第37話

 野々原先輩の新しいクエストは断れないと理解して渋々受ける事にした。

これ以上実力が露呈すると姉達の視線が更に厳しくなりそうなので遠慮したかったのだが避けるのは無理そうだ。


「そんじゃあ早速やるか。皇真も大して疲れていないみたいだしな。」


「野々原先輩、ちょっと時間もらえます?」


 早速戦おうと言い出した野々原先輩を姐月姉さんが止める。


「ん?どうした?」


「皇ちゃんにプレゼントがありまして。」


「プレゼント?何かくれるの?」


 どうやら姉達が何かをくれるらしい。


「野々原先輩の事なので皇ちゃんに勝負を挑んでくるのではないかと予想していたんです。なので先程二人で装備屋に行ってきました。」


「予想的中だったわね。」


 用事と言って抜けたのは装備屋に買い物に行っていたかららしい。

この事を見越して皇真の装備を買ってきてくれた様だ。


「最初は戦うつもりなんて無かったぞ?サバイバーとは言えあれだけ動けるとは思っていなかったからな。」


 まさか中学生でここまで魔装を使いこなしている者がいるとは思わなかった。

ソフィアも中々だったが皇真はまだまだ実力を隠している感じがしていた。


「まあ、皇真は昔から運動神経が良かったですからね。魔力の扱い方も独学で理解してるみたいだし、あれくらい動けても不思議は無いかも。」


「そ、そうなんだよ!魔装の使い方が分かったら色々試してみたくてさ!高校生になったらダンジョンにも潜りたかったし、暇な時に動き回って自主トレーニングしてたんだ!」


 たまに魔装を使っていたのは本当だ。

足に魔力を纏わせるだけで速く移動出来る様になるので、日常生活の移動の時短で活躍していた。


「そう言う事にしておいてあげましょう。ですから野々原先輩とは思う存分戦っていいですよ。」


「皇真が負けるとこも見たくないしね。」


 一先ず姉達からの高い実力についての追求はここまでの様だ。

その代わりに負けるのは許さないと言う感じが伝わってくる。

優秀な皇真ではあるが中学生に中々無茶を言ってくれる。


「期待に応えられる様に頑張るよ。」


「宜しい、それじゃあこれは私と姫月からのプレゼントね。」


 姐月姉さんの手に弓と矢筒が現れたのでそれを受け取る。

収納系の魔法道具の腕輪を身に付けている様なので、その中に入れていたのだろう。


「おー、強そうな弓と矢筒!」


 先程使用した訓練用の物とは明らかに違う。

ダンジョン産の魔法武具だろう。


「それじゃあ私がこの二つについて皇真君に教えてあげよう。」


 南川先輩がこの弓と矢筒について解説してくれる。

弓はロングレンジと言うスキルが付加されていて、相手との距離が開く程与えるダメージが向上する。

矢筒は魔矢生成と言うスキルが付加されていて、魔力を消費して時間制限で消える矢を幾らでも生み出せるらしい。


「中々奮発したね二人共。」


「愛する弟の為ですからね。当然の事です。」


「入学したら一緒にダンジョン探索もしたかったし、皇真に装備をプレゼントするのは前々から決めてたんです。」


 南川先輩の言葉に姫月姉さんが微笑み、姐月姉さんが胸を張っている。

初期装備を整えるのにはそれなりにお金が掛かるので正直有り難い。


「愛されてるね皇真っち。」


「昔からよく実感してるよ。」


 凛の言葉に頷きながら答える。

昔から姉達に好かれているのは自覚している。

この歳になっても弟離れ出来ていないのは少し問題がありそうだが、この一年間別々に暮らしていて久しぶりに再開出来たので姉達も嬉しいのだろう。


「そしてこちらも返しておきますね。」


「えっ!これって!」


 姫月姉さんが収納系の魔法道具から取り出したのは打根や魔石だ。

久しぶりに見たが忘れる筈も無い。


「あの時皇ちゃんが持ち帰った物です。皇ちゃんが高校生になるまで預かっていたんです。」


 これらは篠妹をダンジョンから救う際に魔物達を倒してドロップさせた戦利品だ。

無事に帰った後に皇真の手元から離れて管理されていたが、まさか姉達が持っているとは思わなかった。


「売られてなかったんだね。」


「勝手に人の物を売ったりしないわよ。あの時は価値が分からなかったけど、今なら理解出来るわ。皇真の異常性もね。」


「あははは。」


 拳大の魔石は打根と一緒に宝箱から出た事にしている。

だが他の小さな魔石は魔物を倒した証拠品だ。

魔石の数だけあの時に魔物を倒している事になる。

姐月姉さんがジト目を送ってくるので笑って誤魔化しておく。


「装備が揃ったなら準備は良いか?」


 野々原先輩が待ちきれない様子で皇真に聞いてくる。


「そうですね、やりましょうか。姉さん達有り難う。」


「気にしないで下さい。」


「ガツンとかましてきなさいよね。」


 姉達に応援されて舞台へと送り出される。


「久しぶりの対人戦だ、腕がなるぜ。」


 野々原先輩が嬉しそうに笑って指の関節をバキボキと鳴らしている。

体格も良いので側から見たら虐めの現場にでも見えているかもしれない。


「手加減して下さいね?」


「あまりそう言うのはしたくねえんだがな。本気でやらねえと楽しめねえだろ?」


「まだダンジョンに入る資格も無い中学生ですよ?」


 この世界ではサバイバーとは言えダンジョンに潜る資格の無い子供だ。

そんな相手に野々原先輩の様な強そうな人が本気を出さないでほしい。


「まあ、多少は配慮してやる。だが皇真も本気で来いよ。そして俺を本気にさせてみろ。」


 全く配慮してくれなさそうな野々原先輩が凶悪な笑みを浮かべて言う。

姉達の弟だからとかなり期待されている様だ。


「嫌ですよ。野々原先輩強そうですもん。疲れや大怪我で東京観光が出来無くなるのも嫌ですし。」


 まだ東京に来て二日目だ。

残りの日数を考えると安全に立ち回りたい。


「そこは安心していい。アリーナ自体に魔法道具が設置されていて死や大怪我をさせる様な攻撃は相手の意識を奪う様に変換される。それに多少の怪我であれば綺麗に治してしまう魔法道具も設置されている。」


 どうやら心配事も無く思い切り戦える設備が整っているらしい。

変に怯える心配がいらないのは助かる。


「そう言えば報酬に付いて伝えていなかったな。」


 皇真のやる気を引き出す為か、野々原先輩がそんな事を呟いた。


「えっ?このクエストも出るんですか?」


「クエストなんだから当たり前だろ?そうだな、最低報酬300万、俺を満足させる戦いが出来たら1000万払ってやる。どうだ?」


「1000万!?マジですか!?」


 その金額に皇真は驚愕する。

現役中学生には縁遠い金額である。


「マジだ。これでも蓄えはかなりあるからな。」


「ダンジョン探索ってそんなに稼げるのか…。」


 前世の頃と比較してもとんでもない稼ぎだ。

探索者がこれ程稼げるとは思っておらず、皇真にとっては嬉しい誤算だ。


 知識のある皇真なら安定した収入も望めるので、高校生になったら本格的にダンジョン探索に力を入れるのもアリだと考えていた。


「あんな額をポンと出せるなんて探索者って凄いですね!」


 観戦席にいた凛も二人の会話が聞こえて驚いていた。

ソフィアも声には出さず静かに驚いている。

やはりお金の価値観がダンジョンを探索する者としない者とでは随分違う。


「そんな額を簡単に払えるのは一部の探索者だけだと思うけどね。稼ぎの多い探索者からすると痛くない出費みたいだし。」


 南川先輩が凛とソフィアから反対方向に視線を移す。


「どうしてそこで私達を見るのかしら?」


 視線に映るのは姫月姉さんと姐月姉さんだ。


「二人が皇真君の為に買った装備の額が私に分からないとでも?装備屋で働いているんだよ?」


 店員として優秀な南川先輩は商品の値段をしっかり暗記していた。

あの二つも気軽に買える値段では無い。


「元々皇ちゃんと一緒にダンジョン探索をしたいと思って二人で貯金していましたからね。そのお金ですよ。」


「だからと言って二つ合わせて2000万円以上もする装備を簡単には買えないよ。それに君達の場合は仮購入じゃないだろうしね。」


「2000万円!?す、すごいですね。」


 ソフィアもその金額に驚く。

仮購入する槍よりは安いが、2000万円も充分に大金である。

学生がポンポン払える金額では無い。


「この二人も野々原君と同じで一流の探索者だからね。」


「一流の探索者。」


 少し恥ずかしそうにしている二人を凛とソフィアが尊敬する目で見ていた。

そして皇真と向かい合っている野々原先輩も同じく一流の探索者である。


「俺にとってはそこまで痛くない出費だが、まだダンジョンに潜れない奴には魅了的な金額だろう?それにダンジョンに潜る様になれば色々と金が掛かるから今の内に蓄えがあって損は無いぜ?」


 一人で何かを考え込んでいた皇真に野々原先輩が言う。

装備が揃っても消耗品の類いもある。

ポーションやステータスカード、武器や防具のメンテナンスだってお金は掛かるのだ。


「確かにそうですね。やる気出てきました。」


「そうこなくっちゃな。」


 皇真のやる気を引き出せて野々原先輩もご満悦だ。

二人は戦いの為に舞台に進む。


「野々原先輩は武器はいらないんですか?」


 弓と矢筒を装備した皇真と違って野々原先輩は武器を装備していない。

収納系の魔法武具も付けている様子は無い。


「安心しろ、舐めプしてる訳じゃねえ。戦う時の普段のスタイルだ。」


「成る程。」


 素手で戦う者も前世では普通にいた。

スキルの中には拳で戦う事で真価を発揮するものもあるのだ。


「野々原先輩は素手なんですね。」


「いつもそうやって戦ってるからね。」


 何度か戦いを見た事がある南川先輩が肯定する様に頷く。


「つまり武闘家って事ですか?」


「そうだけど武器が使えない訳じゃ無いわ。武闘家だけど剣士にもなれるし槍使いにもなれるの。」


 姐月姉さんの言葉に二人が首を傾げる。


「戦闘センスがずば抜けて高いので、どんな武器でも扱えてしまうのです。なので野々原先輩が言うには、武器は相手から奪って使う。そうすれば戦力アップと戦力ダウンが同時に行えて楽だとの事です。」


 実際に野々原先輩と戦った者にしか理解出来無い事だ。

しかし姫月姉さんも姐月姉さんもそれを経験していて、その言動を馬鹿には出来無いし疑う事も無い。そんな事を平然と出来てしまうのが野々原恭介と言う男なのだ。


「まあ、武器に頼らなくても野々原君は充分強いけどね。」


「そんな戦い方をする人もいるんですね。」


「面白ーい!」


 ソフィアは一挙手一投足を見逃さない様に、凛は二人の戦いを楽しむ様に舞台に視線を向ける。


「涼音、開始の宣言を頼む。」


 皇真とのやり取りを終えた野々原先輩が観戦席に向かって言う。


「はいはーい、お任せあれ。」


 南川先輩がその場で立ち上がって舞台を見る。


「準備はいいかな二人共?」


 南川先輩の言葉に舞台の二人が無言で頷く。


「それじゃあ始め!」


 南川先輩の掛け声で追加のクエストが始まった。

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