第30話

 姉達に案内されて敷地内を移動していくと、目的の大きな建物が近付いてくる。

でかでかと装備屋と書かれた看板を掲げており、入り口近くにはお買い得の品から目玉商品まで、様々な内容が書かれた看板が置かれている。


「ここが栄華の装備屋よ。」


「探索者をする栄華の学生の殆どが利用する施設ですね。」


 姉達の説明通り、学校が休みだと言うのに装備屋を出入りする学生の数が多い。

前世でもダンジョンに挑む者達はこう言った店で装備を整えてから向かう事が多かった。

なのでダンジョンがある限り常に繁盛している。


「くう~、ついに入れる~!」


 凛が装備屋の前で拳を握り締めて感動している。

そもそもダンジョンに入れない中学生では店に入っても買い物は出来無い。

なので凛はダンジョン欲を抑える為にも入るのをずっと我慢していたらしい。


 それに店に入ったとしてもダンジョン関連の物には簡単に手が出せない。

理由は値段がかなり高額だからだ。

初心者向けの装備の中でも手頃な物で数十万円、高ければ数百万円もする。


 その理由は装備屋で扱われている装備が全てダンジョン産の物、又はダンジョン産の素材から作られている為だ。


 ダンジョンの魔物には地上の武器では効果が薄く、戦う武器としては適していない事がダンジョン出現時からの検証で分かっていた。

ダンジョン出現時に銃火器で魔物に挑んで倒すのに苦労していたのはそれが理由だ。


 その為装備屋に置かれている物は全てダンジョンから持ち帰ってこられた物となっており、それだけ貴重なので値段が張るのだ。


「私も入るのは初めてです。」


「俺もだ。」


 皇真とソフィアも装備屋を前にして少し緊張する。

元魔王である皇真は前世でダンジョンに入った事はあっても装備屋に入る機会は無かったので、こう言った店に入るのは初めてだった。


「それでは入りましょう。」


 姫月姉さんが装備屋の扉を開けて中に入る。

皇真達もその後に続く。


「「「いらっしゃいませ!」」」


 店内に入ると複数の元気な声が迎えてくれる。

そして装備の陳列をしていた女性の学生店員が笑顔で近寄ってくる。


「見ない顔だね?美人姉妹が連れてきてくれるとは有能な探索者さんかな?」


 店員が姉達を見て首を傾げている。


「違いますよ南川先輩、今日は中学生の推薦合格者の学校案内があるって通知がきてたじゃないですか。」


 そう言って姐月姉さんがスマホを開いて見せる。

どうやら学生向けにそう言ったものが学園から通達されているらしい。


「…あー、そういえばそうだった。」


「絶対忘れてたわね。」


「たははは、ダンジョン産の装備の査定とか手入れとか仕入れとか色々と忙しくてね。」


 南川先輩と呼ばれた女性が笑いながら誤魔化す。

彼女の言う通り装備屋には他にも多くの店員や学生が働いており、今も忙しく動き回っている者が多い。


「南川先輩、こちらは春から栄華に通う学生達です。」


「そっかそっか、私は装備屋で働いている二年生の南川涼音みなみかわすずねだよ。皆が探索者になるのなら入学してからはご贔屓にね。」


 南川先輩が順番に握手を求めてくる。

随分とフレンドリーな先輩の様だ。


「風間凛って言います!探索者志望です!南川先輩、こちらこそ是非宜しくお願いします!」


「おー、元気だねー。ガッツのある子は嫌いじゃないよ。」


 探索者を目指して栄華に入学した凛は、装備屋にお世話になるのは確実なので事前に知り合っておけてよかっただろう。

早速スマホを取り出して連絡先まで交換している。


「ソフィア・リアグレイヴと申します。以後お見知り置きを。利用する際は是非色々とご教授下さい。」


「私が知っている事で良かったら幾らでも教えちゃうよ。」


 ソフィアも探索者になるつもりなのかは分からないが、気になっていた様だし利用する事もあるかもしれない。


「最後は君だね。」


「はい、初めまし…。」


「この子は私達の最愛の弟である皇ちゃんです。南川先輩、取らないで下さいね?」


 自己紹介しようと思ったら姫月姉さんに言われてしまった。

何故か自慢気に紹介されてしまった。


「弟?美人姉妹の弟君なの?」


「は、はい。天条皇真って言います。」


 少し驚いている南川先輩にぺこりと頭を下げる。

姉達は学校でも有名人なのか遠巻きに見ていた店員や学生達も驚いている。


「ほほう、美男美女姉弟か。これは将来有望株だ。」


 南川先輩が皇真の周りをクルクルと回りながら全身を観察してくる。

かなり近い距離に綺麗な先輩の顔が近付いてきて少しドキッとしてしまう。


「南川先輩、近いわよ。」


「あらら、残念。」


 姐月姉さんに引き離されて南川先輩は残念そうに言う。


「皇真っちが有望株ってお姉さん方は凄い方々って事なんですか?アイドル顔負けなのは見れば分かりますけど。」


「ん?凛ちゃん知らないの?皇真っちの美人な双子の姉達は優秀な探索者なんだよ?」


 南川先輩の言葉に三人が驚く。

その驚いている中には皇真も入っている。


「その呼び方にツッコミたい気持ちはありますが今は抑えましょう。と言うか姉さん達が探索者!?」


 南川先輩が凛の呼び方を真似しているがそれよりも驚きの情報が飛び出た。

姉達が探索者をしていると言う情報は初めて聞いた。


「なんで弟の君が知らないの?」


「えっ、だってそんな話しは聞いた事が無くて。姉さん達本当なの?」


「もー、南川先輩ったら直ぐにバラしちゃうんだから。サプライズよサプライズ。」


「皇ちゃん安心して下さい。しっかり安全を考慮しての探索者ですから。」


 どうやら南川先輩の言っている事は本当の様だ。

まさか姉達が探索者をやっていたとは驚きである。

そんな話しは本当に一切聞いた事が無かった。

とんでもないサプライズである。


「まあ、探索者は自己責任だから俺に止める権利は無いけど驚かされたよ。でも母さんや父さんくらいには言った方がいいんじゃない?」


「当然親なのだから事前に話していますよ。ちなみに篠ちゃんも知っています。」


「まさかの俺だけが知らないパターンなのね。」


 皇真は溜め息を吐く。

そんな重大な事は共有してほしい。

特に知って何が出来るとかは無いが探索者は命の危険のある仕事なので把握はしておきたい。


「あのあの、後でダンジョンの話しとか聞かせてもらってもいいですか?」


 姉達が優秀な探索者と知って凛がキラキラとした視線を向けている。

憧れの存在がこんな身近にもいたとは思わなかったのだ。


「いいわよ。ダンジョンに潜るなら気を付けておく事は沢山あるからね。」


「やたっ!」


「私にも是非お願いします。」


 喜ぶ凛の隣りでソフィアも控えめに手を挙げている。

やはり探索者に興味がある様だ。


「それは後にしてもらうとして、推薦合格した君達が装備屋に来たのは見学の為かな?」


「そうです!私が提案しました!」


「成る程成る程、それなら店員の私が案内してあげよう。優秀な探索者姉妹でも装備屋の物に関しては私より詳しくはないだろうからね。」


 南川先輩がそう提案してくれる。

店員自らが案内してくれるとは有り難い。

装備屋はかなり広いので全て見て回るとしたら数時間は掛かってしまいそうだ。

詳しい者ならお勧めを紹介してくれそうである。


「いいんですか?少し忙しそうに見えたけれど。」


「沢山店員がいるんだから一人くらい抜けても問題無いよ。それにお得意様になるかもしれないんだから今の内に仲良くなっておいて損は無いからね。」


 探索者志望なら装備屋を利用する機会は多くなる。

未来のお客様への先行投資だ。


「それでは南川先輩に店内を案内してもらいましょう。宜しくお願いしますね。」


「お任せあれ。」


 姫月姉さんの言葉に自信満々に胸を叩く南川先輩であった。

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