第36話
訓練用に用意された武器の中から弓矢を選んで装備した皇真がスライムと向かい合う。
「待った待った野々原先輩!」
今から始まると言うところで遠くから声が掛かる。
見ると姐月姉さんが走って観客席を下ってきているところで、その後ろを小走りに姫月姉さんも付いてきている。
「案内役ってのは天条達だったか。まだ皇真の方は始まってないから安心していいぜ。」
「二人共、ナイスタイミングだね。」
南川先輩が二人を手招きしながら言う。
何か用事で別行動をしていたが、終わったのか戻ってきた様だ。
「良かったわ、間に合ったみたいね。」
「ソフィアちゃんの戦いぶりを見られなかったのは残念ですが、その様子だと問題無さそうですね。」
「はい、無事に勝つ事が出来ました。」
姫月姉さんの言葉にソフィアが笑顔で頷く。
「おめでとうソフィア、やるわね。」
「おめでとうございます。」
「お二人共、ありがとうございます。」
二人から言葉をもらって嬉しそうに笑っている。
目的の槍を仮購入する為の資金が半分以上も手に入ったのだから嬉しくない筈が無い。
「それじゃあ次は皇真の番ね。」
「見逃す訳にはいきません。」
「ん?お前ら知り合いか?」
南川先輩と違って説明を受けていない野々原先輩はまだ三人が姉弟だと言う事を知らない。
「知り合いも何も皇真は私達の弟ですよ。姉としてしっかりと戦いぶりを見届けないといけないんです。」
「走って戻ってきた甲斐がありましたね。」
「ほほう、天条達の弟か。それは面白い事を聞いた。」
二人の言葉に野々原先輩が皇真に視線を向ける。
まるで獲物を見る肉食獣の様な目だ。
「な、何やら寒気が。」
皇真が身体をブルリと震わせている。
「一先ずスライムとの戦闘だ、早速やってみろ。スライムにも本気でやらせて構わん。」
「あれ?なんかさっきと対応が違いませんか?」
野々原先輩の言葉に思わず皇真が尋ねる。
先程は致死性のある攻撃はさせない様に支持していたのに、自分の番になった途端に手加減無用になってしまった。
「気にするな。この二人の弟ならハンデはいらん。」
どうやら姉達のせいでそう判断されてしまったらしい。
皇真は知らなかったが姉達はダンジョン探索を普通にしているらしいので、野々原先輩に認められているくらい強いのかもしれない。
「分かりました、それではいきますよ?」
「まあいいですけど。お願いします。」
スライムに本気になられるくらいなら別に構わない。
テイマーの先輩に一礼してからスライムを見る。
「では始め!」
「スラりん、突撃!」
野々原先輩の宣言を受けて直ぐにテイマーがスライムに指示を出す。
プルプルと揺れていたスライムがその場から皇真に向かって飛び出してきた。
「速っ!?」
先程のソフィア戦と比べて明らかに速くなっているスライム。
どうやら力を抑えて戦っていたのは本当らしい。
ダンジョンにいる普通のスライムと比べても明らかに速度が違うので、レベルを上げてステータスもそれなりに伸びているのだろう。
「連続で突撃だ!距離を詰めて戦うんだ!」
テイマーの指示通りに皇真に回避されても至近距離で何度も何度も飛び掛かってくる。
「弓使い相手に近接戦ってのは容赦が無いな。スライムもよく鍛えられている。」
皇真が回避する度にそれを先読みする様に次の攻撃がどんどん鋭くなっていくのだ。
何度か身体に当たりそうな攻撃もあった。
「まあ、俺が弓しか扱えなかったら危なかったんだろう、な!」
皇真がタイミングを見計らって回避と同時にスライムを下から掬う様に蹴り上げる。
突撃の速度が出ていたので、皇真に軌道を変えられてかなり高くまで浮かび上がった。
「スラりん!?」
「空中ってのは簡単に身動きが取れないだろ。」
背中の矢筒から矢を一本抜いて弓に番える。
そして空中に打ち上げられたスライムに照準を定める。
「防御だ!矢くらい跳ね返してやれ!」
「さっき見た耐久度的には充分貫ける。」
腕を魔装した皇真が弓の限界まで矢を引いてから放った。
ソフィアのアーツよりも速く真っ直ぐに飛んでいった矢は、スライムの核のど真ん中を撃ち抜いて破壊した。
核を失い空中で身体を維持出来無くなったスライムは従魔の心をドロップさせて消えた。
「よっし、200万ゲット!」
スライムを倒した事を確認して皇真がガッツポーズを取る。
皇真にとって大して強く無い魔物を倒して200万円も貰えるなんて、こんなに美味しい話しは無い。
大金を簡単に手に入れて思わず舞い上がってしまう。
「皇真、想像以上だぜ。」
「うおっ!?ビックリした。突然後ろから声を掛けないで下さいよ。」
観客席からいつの間にか背後に移動していた野々原先輩に驚いて数歩後ずさる。
舞い上がっていたとは言え接近に気付かないとは恐ろしい速度だ。
「すっごいよ皇真っち!」
「とても鮮やかな戦闘でした。」
「いやー。」
続いて観客席から来た凛とソフィアに褒められて皇真は照れながら頭を掻く。
美少女同級生達に褒められて悪い気のする男はいないだろう。
「うんうん、実戦経験が少ないのに本当に綺麗な戦闘運びだったよね。」
「スラりんがあれだけ圧倒されるとは。STRやMATが非常に高いのかもしれない。」
「あはは…。」
とても答えづらいので南川先輩とテイマーの先輩の言葉に愛想笑いをしておく。
確かにミノタウロスや何体かの魔物を倒した事でレベルは既に14もあり、STRの数値も高かったのでスライムくらいなら簡単に圧倒出来てしまった。
「サバイバーなのは当然知ってるけど、やっぱり何か隠していそうね。」
「実戦を見たのは初めてですけど、明らかに戦い慣れている様子です。頻繁にダンジョンに潜っている…とは思いませんけど、篠ちゃんを助けた日に何かあったのかもしれませんね。」
「…。」
姉達二人がこそこそと何かを話し合っている。
聞こえはしないがとても怪しむ様な視線を向けられていて上手く愛想笑いが出来ているか分からない。
後でご機嫌取りをして二人の警戒心を解くと心に決めた。
「まあ、なんにしてもクエストは達成だ。」
「そ、そうですね!いやー達成出来てよかったなー!」
野々原先輩の言葉にこれ幸いとばかりに乗っかって皇真が嬉しそうに大きな声を出す。
実際に大金を得られたのだから嬉しい。
「推薦って事は学生証は持っているな?」
「「はい。」」
「学生証のID番号を教えてくれ。そこに送金する。」
野々原先輩に言われて皇真とソフィアが学生証を取り出して見せる。
クレジットカードの様な役割りも担っているので非常に便利である。
「それじゃあ200万ずつ送っておくぞ。」
野々原先輩がスマホを取り出して送金作業を行おうとする。
「野々原先輩、その前に少しお願いがあるんですが。」
「何だ?」
「送金額なんですけど、俺は50万円でいいのでソフィアに350万円送ってもらえませんか?」
元々クエストを受ける事になったのはソフィアの槍の仮購入代金を集める為だ。
皇真は大金を簡単に手に入れられるので一緒に受けただけで50万円貰えればそれでも充分だった。
「別に構わねえが何でだ?お前中学生でもう貢ぎ癖でもあるのか?」
「「違います!」」
「違いまってあれ?」
野々原先輩の言葉を否定しようとしていたら、それよりも早く食い気味に否定の声が二つ入った。
「ソフィアちゃんが仮購入するのに少しお金が足りないので優しい皇ちゃんが出してあげるだけです。」
「好きで貢いでるとかじゃないから、勘違いしないで下さいね。」
「お、おう。」
姉達の迫力に大柄の野々原先輩がたじろいでいる。
「って事なんでお願い出来ますか?」
「分かった。」
野々原先輩が頷いてスマホを操作する。
「皇真さん、本当に宜しいんですか?」
「ああ、これから何個もクエスト受けるのも時間が掛かるだろうしな。」
「ありがとうございます。このお礼は栄華に入学してからお返ししますね。」
「あまり気にしなくてもいいんだけどな。」
仮購入出来てもソフィアはかなりの借金を抱える事になる。
お礼よりも返済を頑張るべきだろう。
「それじゃあさっきの槍を買えるんだね!良かったねソフィアっち!」
「はい、早速他の人に買われない様にお店に向かいたいのですが。」
「ソフィアちゃん、そこは安心していいよ。今店に連絡して取り置きしてもらう様に伝えておいたからさ。」
そう言って南川先輩がスマホを持った手を振っている。
仕事の出来る先輩である。
「本当ですか!南川先輩、ありがとうございます!」
「これで全部予定通り事が進んだな。野々原先輩には感謝しないとな。」
このクエストが無ければ槍の代金を稼ぐのにかなり時間が掛かっていただろう。
その間に買われてしまっていたかもしれない。
「そうかそうか、良かったじゃねえか。だったら感謝の印にもう少し付き合っても罰は当たらねえぜ?」
「えっ?野々原先輩?」
何故かがっしりと野々原先輩に肩を組まれてしまった。
大柄で力も強いので抜け出せる気がしない。
「皇真、追加クエストだ。拒否権は無え。受けてくれるな?」
そう言われて目の前に野々原先輩のスマホの画面が現れる。
表示されているのは人材発掘目的のクエストであり、野々原先輩とのタイマン勝負と言う内容だった。
「…えーっと。」
「俺のおかげでソフィアが武器を買えてお前も50万手に入れた。ダンジョンに潜れない奴からすると50万はかなりの大金だよな?」
「それはそうだと思いますけど。」
実際に50万円も手に入れて残りの東京観光が豪華になるのは確定している。
スライムを倒したくらいでこんなに大金をくれた野々原先輩には感謝しかないのは事実だ。
「あらら、諦めた方がいいよ皇真君。野々原君がこうなったらやるまで暫く付き纏われる事になるから。君のお姉さん達みたいにね。」
憐れむ様に天条姉弟を見る南川先輩。
どうやら野々原先輩はこう言った行動をよくしている戦闘狂らしい。
「何度断っても戦うまで納得してくれませんでしたからね。」
「戦闘狂過ぎるのよね野々原先輩って。」
姉達が小さく溜息を吐いている。
皇真と同じ様な目に合った事があるのだろう。
「そう言う事だ。悪いが諦めろ。」
「はい…。」
皇真は逃げられない事を悟って諦めた様に頷くのだった。
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