仲間意識

──ヤマタデンキ


 俺たちは4人で、闇に身を置きながら、シンジュクのヤマタデンキに潜入していた。夜の暗がりに紛れ、足音は控えめで。

 ヤマタデンキには警備ロボが複数存在し、そのセキュリティを強固な物にしている。

 そして現にアラートはけたたましく鳴り響いている。

 しかし、1Fに警備ロボはいない。

 ケルベロスを除いて。


「やはり俺の思った通りだな」


 警備ロボがいないのにはこのような背景がある。


 ──前日、シンジュク

「シンジュクで一番大きい電器店はどこだ?」

「ヤマタ電気だ。だが各フロアに2体ずつ四つ脚の警備ロボがいると言う。警備を掻い潜るのは不可能と言っていい」

「4人でスタン・ガンを使えばなんとかなるんじゃないかしら?」

「いや、スタン・ガンは希少性が高く、4人で撃てばたちまち弾薬は尽きるだろう」

「じゃあどうしようもないじゃない……」


 場に重苦しい空気が流れる。

 確かに正面から乗り込めば全滅は免れないだろう。

 しかしここで諦める俺ではない。


「なあレンジ、ヤマタ電気もパーツは1F付近に集中しているのか?」

「1Fがコンピューター、2Fがモバイル、3Fが周辺機器らしい」  

「4〜7Fは何があるんだ?」

「生活家電だ。空調や照明とかな」

「意外と家電も充実してるのね」

「まあ僕たち人間はアンドロイドが捨てた家電をかろうじて使ってるんだけどね」

「空調……照明……行けるかもしれない」

「どういう意味かしら?」

「ケルベロスも警備ロボだからネットワークで内部にアクセス出来るかもしれない。そのためのプログラムはイケブクロにいた時に作り、インストールしてある」

「え、そんな物作ってたの!?」


 アンナが驚きの声をあげる。いや、みんな驚いていた。


「やるじゃない、カイ! それさえ使えばなんとかなるのね!」


 ミライは明るい声を発するも、レンジの声は冷たかった。


「だがアクセス出来るだけでは意味が無い。警備ロボを停止させることは出来ないだろう」

「そこなんだが、家電を使って警備ロボをそこに集中させるんだ。たとえば電気が明滅すれば人がいると錯乱するかもしれない」

「電気を遠隔操作で点けられるのかしら?」

「IoTと言って家電の遠隔操作技術は俺がいた2023年にはある。だから行けるだろう」

「でも電気が点くだけで警備ロボは反応するのかしら?」

「ケルベロス、いや、警備ロボのスペックはスキンシップを通じて調べてある。聴覚は鈍いようだが、赤外線カメラを搭載してるから光には敏感だ。まあ家電は片っ端から動かしてみるか。そして上の階に警備ロボを集中させ、素早く1Fでパーツを調達するんだ」

「……分かった、カイに賭けてみよう」


 ──


 そして、作戦は上手く運んだ。ケルベロスが活躍してくれたお陰で、俺たちは1Fで速やかにパーツを調達し、無傷で脱出することができた。


「カイ、ナイスだ。シンジュクはイケブクロより扱っているパーツが高級だ。いいコンピューターが出来るかもしれない」

「よかったよ、ほんと。凄く良いコンピューターが出来ると思う」

「あの絶望的な状況を打開するなんてやるじゃない!」

 

 俺は自分の策が上手くいったことで胸が温まる心地だった。だがそれ以上にみんなを励ませた。それが嬉しかった。

 俺は当初は2023年の俺がいた世界の住民も、レンジもアンナも見下していた。

 しかし今はこのメンバーを心からかけがえなのない仲間だと思えるようになり、周りを見下すこともなくなった。

 我ながら、らしからぬ心境の変化だが。

 

「いやー! 上手く行ったねぇ! このオンボロコンピューターがどう化けるか楽しみだよ。拡張性そのものはかなり高そうだからね」


 俺達は夜も遅いため寝ることにしたが、アンナだけは興奮冷めやらぬまま、夜通しでパーツの弄りに興じていた。


 翌朝には1秒間で47穣回の計算が出来るという、100年前では信じられないスペックのモンスターが生まれた。

 穣、というのは京の次の次の次の単位だ。

 100年前のスーパーコンピュータは毎秒44京2010兆回計算したと言うが、その1000億倍凄いことになる。


「まぁこれでもスーパーマイクロコンピューターにはおよばないけどね。でも十分だよ……ふわぁ。僕はちょっと寝るね」


 俺たちの時代より1000億倍凄いというのにまだ物足りなさを感じるらしい。人口は推定5万人と極端に少ないのにコンピューターは性能が無駄に高いのがどこか皮肉に思えた。


「これでスーパーマイクロコンピュータには及ばないって言うから恐れ入るな」

「まあ、多少は壁があるな。上の下くらいのスペックと言っていい。カイ、イアンの代わりにコンピューターを動かせるか?」

「そうだな、やってみるか」


 電源ボタンを押すと、モニターに映し出されるデスクトップ画面。驚くべきはその起動の速さだった。瞬く間に、コンピューターは稼働し、指示を待ち受ける画面を提示した。


「おぉ、起動がめちゃくちゃ早いな。ちょっと感動した」

「それとイアンからSS級問題を渡されてある。これもハッキングに使えるらしい。C言語を使ったハッキングプログラムを作るのと並行してやって欲しいとのことだ」


 そんな物を用意していたのか。Sでトップと思いきや、更に上があるのが微妙に憎いところである。


「S級問題も大分解けるようになったからちょうどいい」

「私なんてD級ですらないのに……」


 少し学習してみて分かったが、アンナがC言語をマスターするならそれがいいが、俺がハッキングを覚える方が学習のコストは低いと判断した。

 E言語はC言語にJava、Python、更に独自の何かを採用して2で割ったような物で、このうちC言語、Java、Pythonを使える俺ならともかくE言語からC言語を学ぶのは逆に情報にギャップがあり時間がかかると思ったからだ。

 この独自の何かは未知の領域だが、ハッキングには影響がないらしく学ばなくていいとのこと。


 次のSSランクの問題は10問あり、最初の問題はアンチウィルスプログラムを3体デリートするというものだった。

 俺はSランクの問題で学んだコードを思い出し、1体デリートする。しかし残りの2体が消した1体を復元してしまった。


「なるほど、3体同時にデリートする必要があるわけか……」


 たとえC言語を駆使しても、この問題に苦戦は免れないだろう。しかし、ハッキングの手法を磨くためには、E言語の習得が必要だと分かっていた。

 C言語でのハッキングプログラムを作るには、SS級問題をマスターしなければならない。

 俺は図らずもハッカーとしてこの世界で腕を伸ばしていた。

 しかし昼になってもその問題は解けなかった。


「そろそろお昼だし休憩しましょうよ」


 そう言ってミライはゼリーを手渡す。


「……そうだな。ありがとう」


 思えばミライと2人きりになるのは久々な気がする。


「ミライ、あれから記憶は戻ったか?」

「ううん、ぜんぜん。どんな世界にいたのかも思い出せない」


 ミライは突然モニターから現れるという衝撃的な登場の仕方をした。恐らくタイムマシンが作られたとかいう2063年の人物だと睨んでいるが、2063年がどんな世界か全く想像もつかない。


「何か手がかりがあればいいんだが……ミライって名前以外本当に思い出せないのか?」

「えぇ……この2123年の世界に来ても何も思い出せないわ……」

「この世界のことも大事だが、ミライの記憶も大事だ。元の世界に戻る方法を知っている可能性もあるからな。少しでも思い出したら遠慮なく話してくれ。なにより俺たちは仲間だ」

「ありがと! 私は大丈夫だから!」


 ミライは微笑むも、どこかぎこちなく見えた。

 やはりミライも不安でないはずがなく、明るく振る舞っているのだろう。

 ミライの健気な様を見ると俺も一層努力しなければならなく思える。


「ふわぁ。ふたりともおはよう」

「あ、アンナ。コードに手を焼いて待ってたんだ」

「どれどれ? あー、ここはね……」


 そして俺は気持ちを切り替えてコードを学ぶ。ミライのためにも。

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