第34話

 南川先輩がお勧めしてくれたのは戦闘系のクエストであった。

既に魔装を習得していて武器の扱いも出来ると聞いて一番稼げそうなクエストがこれであった。


「栄華だからダンジョンに潜っている学生も多い。そうなると優秀な後輩達をスカウトして一緒にダンジョンに潜りたいと考える者も多くなるんだ。その為のクエストだね。」


「成る程、優秀なスキル持ちや戦闘技能を持つ者の人材発掘ですか。」


 クエストを見ながら納得した様にソフィアが呟く。

ダンジョンは命の危険がある場所なので一人での探索は推奨されていない。

パーティーやクランを作って大人数での探索が基本である。


 そうなると誰しもが優秀な後輩がいれば自分のパーティーやクランに勧誘したいので、その人材を見つける為にクエストを出しているのだ。


「先輩達は後輩をスカウトする機会が今後どうしても多くなるわ。早めに実力を知っておきたい人は多い筈よ。」


「ふむふむ、つまりアピール出来れば先輩達から勧誘されまくりって事ですね。」


 凛が何を想像しているのか表情を緩ませながら言う。


「まあ凛ちゃんは今回無理だけどね。」


「そうでしたー。」


 自分がアピールする為の条件を満たしていない事を思い出してがっくりと肩を落とす。

サバイバーか入学してダンジョンに潜れる様になった者でなければこのクエストは受けられない。


「ちなみに発注者は野々原君だね。」


「野々原先輩ですか、成る程。」


「あーね。」


 南川先輩がクエストの発注者の名前を言うと姉達が納得した様な表情となった。

全員その野々原先輩と言う人を知っている様だ。


「その野々原先輩と言う方は何かあるのですか?」


「色々と理由があって強者を求めているわね。だから優秀な新入生は把握しておきたいんでしょ。」


「野々原君の提示したクエストの内容は普通のスライムとの戦闘ね。野々原君の目の前で実際に戦って見せる事が条件と。ちなみに戦闘報酬は200万円ね。」


「そ、そんなに!」


 報酬額を聞いて皇真達は皆驚く。

ダンジョン関連の動画や情報を見聞きしていればスライムの事は当然知っている。

ダンジョンの中でも浅い階層に多く生息していて、初心者向けの魔物として有名だ。


 ダンジョン産の武器防具、魔力の扱いや攻撃スキル等を持っていれば特に苦労する事も無く倒せる魔物である。

そんなスライムを倒して200万円も貰えるとは破格過ぎる報酬である。


「スライムって魔物の中でもかなり弱い部類ですよね?」


「それだけ人材発掘にお金を掛けたいのでしょうね。高額な分情報は独占出来るでしょうし。」


 発注者の前で戦闘を行うと言う事は誰かに話さない限り戦闘の現場に居合わせた者しか新入生の強さを把握出来無い。

その情報に野々原先輩と言う人は200万円払う価値があると思っている様だ。


「野々原先輩以外はその戦闘を実際に見る権利が無いものね。私達は関係者だから見せてもらえると思うけど。」


「と言うかスライムって事はダンジョンに潜るんですか?」


 魔物はダンジョンの中に生息している。

地上には現れないので戦うとなればダンジョンに潜る必要がある。


「いや、ダンジョンに潜らなくても魔物と戦う事は出来るよ。テイマーの使役している従魔を利用すればね。」


 魔物をダンジョンの外に連れ出す方法と言うのはある。

それが魔物を従魔として使役する事だ。

テイム系のスキルを持つ者が魔物に対してテイムを行うと低確率で成功して従魔に出来る。


 従魔はテイマーごとのテイムモンスター専用の別空間に隔離され、必要に応じて召喚する事が可能となる。

なので地上でも魔物を召喚する事が可能となるのだ。


「えっ、テイムされた魔物と戦うんですか?それってテイマーさんが可哀想なんじゃ。」


 凛が心配そうに言う。

テイマーの使役する従魔との戦闘と言う事は倒される可能性がある。

それがスライムとなればほぼ確実に倒されるだろう。


「テイマーにとっても利益があるのよ。戦闘を経験すれば従魔のレベルも上げる事が出来るし、スキルの獲得や進化にも繋がる可能性があるわ。」


「そして従魔は倒されると従魔の心と言うアイテムをドロップします。それが手元に残っていれば復活させるのも比較的簡単なんですよ。」


 姉達の説明を聞いて凛やソフィアがホッとしている。

倒しても復活させる手段があるので安心した様だ。

それにテイマー側も従魔を強くする為に戦闘は積極的に行いたい。

戦闘を重ねれば従魔も経験を得て強くなっていくのだ。


「それじゃあ従魔を利用すれば無限レベルアップも可能と言う事ですか?」


「そう考える人も当然出てくるわよね。でも残念ながら従魔となった魔物を倒してもレベルは上がらないわ。従魔側には経験値が入るけどね。」


 過去に自分のテイムした従魔を使って無限レベルアップは可能なのかと検証動画を撮った者が実際にいた。

結果は残念ながら何十回やっても意味が無く、復活させられては無意味に倒されていた従魔が可哀想だと、その動画投稿者は炎上していたのは記憶に新しい。


「それに従魔がやられても復活は簡単って言ったけど、復活にも必要な素材やスキルがあるからお金は掛かっちゃうんだ。」


「成る程、容易に従魔を倒されていると破産してしまうと言う事ですね。」


 なので従魔を育てるのも大変なのだ。

こう言ったクエストの時は発注者が従魔の復活費用を出してくれる事が多いので、テイマーからすれば無料で経験値を得られる機会なので是非受けたいと人気のクエストだったりする。


「それでソフィアちゃん受ける?200万円は結構な大金だと思うよ?」


「そうですね、目標金額には足りませんが受けてみたいです。」


 このクエストだけでも目標金額の半分以上は得られる。

他のクエストも受ければ目標金額の350万円にも届くかもしれない。


「うんうん、これ以外にも受けれそうなクエストは幾つかあるから350万円は貯まるんじゃないかな?」


「はい、今日中に槍を手に入れられる様に頑張ります!」


 ソフィアは装備屋で見た槍を手に入れる為に両拳を握って気合いを入れる。


「南川先輩、そのクエストって人数制限はありますか?」


 話しを黙って聞いていた皇真が尋ねる。


「人数制限?えーっと、特に書かれてはいないね。野々原君も大勢に受けてもらえた方が嬉しいと思うよ?」


「では俺も希望していいですか?」


 人数制限が無いと聞いて皇真も立候補する。

サバイバーなのでクエストを受けるのは問題無い。


「勿論いいけど、急にどうしたの?」


「皇真、200万円に食い付いたわね?」


「ダンジョンに潜っていない人からするとかなりの大金ですからね。」


 南川先輩は突然興味を持った皇真に首を傾げたが、姉達は納得した様な視線を向けてくる。

普通の学生にとって200万円と言うのは大金だ。

それは皇真も同じであり、スライムを倒すだけでそんな大金が得られるなら見逃す手は無い。


「まあ、確かにそれもあるけど。一応ソフィアの足りない分も確保出来ればと思っての事だよ。」


「皇真さん、いいのですか?」


 皇真の言葉を聞いてソフィアが少し驚きながら言う。

まだ出会ったばかりの関係なのにそこまでしてもらえるとは思っていなかった。


「これから一緒の学校に通う同級生だしな、これも何かの縁だろう。それに50万円残るだけでも俺としては充分だ。思わぬ臨時収入だから残りの東京観光が少し豪勢になりそうだしな。」


 50万円だけでも今回持ってきた費用を大きく上回る。

滞在中多少贅沢出来るので儲けものである。


「ふふっ、ありがとうございます。もし足りなければ頼らせて下さい。」


「任せてくれ。」


「それじゃあ二人参加って事で野々原君に連絡しておくね。」


 南川先輩がスマホを取り出してポチポチと操作している。

クエストには野々原先輩のアドレスや学生証のIDが載っているので連絡は簡単だ。


「少ししたら来るってさ。先に会場に入って待ってよっか。えーっと空いている会場はっと。」


 南川先輩がキーボードを操作してスタジアムの施設利用状況をディスプレイに映し出す。


「うわ、こんなにあるんですね。」


「スタジアムでは戦闘系のクエストも多いからね。こうして幾つも会場が設けられているんだ。よし、第三アリーナを借りよう。」


 使用可能と表示されていたアリーナの一つを予約する。

すると直ぐに使用許可が降りて、第三アリーナが使用中に変わる。


「こんなに直ぐに取れるんですね。」


「混んでない時はこんなものだよ。それじゃあ移動しようか。」


 会場に向かおうと南川先輩が立ち上がる。


「迷わずに付いてきなさいよ。」


「姐月ちゃん、少しいいでしょうか?」


「どうしたのよ姫月?」


 皇真達を案内しようとした姐月姉さんだったが、姫月姉さんに連れられて少し離れた場所に向かう。

そして二人で何やらこそこそと内緒話しを始める。


「南川先輩、少し予定が出来ましたので先にアリーナに向かっていてもらえますか?私達も後で合流しますので。」


 内緒話しを終えると姫月姉さんがそう言ってきた。


「分かったよ。それじゃあ先に向かってるね。」


「皇真、寂しくて泣くんじゃないわよ?」


「俺は子供か!」


 姐月姉さんの言葉に突っ込むと満足したのか二人は用事とやらに向かった。

そして皇真達は南川先輩に先導してもらって第三アリーナに向かう。


「おー、ここがアリーナ!」


「広いですね。」


「学校の行事でも使われたりするからね。今は貸し切り状態だから私達だけで使えるよ。」


 アリーナは小型の野球ドームの様な作りとなっている。

観客も数百人くらいなら余裕で収容出来るくらいの広さはある。

こんな施設が敷地内にあるとはさすがは栄華である。


「よう涼音、待たせたか?」


 10分程雑談しながら待っていると、三人の男性が近付いてくる。

戦闘にいる野生み溢れる大きな男が南川先輩に声を掛ける。


 身長は2メートルを軽く超えていそうな程大きく、鍛えられた筋肉で学生服が悲鳴を上げていそうだ。

その後ろにローブを身に纏い短杖を持った男と、真っ白な神聖な衣に身を包んだ男が続いている。


「やっほー野々原君、そんなに待ってないよ。」


 筋肉が盛り上がる巨体の男がクエスト発注者の野々原先輩の様だ。


「そいつらが新入生か。」


「うん、凛ちゃんにソフィアちゃんに皇真君。」


「「「初めまして。」」」


 南川先輩に紹介された三人が先輩である野々原先輩達に頭を下げる。

凛とソフィアにとっては見上げる程に大きいので首が疲れそうだ。


「おう、俺は二年生の野々原恭介ののはらきょうすけだ。今回のクエストの発注主だな。んでクエストを受けるって事はサバイバーなんだな?」


「ソフィアちゃんと皇真君がね。凛ちゃんは見学だよ。」


 確認する様に尋ねる野々原先輩の言葉に南川先輩が頷く。

サバイバーは少ないので確認は重要だ。


「一応魔装は習得済みです。槍の扱いも多少は経験があります。」


「俺も魔装は使えますね。武器は弓を考えています。」


「ほう、魔装を既に使えるとは面白えな。今年の新入生は豊作か?うかうかしてると上級生も簡単に抜かれちまうかもな。がっはっはっ!」


 二人の言葉に野々原先輩が上機嫌に高笑いしている。

魔装はスキルと違って誰でも習得出来る技術なので、ダンジョンに潜る学生なら誰もが習得する必要のある必須技術だ。


 栄華に通っていてダンジョンに潜る学生は全員が使える様にしている。

そんな魔装も練度はあるので習得して終わりでは無いのだが、この世界ではまだまだ広まっていない情報だったりする。


「そんな子達を紹介してあげるんだから見学くらいは許してよ?それと追加でもう二人案内役をしていた子達もくるから。」


 姉達は用事を済ませて後々合流する事になっている。


「そういや今日は推薦者の案内日だったか。そのくらい構わねえよ、紹介の礼だ。んじゃ早速クエスト開始といくか。」


 早く皇真とソフィアの実力を確認したいのだろう。

野々原先輩がクエストの開始を宣言した。

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