「……そう」


 アンナが背伸びをしつつ、話しかける。


「二人ともどうかした?」

「なんでもないわ」

「レンジは相変わらず不在か」

「ちょっと他のアジトで情報を共有してくるって言ってた」


 ふと疑問を口にした。


「都内のアジトはイケブクロ……は潰れたとしてシンジュクとアキハバラ、だけなのか?」

「まぁ、そうだね。昔はシブヤにも支部があったけどね。アキハバラは支部っていうかなんていうか……」


 煮え切らない返事にミライが口を開く。


「どうかしたの?」

「アキハバラはカレンが今は支部長やってるんだけど、ちょっとね」

「仲が悪いのかしら?」

「いや、悪くはないんだ。ただカレンは言ってしまえば壊れてる子なんだ」

「壊れてる……?」

「それになんでこのレジスタンスのメンバー、都内なのにこんな少ないと思う?」

「まさかカレンが追放した、とかかしら?」

「半分正解。昔、スパイの容疑をかけられた人間が2人いたんだ。このままじゃ2人とも殺されかねない、そこで片方がもう片方に殺してくれって頼んだんだ。でも撃てなかったのを見て、代わりにカレンが片方を迷わず射殺した」


 確かに過激と言うほかない。

 状況的にやむを得なかったのかもしれないが、仲間をそんな簡単に射殺できるものなのか?


「でも片方だけ射殺って、もう1人は?」

「そのもう1人がレンジ。そして生き残ったレンジはリーダー的立場だったとはいえ責められたんだ。お前もスパイだろうって。射殺された人は犬死にだった」


 リーダー的立場なのにスパイの容疑をかけられるというのは、不可解だがきっと相当な理由があるはずだ。


「そしてレンジは自身と殺された人はスパイではないと納得させた。それで次に批判されたのは仲間を殺したカレンだった。カレンを射殺しろとね」

「でもレンジはそれを庇った。そしてメンバーは散り散りになったんだ。まあカレンが悪いわけじゃないんだけどね」


 その話だけ聞くとカレンが悪いようにしか思えないが、何故レンジはカレンを庇ったのだろう。


 ──アキハバラ


 レンジはノックをすると、ただちに後退する。

 そしてカレンによりドアが蹴破られる。

 

「レンジ! また来るなんてあたしに惚れたか?」

「この間頼んだスタン・ガンを受け取りにきた」

「わざわざシンジュクからまたしても来るってことはそれだけが用件じゃないだろ?」

「そうだ、二人で話したいことがあってな」

「この間の件か?」

「あぁ。カイとミライの素性……掴めたか?」

「それが妙なんだよ。……それよりレンジ、尾けられたな。一瞬気配がした」

「なに? 俺としたことが気付かなかった。しかし相変わらず勘がいいな」

「レンジに尾行を悟らせなかったことから相当の手練れだな」

「カレン、AK-47でも試し撃ちしてくるか?」

「だからあたしは戦闘狂じゃないっての。イアンといい、なんでこんな可憐な少女にそんなイメージ抱くかねえ」


 そう言うも、カレンは好戦的な笑みを浮かべていた。


「カレンは強すぎるからな」

「レンジにそう言われても嬉しくないんだがな。迎え撃つか」


 レンジはすかさずワルサーPPKを構える。

 レンジはデザートイーグルの他にワルサーを携帯し、アンドロイド相手にはこれを使用していた。

 そしてゆっくりと現れる短い金髪の厳つい男。


「人間……2匹か。お前達が連日のテロを起こした連中だな?」

「答える義理はない」

「おそらく仲間がいるだろう。吐いて貰うか」


 そして男は真っ先にレンジに銃を向け、引き金を引く。

 レンジは素早く身を低くして躱し、反撃の射撃を放つも身体をずらし回避される。

 カレンもすかさずAK-47を向ける。

 しかし弾切れに見舞われる。


「なんだよ! 使えねえ!」


 しかしアンドロイドがAK-47に気を取られた隙にレンジはワルサーでアンドロイドの胸部を狙い発砲する。

 アンドロイドは銃弾を身体を捻り回避する。

 レンジは反撃をする隙も与えずにワルサーを素早く連射する。

 レンジの射撃は正確だったがアンドロイドはまるで踊るかのようなトリッキーかつ機敏な動きを続けて回避した。

 いや、回避しつつ接近し、レンジを強烈なミドルキックで吹き飛ばす。


「レンジ!」

(次はメスだ。全く、人間は弱くてしょうがない。感情などという欠陥まで持ち、救いようがないな)


 更にアンドロイドは地面に落ちていた大きな瓦礫をまるでシュートを決めるかのように蹴る。


(あのサイズを吹っ飛ばすか──)


 数十kgはあるその瓦礫は猛スピードでカレンに迫り、カレンは倒れ込んで回避する。

 カレンは落ちていた手のひら大サイズの石を拾いアンドロイドに向けて鋭く投げる。

 アンドロイドはその石を銃で軽く払いのけようとするが、その威力は想像より遥かに強く、銃が弾かれた。


(このメス、戦い慣れてるな)


 その時、レンジが起き上がり、再びアンドロイドに銃を向ける。

 アンドロイドは迅速に反応し、その銃撃を大きく身をのけぞらせて回避する。


(さっき蹴ったとき手応えがどうにも軽かったがやはり自分から飛び威力を殺していたか。だがあれで弾切れのはずだ、オスから仕留める)


 しかしアンドロイドは突如全力で身を横たえた。

 レンジが携帯に適したサブマシンガン、MP5を向けたからだ。


(こんな物を隠し持っていたのか? まだ何かありそうだ)


 MP5の銃撃が轟き渡り、アンドロイドは絶対的な速さで横を駆け抜ける。

 唸るように銃撃はアンドロイドの跡を追うが、アンドロイドはあまりに俊敏だった。


(4.374秒後に弾切れになる)


 そして、最後の一発も無事回避。MP5は弾が尽きた。


(チャンスだ、ここで仕留める)


 アンドロイドは地面を猛然と蹴り、その瞬時の動きでレンジに向かって疾風のように接近していく。

 しかしアンドロイドが油断した瞬間、レンジは冷静に攻撃に出る。

 アンドロイドは回避を怠り、単純な攻撃に走った。

 その隙をレンジは待ち構えていた。

 レンジはMP5を捨て、デザートイーグルを懐から素早く取り出す。

 アンドロイドが一直線に近づく瞬間、レンジは恐怖を抱かず、照準を素早く合わせる。


(まずい、やはりメスから仕留める)


 アンドロイドは地を強く蹴り、方向転換する。

 デザートイーグルの銃弾は空中を裂くのみであった。

 そしてカレンへ殴りかかる。

 心配をするべき場面だが、レンジはそれを見て安堵した。


(カレンに近接戦闘を挑んだか……勝ったな)


 レンジは回想する。


 ──2年前

「次の作戦だが、アキハバラのビルの最上階にスーパーコンピューターがあり、政府のセキュリティを強固にしているらしい」

「僕もそれがある限りどうしようもないね……」

「おまけに、ビルは1Fごとに4体警備ロボがいる。スーパーコンピューターさえ破壊できればハッキングが現実味を帯びるんだが……」

「参ったね……」


 それを聞き、カレンは笑い飛ばす。


「なんだ、イアンもレンジも弱気じゃねえか。ビルをどうにかすればいいんだろ?」

「だが、どうしようもないだろう」

「どうにでもなる。この火焔弾さえあればな」

「もしかして、それでビルを燃やし尽くすの?」

「いや、ビルを登って各フロアに撃って建物を燃やし尽くし、酸欠になったところに最上階を狙撃し、急に酸素を入れさせる。するとどうなると思う?」

「もっと燃えちゃうのかな?」


 レンジは冷静に答える。


「バックドラフト、か」

「そうだ。こうすればスーパーコンピューターだろうがなんだろうが破壊できる」

「でも、バックドラフトとやらを起こすにしてもビルをどうやって登るの?」


 カレンは笑みを浮かべる。


「決まってんだろ? よじ登る」

「そんな、こんな作戦……いや、作戦と呼べるのか……」

「分かった、カレンに任せよう」

「えぇ!?」

「見る目あるな。よし、朗報を待っていてくれ」


 そしてカレンは述べた計画を全て有言実行した。

 作戦が終わり、カレンが口にした言葉は「腹減った」であった。


──


 アンドロイドは猛スピードでカレンへ迫る。

 しかしカレンは冷静に掌底をアンドロイドの胸部に放つ。


「……ぐぼっ」


 するとアンドロイドは口からも鼻からも血を出し、倒れた。


「コンピューター確保。ハッキングが捗るな」

「俺でなくカレンに接近してくれたお陰で銃弾も節約出来たな」

「まあ、あたしの〝あれ〟を使わせるくらいには手強かったな」


 そして、アキハバラの路地で繰り広げられた戦いは静寂を取り戻し、ただ冷たい風だけが勝負の余韻を運んでいった。

 カレンは返り血を拭うと、思い出しように口を開く。


「まあいいや、で、用件は……あぁミライとカイの素性だっけ、入ってくれ」


 そしてレンジとカレンはアジトに戻る。

 アキハバラのアジトはシンジュクのアジトに引けを取らない広さ。

 白い壁紙に白い床、そして白いデスクに白い椅子。これはカレンのこだわりらしい。レンジはそのうちの椅子に腰掛ける。


「まず、ミライって奴の話だが、長い赤髪に緑色の目を持つミライって名前の人間は2046年から2063年にいた。17歳、フルネームは百瀬未来」

「17歳か……なら……」

「ただ、知っての通り2063年は〝革命〟が起きている年だ。両親から捨てられ、たまたま拾われこの名前になったそうだ。そこから生死は不明、となっている」

(おそらく、俺が知るミライだな。やはりカイの推測通りタイムマシンが出来た2063年から来たのか。革命の戦渦から逃れるためにタイムマシンを起動し、その拍子に記憶喪失になったのだろうか……)

「で、肝心のもう一人のカイの方だが……なんとデータが無かった」

「無い? どういうことだ? カイは2023年から来たと言っていた。無いはずがない」


 2000年から人間の情報は全て膨大なデータベースに名前や性格、外見から職業、癖に家族構成、死因など多岐に渡る記録をされていた。

 その情報源は戸籍という物だけでなく、カルテや独自の情報網、ネットワークを介し密かに取得していたコンピューターやモバイルのデータなど様々で、データが無いということは考えづらかった。


「あたしにも分からん。とにかく無い物は無い。特にレンジが言っていた2023年は念入りに調べたがそうとしか言えない」

「そうか、まあいい、ありがとう、カレン」


 去りながらレンジは思考を止めなかった。


(データが無い……? 馬鹿な、どういうことだ……仮に偽名を使っていようがカレンなら突き止める。カイ、お前は一体何者だ……?)


 しかしその問いに答えなど見つからなかった。

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