潜入

 振り返ると射撃とコーディングに耽った2週間。レンジはその2週間の厳しい鍛錬の結果を告げる。


「カイはAランクの問題を100問中82問、ミライはパス。射撃はカイが4m、ミライが15m。わざと厳しい目標を掲げたが、上々だろう。特にカイのプログラミングの実力には驚かされた」


 俺は射撃の成績が悪いことから罰を与えられる、とまるで子供のように怯えていたが、レンジとしては納得のいく結果だったらしい。

 すっかり拍子抜けし、緊張と不安が抜けた。


「わざと厳しい目標って、私たちなんのためにあんな必死になったと思ってるのよ」

「すまないな。だがこれで君たちもド素人から素人になっただろう」

「あれほど訓練して素人……?」

「僅か2週間で玄人になるわけがないだろう。それでも君たちは良くやってくれた。ミライも射撃は経験があるかのような腕前だった」


 ミライは納得がいかない様子だったが、素人と言われるのも無理はない。

 俺ですらAランクが完全には終わっていないからだ。

 しかし俺の頭の中は別のことにあった。


「……罰を与えないのか?」

「罰? どういう意味だ? 君達は、特にカイはよくやってくれたと言っただろう」


 どうやら罰がないらしい。ミライも俺が何を言っているのか分からない様子でキョトンとしていたが、俺も不思議で仕方なかった。


「しかし、ただ窃盗をするのに本当に訓練が必要だったのかしら?」

「イアンがロックを解除するためのIDカードを作るのに時間が必要でな」

「それで空白期間に私たちはついでで訓練を受けさせられたと」

「言い方は悪いがそうなる」


 怒りや不満はなかった。レンジも開き直った訳ではなく正直な性格なのだろう。


「では計画の詳細を話す」


 そう言いレンジは地図を広げ、二つの円を描く。

 

「これから潜入する場所はビッグカメラ、ヨドミバシの2つだ。ここに二人ずつ潜入する。出入り口にはレーザー砲が設置されているが、ロックを解除して入ればレーザーは放たれない」


 ビッグカメラ、ヨドミバシは100年前から有名な、歴史のある店舗だ。客として利用するはずのその店舗に、窃盗犯として潜入する。


「俺とミライはビッグカメラ、イアンとカイはヨドミバシに潜入する。ビッグカメラは比較的警備ロボが多いから射撃に長けた人間を、ヨドミバシは警備が緩いため射撃が不得手なイアンとカイを、というわけだ。警備ロボは一体一体が兵器と言ってもいい」


 そう言いレンジはスケッチを取り出す。細く引き締まった犬のような、四つ足のロボットが描かれている。


「中でも危険なのがこいつだ。これがビッグカメラには2体、ヨドミバシは1体いる。相手しようとは思わず、見かけたら全力で逃げてくれ」


 次に二本足の人型の、しかし防護服を着たような不細工なロボットのスケッチを見せる。


「こいつは各フロアに1体ずついる。だが節電のために非常時以外はスリープしているから警戒はしなくていい」

「わかったわ。しかし節電?」

「発電所が足りてないらしい。労働力も足りず、アンドロイドの見張りもいない。ビッグカメラ、ヨドミバシ共に1〜3Fに電子機器は集中している。だからこの地図を目に焼き付けて最短経路でパーツをかき集めて欲しい」


 なにやら本格的な話が進んでいるが、もしかしてこれは命を懸けた窃盗なのでは? 途端に他人事に見ていた俺も危機感を抱き、口を開く。


「その、見つかったらどうなるんだ?」


 レンジの代わりにアンナが答える。

 

「警備ロボはネットワークで連携してお互いデータをやり取りしているんだ。だから増援を呼ばれるだろうね」

「捕まったらどうなる?」

「あぁ、捕まる前に殺されるから捕まる心配は必要ないよ」


 さらっととんでもないことを言われるが、ミライは気にしていない様子だった。


「やってやろうじゃない!」

「ミライちゃんは勇敢だねぇ」

 

 俺は恐怖と焦りを1人だけ抱えているようで、それがまたさらなる焦燥に追いやる。


「ミライ、こんなんで納得するのか!?」

「ささっと盗んでくるだけでしょ? 平気よ!」

「簡単に言わないでくれよ……」

「この計画は、ビッグカメラとヨドミバシの2拠点に同時進行して潜入する任務である。その危険性は警備ロボにより甚大な物であるが、1〜3Fで速やかに物資を調達し、脱出しようじゃない」

「難しく言われても困る……なんでミライはそんな乗り気なんだ……」


 ミライは何をわかりきった事を、とでも言いたげに答える。


「そんなの、元の世界に帰るために決まってるでしょ。この世界で生きるにはレンジに協力するしかないじゃない」


 ミライの覚悟は、この状況でも揺るぎない物であった。

 そうだ、俺も駄々をこねる年齢じゃない。腹を括ることにした。


「分かった分かった! やってやる! アンナさん、よろしく頼む!」

「よろしくぅ! 僕も射撃は苦手だけどプログラマー同士頭脳で切り抜けよう! それに僕たちにはスタン・ガンもあるからね」

「なんだ、それは?」

「切り札の銃弾だよ。ロボットの回路にダメージを与えるんだ。作るのが難しいらしいから極力温存したいけどね」


 そして夜まで待機することになる。


「なあ、ミライ。いきなり命がけなのに怖くないのか?」

「そりゃ怖いわよ。でも元の世界に帰るためにはここで頑張るしかないからね」

「この世界で窃盗なんかしても元の世界に帰れる保障なんか無いが……」

「いえ、私の直感ではそうすれば帰れるわ」

「直感ねぇ……まあどのみちレンジ達に協力するしかないか。……なあミライ、死ぬなよ」

「それを言うならカイこそ。一緒に平和な世界に帰りましょう!」

「あぁ!」


 俺たちはハイタッチを交わし、分かれる。


「アンナさん、よろしく頼む」

「組むのが僕でごめんね」

「いや、ミライと組んでも俺は足を引っ張りかねないから……」

「え? 一番強いレンジと組みたかったんだろうと思って言ったんだけど……そっかぁ、本当はミライちゃんと組みたかったんだねぇ」


 アンナのニヤニヤ笑う顔を見て、俺は羞恥心に包まれ、慌てて言い訳する。


「ただ射撃が不得手な二人が行動するのが不安なだけだよ!」

「ま、スタン・ガンもあるし大丈夫だよ!」


 そして俺とアンナはヨドミバシに向かう。その店の入口はシャッターが閉まっており、傍らにはカードをかざすためのデバイスが壁についていた。

 シャッターを開けると,透明なガラスで出来た自動ドアがその姿を現す。

 仮にこれを割って入ったら、おそらく警備ロボがたちまち現れるのであろうことは容易に想像できた。


「0時ジャストに向こうと同時にロックを解除するからね」

「了解だ。なぁアンナさん、何分あれば窃盗は終わるかな」

「呼び捨てで良いよ。まあ20〜30分ってところじゃないかな?」

「そうか。そう言えばアンナっていくつなんだ?」

「17歳らしいよ」

「らしい?」


 アンナは童顔で小柄なため、14歳くらいかと思っていたが、それより言い方が引っかかった。


「僕はね、9歳くらいの時に捨てられたんだ」


 突如重い過去を語るアンナ。その表情は特に感情を宿しておらず、まるでニュースを読み上げるかのように言った。


「そう、だったのか」

「なんでそんな悲しそうなの?」

「……アンナは捨てられたこと気にしてないのか?」

「? 別に普通のことじゃん。僕には親から与えられた名前もあるし苗字も憶えてる。恵まれてるよ」


 どうやらこの時代では捨てられることはありふれたことらしい。

 おまけにアンドロイドとの命のやり取りも日所茶飯事。

 改めて過酷な世界だと思った。


「しかしレンジも女の子やこんな素人を使うなんてな。争いに巻き込まれてつらくないのか?」

「なに温いこと言ってんのさ。生きるって争うってことでしょ」


 確かに、そう言われると反論が出来なかった。


「あ、ごめん、責める気はないんだ。ただレンジのことを悪く言われた気がして」

「レンジのことを慕ってるのか」

「レンジは僕を拾ってくれたからね」

「冷たい人間だと思っていたが、案外心優しいところもあるのか」

「あれでも昔はよく笑ってたんだけど色々あってね」


 常に無表情のレンジが笑うところなど想像できなかった。


「……レンジ、ああ見えて射撃は上手いけどE言語はAランクまでしか解けないんだ。これ、本人コンプレックスだから言っちゃ駄目だよ」

「そうなのか? まあ俺も射撃は苦手だからな……人には向き不向きがあるのだろう。ところでアンナはなんでイアンって呼ばれてるんだ?」

「あぁ、それはね……ってそろそろ0時だ、突入するよ!」

「分かった!」


 アンナのお陰で緊張も少しはほぐれた。俺はやれる。

 そして俺たちはカードリーダーにカードをかざす。


import hashlib


def multi_layer_unlock(neural_signature, quantum_network_data, vocal_biowave_pattern,

hyperfacial_encryption, retinal_crypto_map, satellite_coords,

kinematic_acceleration):

combined_data = (

f"{neural_signature}{quantum_network_data}{vocal_biowave_pattern}"

f"{hyperfacial_encryption}{retinal_crypto_map}{satellite_coords}{kinematic_acceleration}"

)

unlock_code = hashlib.sha256(combined_data.encode()).hexdigest()

return unlock_code


neural_signature_data = "neuroG6-quantumX"

quantum_network_data = "Q1287_crypticStream"

vocal_biowave_pattern_data = "vocalNeuroCipher_9x"

hyperfacial_encryption_data = "hyp3rFaCialX_decryptor"

retinal_crypto_map_data = "r3t1naLm4p_Cipher1337"

satellite_coords_data = "sat3ll1t3GPS_X893"

kinematic_acceleration_data = "kin3m4tic5_accel-Xtreme"


result_code = multi_layer_unlock(neural_signature_data, quantum_network_data,

vocal_biowave_pattern_data, hyperfacial_encryption_data,

retinal_crypto_map_data, satellite_coords_data,

kinematic_acceleration_data)


print(f"Generated Multi-Layer Unlock Code: {result_code}")



 多元ロックはあっさりと解除される。

 俺は息を深く吸い、覚悟を決めて潜入する。

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