根回し
それからも俺はSSランクの問題を解き続けつつ、C言語でハッキングのプログラムを作り続けていた
アンナの方針で多少のヒントは与えられたものの、核心は一切教えて貰えず、自力で解く必要があった。
1問目は解くのに5日、2問目は4日、3問目は2日。
順調に成長しているのは実感していたが、まだ10問解ききるのは時間がかかりそうだった。
なにより同時進行でC言語でのハッキングプログラムを作るのが大変な作業であった。
だが、E言語でハッキングの手法を学び、C言語のプログラムにそれを反映させるという作業が欠かせなかった。
「カイ、お疲れさま。私に手伝えることがあったら言って」
「ありがとう、ミライ。だがこのプログラムは俺が解かなければ意味がない」
「ストイックね」
「元の世界に帰るためだ。それに血を流さず汗を流すだけで済むならそれがベストだ」
「なによ、上手いこと言ったつもり?」
「あれ、駄目だったか? いや、アンドロイドとはいえやはり殺すのは嫌だからさ」
「見た目は人間だけど、敵よ?」
「確かにそうなんだが……でもアンドロイドを作ったのは人間じゃないか。作った奴が一番悪いんじゃないか」
「……そうね。その通りよ」
俺はSSランクの6問目に挑む。
今度はやたら長い数字の羅列。
「アンナ、これ、何桁あるんだ?」
「10の100乗を想定して作った」
10の100乗は数学用語でグーゴルといい、表せきれない数という意味を持っている。
その数字は1e+100という、数字にアルファベットが紛れるという自体が生じるほど大きな物だった。
「なるほどな、1e+100か……良く作ったもんだ」
「スパコンもどきが案外性能良いから放置してたら出来てたんだ」
「あっ思いついたわ! 1eで割れば残りは100になって簡単になるんじゃないかしら」
ミライは得意気にそう言うも、この数をいきなり100にすることはどんな数で割ろうが引こうが不可能だ。
しかし良いヒントをもらった。
「そうだな、繰り返し処理で引き算を続け小さくして、そこを突くか」
そして俺は素因数分解アルゴリズムを繰り返し用いる事で、しばらく待っていると遂に解けた。
「やるじゃん! 弟子の成長が良すぎると逆につまらないなぁ」
「そう言うな、7問目はなんだ?」
「暗号系ばっかじゃ飽きるだろうから趣向を変えてみたよ」
「別に飽きはしないが気配りには感謝するよ」
アンナは段階的な難しさを設ける他に俺のモチベーションも考慮しているようであった。
「でももう遅いし、夕食にしましょうよ」
ミライのその提案で俺たちはゼリーを飲む。
しかしレンジの姿が見当たらなかった。
「あれ、レンジは?」
「見回りしてくるって行ってた」
「そうか。レンジも真面目だよなあ」
「カイこそ真面目にプログラミングしてるじゃない」
「真面目、かなぁ。俺は部屋の中で命のやり取りをしたくないとか温いことを抜かしてるだけだよ
「そんなことないわ! カイは姿勢とか確かにだらしないところもあるけど、今や世界の命運はあなたにかかってるのよ」
「だらしない……まあ確かに醜態は晒したか」
俺は慌てて姿勢を正す。
「無理に取り繕わなくていいわよ」
「そ、そうだな、汚名は返上するしかない。見ていてくれ」
「えぇ、期待してるわ。でも今日はもう遅いし良く休んでね」
「……そうだな。悪いなアンナ、続きは明日だ」
「おっけー」
そして俺は眠りにつく。
……
目が覚めると既にミライが起きていた。
「あ、カイ、おはよう。はい、ゼリー」
「ありがとう」
それを飲み干すとSSランクの7問目に取りかかる。
今度は60のファイアーウォールを潜り抜けるというものだ。
アンナは勝ち気な笑顔を浮かべている。
「前回のハックの時30だったからね、難易度を上げさせて貰ったよ」
「……政府のセキュリティをどうやって倍にしたんだ? 政府のアンドロイドよりアンナの方が恐ろしい気がしてきた」
「ファイアーウォールは概ねコピペだから……ってやば、ヒント言っちゃった。ま、頑張って!」
ヒントは心強いが、それでも問題を解くのは容易ではなかった。しかし、共通する要素を見つけ出し、コードを紡いでいく中で、俺は徐々に解法への手がかりを見つけることができた。
それからしばらくタイピングをしていると、ミライが水を持ってきてくれた。
「カイ、大丈夫? 随分長いことタイピングしてるけど」
「あぁ、平気だ」
「何か手伝えることはある?」
「気にしないでくれ」
「でも、なにも出来ないなんて悔しいわ」
「こうして励ましてくれてるだけで助かるさ。しかし少し休むか。ケルベロス! 散歩だ!」
「わふっ!」
そして俺とミライはケルベロスの散歩に出かける。
犬型ロボットなのもあり、犬として尊重している。
粗相もしないし実に立派な犬だ。
「カイはケルベロスが好きね」
「可愛らしいだろ? メカニカルでそそる」
「私には分からないわ……」
「ほら、試しに撫でて見ろよ」
「こ、こう?」
ミライが頭を撫でると、ケルベロスの瞳は目を細め、わん、と嬉しそうな声を漏らす。
「はっはっ!」
「……確かにちょっぴりかわいいかも」
「だろ? ケルベロス、お手」
「ワン!」
ケルベロスは冷たい手を俺に乗せる。
「あら、賢いのね」
「おまけにエコだぞ。ケルベロスは充電式だがかなり省エネらしく、5分の充電で24時間動くんだ。本物の犬よりお金もかからない。しかも自動的に充電するんだ」
「ワンワン!」
ケルベロスの口からは銃口が微かに見えたが、それは見て見ぬ振りをした。
「見た目はともかく鳴き声や仕草は確かに犬ね」
「見た目もかわいいだろ?」
「……それはよく分からない」
俺とミライとケルベロスは、一時の平穏を堪能していた。
──アキハバラ
鋼鉄の、一人しか通れないサイズのドアにノックをする男がいた。
男はノックをすると直ちに身を翻し、ドアから離れる。
そして数秒遅れ、ドアが勢いよく蹴破られた。
「相変わらず乱暴な開け方をするな、カレン」
「この開け方で3人は撃退したんだ。まぁ全部ガキの悪戯だったが。入ってくれ、レンジ」
カレンは長い黒髪に赤い瞳の、外観はまさに可憐な少女だった。
だがその性格は勝ち気で、名前には似つかわしくない言動が目立つ。
「ここ最近弾丸の消費が激しくて補充に来たんだ」
「なんだ、そういうわけか。弾丸なら余ってるから持ってってくれ! ……って待て、弾丸の消費が激しいってあたしの出番じゃなかったのか?」
「イケブクロとシンジュクで色々あってな。だがここアキハバラはカレンに一任しているから下手に呼ぶわけにもいかなった」
アキハバラは激戦区で、銃弾も多く製造されていることから戦略上重要な箇所であった。
カレンはここで仲間と共にアンドロイドと攻防していたが、カレンのみが生き残っている。
「遂にあたしの力を借りに来たわけか」
「いや、カレンは依然としてアキハバラに留まってもらう」
「なんだよ、つまんねえ!」
「だが同時にカレンにしか頼めない依頼がある」
それを聞きカレンは目を輝かせる。
「依頼? なんだ?」
「あぁ。ミライと呼ばれる人物とカイと呼ばれる人物の素性を100……いや、120年前から遡って調べて欲しい。身体的な特徴はこちらにまとめてある」
「なんだ、それ? それこそイアンのやる係じゃねえか」
「イアンにはちょっと頼みづらくてな。だからカレンに頼むしかないんだ」
「ならあたしに任せてくれ!」
「特にカイの方を2023年前後から調べて欲しい、それも親族も含めてだ」
「了解!」
「そうだ、AK-47を手に入れたから好きに使ってくれ」
「本当か!? 改造しがいがあるな!」
カレンの専門は戦闘だった。
それに加えカレンは銃弾の製造や銃器の改造を得意とし、スタン・ガンというロボットの回路の破壊に特化した銃弾、火焔弾や鉄鋼弾などのオリジナルの銃弾を作っている。
しかもプログラマーとしても優秀。レンジは陰ながらカレンを重宝していた。
そしてレンジはシンジュクのアジトへ戻る。
「皆ご苦労」
「レンジ、どこ行ってたの?」
「ゼリーと銃弾を調達してきた。ほら、イアンはイチゴ味」
「ありがとう!」
「カイはチョコ味で、ミライがバナナ味だったな」
「悪いな。しかしゼリー以外に食事はないのか?」
「ない。ゼリーも味は何種類かあるが、アンドロイドには食事を楽しむという感性がないんだろうな。植物の生育にも関心がないらしい」
「そうか。肉でも食えば元気つきそうなんだけどな」
「肉? カイの時代では人の肉を食べるのか?」
「違うよ。豚とか鶏、牛とかな。美味いんだ」
「食べたことがないから想像がつかないな……絶滅しているんだ」
「魚はどうだ?」
「いや、やはり水が濁ってて生息していない」
ウォーターサーバーから水を飲んでいるが、どうやら浄化するための装置だったらしい。
「なんだ、そうなのか……このゼリーだけが貴重なタンパク源ってわけか」
「私もバナナ味のゼリーでなく本物のバナナ食べてみたいわね……」
しかしこのゼリーは200gくらいしかないのに、充分満腹感がする。
そして夜も更ける。
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