計画

 薄暗い部屋の中で、地図上をボールペンが軽やかに滑る。レンジの語る声が部屋に響く。


「では、計画を話そう。ここは東京のイケブクロ西地区。イケブクロ東地区の電気街へ向かい、コンピューターのパーツを略奪する」


 目の前の地図は、交錯する道路や立ち並ぶ建物、それらが織りなす情報が示されていた。


「電気街……そこでパーツを略奪するなんてまさか窃盗でもするのか?」

「そのまさかだ」


 窃盗。その言葉は法と秩序の存在を微塵も知らなさそうなこの世界では、どこか虚無的な響きを持っていた。


「窃盗はなんのために行うのかしら?」

「ハッキングをするためのコンピュータを組み立てるためだ」

「ハッキング……? アンナならそれが出来るのかしら?」

「あぁ。我々の目的は国家の中枢を担うシステムにハッキングし、その中枢システムを破壊することだ。中枢システムとアンドロイドはネットワークで連動している。だから破壊すればアンドロイドの機能停止を意味する」

「なるほどな……窃盗に成功さえすればアンドロイドの支配を崩せる訳か」


 ただ、政府へのハッキングは容易ではないだろう。

 これはあくまで最初の一歩に過ぎない。

 それに俺はアンナのハッカーとしての技量に大して信頼を置いていなかった。

 ハッキングならC言語であれば俺も出来る。

 こんなわけのわからない少女より俺の方が上のはずだ。


「4人でパーツを窃盗するならきっと成功率も上がるわね!」

「僕の自慢のテクニックが光るときが来たね」


 ミライとアンナはまるで日常の一部のように、この計画を受け入れた。

 しかし、なんらかのスマートな方法で略奪するのかと思ったら何の捻りもない。あまりにチープな作戦に感じた。


「決行はいつかしら?」

「決行は再来週の夜だ。他にも仲間がいるが、〝カレン〟には別の任務を与えている」

「カレンって?」

「戦闘専門の別働隊隊長だ。まあカレンは暴れすぎかねないからちょうどいい」


 大して興味がなかったが、一応聞いておく。


「どんな人物なんだ?」


 アンナが代わりに答える。


「あたしは名前通り可憐な女の子だってのに、とか言いながらアサルトライフルを乱射する子だよ」

「危険人物じゃないか……」

「まあ見た目に惑わされると火傷するね」


 しかし再来週……思ったより悠長な気がする。


「決行までの2週間は君たちの訓練に割り当てる」

「訓練? なんの?」

「射撃訓練と、〝E言語〟の訓練だ」


 E言語、という言葉につい反応する。


「E言語? まさかC言語の進化版か?」

「いかにも、A〜D言語、それらに連なる第5の言語、E言語が世界の主流だ」


 技術の進化は、かつての人類には到達しなかった次元……C言語からE言語へと導いたのか。どこか未来を感じていた。 

 しかしミライは困惑していた。

 

「私、プログラミングなんてやったことないわよ」

「だからこその2週間だ。頑張ってくれ」


 そして夕暮れの空の下、その日のうちに訓練が始まった。

 まさかこの世界でもプログラミングを、そして射撃までさせられるとは思っていなかった。

 俺は射撃訓練に、ミライはE言語の訓練に大いに手こずることになる。


「次の問題だよ。入力された数字が素数だった場合、〇、そうでなかったら×と表示されるプログラムを書いてね」

「了解」


#include <stdio.h>

int main() {

for (int num = 0; num <= 7; num++) {

int isPrime = 1; // 1: true, 0: false

for (int i = 2; i < num; i++) {

if (num % i == 0) {

isPrime = 0;

break;

}

}

if (isPrime) {

printf("〇\n");

} else {

printf("×\n");

}

}

return 0;

}


「えっもう解けたの?」

「まあ朝飯前だな」


 俺はC言語が得意だったこともありあくびも出そうになるほど余裕でコードを書けたが、ミライは手を焼いていた


「これは難易度Dランクの問題だよ。2週間でCランクまで解けるようになれってさ」


 ミライが恐る恐る手を上げる。


「あのー、そもそも素数って何?」

「え? 数学苦手なの?」

「キーボード打った経験もないし……」

「そうか、参ったね……」

「それになんでE言語を学ぶ必要があるのよ?」

「アンドロイドはね、E言語で動いてるんだよ。だからE言語を学ぶことは敵を知る上で有効なんだ」


 E言語を学べば何かしら有益な情報が得られるかもしれない。

 俺はそれを持ち帰り、元の時代で公表することを考えていた。


「なあアンナさん、俺にはDランクは簡単すぎるからBランクかAランクの問題をやっていいかな」

「うん、良いと思う。ちなみに僕はSランクの問題も全部解けるけど、君もSランクめざしてみたらいいんじゃないかな」

「こ、これが簡単……?」


 ミライはわなわなと震え、露骨に機嫌を損ねた。

 俺は元の世界で使っていた言語と考えが概ね一致していたため、土が水を吸うようにE言語を吸収出来たが、全くの初学者には難しいのだろう。


「ま、まあミライちゃんは射撃の方頑張って貰おうかな……」

「……ぐすん」


 俺にとって問題となるのは射撃だった。


「的に命中どころかかすりすらしてないよ! しょうがないから、5mじゃなく2.5mの距離から射撃して」

「カイってばこんな簡単な事も出来ないのね」

「ぐっ……」


 ミライは射撃のセンスがあるのか、5m離れたところからも俺より小さな的に弾を当て、得意気に笑みを浮かべる。


「射撃も25m離れた距離から的に当てられるようになってってさ。これは生き延びるための手段だよ」


 25mと聞いて気が遠くなる。今の距離の10倍も離れた距離から2週間で……


「射撃は僕も苦手だから頑張れー」


 アンナの応援が、虚しく響き渡るかのようだった。


「仮にアンドロイドがE言語の問題を解けば一瞬でSランクでも正解を導くし、銃撃も25m離れていようがハンドガンで的確に当ててくる。立ち向かうには努力するしかないんだ」

「アンドロイドってそんな凄いのね……」


 努力という言葉は俺にとっては抵抗感を抱かせるものだった。俺はセンス型の人間であり、瞬時の洞察力や直感に頼ってきた。だが、アンドロイドのスペックが高い現実を前にすると、努力以外に道はないと感じざるを得ない。

 1人で苦しんでいると、ミライは後ろから俺の手を取る。

 ミライの体温と呼吸が伝わる。


「射撃はね、脇を締めるの。そして銃口をやや高めに設定するのよ」


 そのアドバイスに従い、慎重に銃口を的に向ける。

 そして、緊張と集中の中、俺は銃弾を放つ。その銃弾は、ほぼ的の中央を貫いた。


「やれば出来るじゃない」

「……ありがとう」


 ミライも女性が男性に身体を密着させるというシチュエーションに気づいたのか、慌てて距離を取り、顔を赤らめつつ言う。


「見かねただけだから変なこと考えないように!」

「あ、あぁ。しかしミライはまるで射撃に慣れているみたいだな」


 その時、どこかから銃声が響いた。

 それも一発でなく、何発も。


「な、なんだ!?」


 しばらくして銃声が止む。


「まさかアンドロイドが攻めてきたのか!?」

「私たちも応戦するわよ!」


 俺は逃げたかったが、ミライが迷わず駆けていったため、釣られて音の方向へ向かう。

 見ると男が血を流して倒れており、男の傍らにはレンジが立っていた。

 レンジは無表情で告げる。


「射撃訓練の銃声を聞いてアンドロイドが近寄ってきたので始末した」

「そう言えばサプレッサーも着けずに考え無しに撃ってたな……」

「いや、おびき寄せる必要があったからこれでいい」

「おびき寄せる?」

「言っただろう、まともなコンピュータがないと。こいつらから調達する必要があった」


 レンジがどうやってアンドロイドを始末したのかは気になった。

 しかしアンドロイドとは言え、見た目は人間と変わらないのに躊躇無く殺すのがこの世界では当然なのだろうか。

 アンナがハンマーとナイフを手にし、レンジに尋ねる。


「頭は残した?」

「無論だ」

「よし! じゃあやるね」


 そしてアンナはアンドロイドの頭をかち割る。


「おえっ……」

「ミライ、見ない方がいい」


 女の子が人間の頭を解剖するという光景はショッキングだが、やがて頭から小さなコンピュータを取り出す。


「こんなものが頭の中に……これさえあれば略奪なんてしないで済むんじゃないか?」

「いや、こいつにそれほどの性能はない。君達は訓練を続けてくれ」


 そして夜、ミライと一緒に休憩する。


「なあミライ、俺達帰れるのかな……」

「きっと帰れるわよ。私の記憶もいつか戻るはず」

「前向きだな……俺はこんな世界来たくなかった」 

「私が光に入ろうなんて言ったからこうなったのよね……」

「あぁ、アンドロイドとはいえ、人を平然と殺す世界なんていやだ」

「……私が記憶が無いばかりに巻き込んでしまってごめんなさい」


 しおらしくなるミライを見て、俺は反省した。

 ミライだって好きでこんな世界に来たわけではない。

 

「悪い、つい弱気になって。こうなったらE言語やこの時代のテクノロジーを持って帰って元の世界で公表しよう!」

「えぇ、なんとしても戻りましょう! カイ、私で良かったらなんでも相談して」

「まあミライが役に立てるとは思ってないけどな」

「もう、失礼ね!」

「冗談だよ。どんな手を使ってでも元の世界に帰るんだ!」

「……えぇ!」


 いつの間にか、俺がミライを支え、ミライが俺を支えるという関係が成り立っていた。

 もっとも、これは俺の主観でありミライから見たらどうかは分からないが。

 ただ、勝ち気な笑みを浮かべるミライを見ると元気を貰えることは確かであった。

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