第28話
朝食を食べ終えると姉達が後片付けをしてくれたので皇真は学校に向かう準備を整える。
と言っても事前に送られてきた学生証さえあれば他には何も持ってこなくても問題は無いらしい。
「まあ、備えあればってな。」
皇真は小さめのリュックを背負う。
学生証以外にも何かと使いそうな物を入れてある。
目玉となるのはやはり今回の東京観光に持ってきた軍資金だろう。
いつか都会に行った時にお金が必要になるだろうと、昔からコツコツと貯めていたのだ。
更に出発前に母親からも使い過ぎないようにと幾らか貰っているので、気分はちょっとした小金持ちである。
「さて、準備出来たし行きますか。」
学生証があれば校内への出入りが自由に可能となるらしい。
既に入学が決まっている推薦組も栄華の学生と認められているので、見て回る分には一人でも問題無いとの事だ。
「皇真も準備出来たみたいね。」
「それでは行きましょうか。」
部屋から出ると廊下には学生服を着た姉達が待っていた。
「あれ?今日は学校休みじゃなかった?」
栄華の入学試験と推薦組の学校案内が行われるので、生徒達の大半は休みとなっている筈だ。
「部活動や委員会で出席する生徒もいるのよ。私は違うけど。」
「休みの日でも校内のダンジョンを目的としている生徒も大勢いますからね。私は違いますけれど。」
栄華では部活動や委員会の活動が積極的に行われている。
それらの評価も生徒個人の実績に加算されて、今住んでいる様な施設を借り受けられる様になると言う。
高級ホテルと変わらない施設を学生が普段から住む部屋として借りられるのならやる気も上がるだろう。
そしてダンジョンである。
栄華は世界中にダンジョンが出現した後に建てられた学校であり、その広い敷地の中には学校が保有するダンジョンが存在する。
国立で運営されている学校であり、学校的にもダンジョンの探索に力を入れているので、敷地内にはダンジョン探索ギルドもあるらしい。
そしてダンジョン探索も実績に加算されるので、学校側からの強制では無く自己責任ではあるが学生で挑む者は多い。
「それじゃあ二人は何しに行くの?」
「皇ちゃん達推薦者の学生案内係です。学校の事を詳しく知られる様にと個人個人に案内役の学生が付けられるのです。」
「先生だけじゃ無くて栄華の学生も案内役として複数用意されているの。それに私達が選ばれたって訳。」
どうやら先生以外にも先輩達が案内役に任命されている様だ。
それだけ推薦組に期待しているのだろう。
「それにしても生徒会の権力はさすがね。案内役の座を手に入れられるなんて。」
「うふふ、皇ちゃんの案内役は誰にも渡しません。」
姉達が皇真に背を向けてこそこそと何かを話しているが小声で聞こえない。
「何話してるの?」
「何でもありませんよ。」
「それよりそろそろ出発しましょ。」
三人は家を出て東京駅を目指す。
学校の所有する施設でありながら駅にも近いと言う好物件であり、東京で暮らすにはとても便利である。
「うわ、人多いな。」
駅も電車の中も普段住んでいる場所とは比べ物にならないくらいの人の多さだ。
それでも車両が多く、数分起きに走っているので座れるスペースくらいはある。
日本中にダンジョンが出来た事で県の内外に問わず移動する者が急増したので、それに合わせて電車の数も増設されたのだ。
前は座る場所も無いくらい混み合っていたらしいので、この多さでも随分と減った方だと言う。
電車に揺られて暫く進むと栄華のある港区に到着する。
新設された栄華は港区の海岸沿いを含む広いエリアが敷地内となっている。
ダンジョン出現に伴う地震で東京も随分と被害を受けており、以前からあった建物も無くなった物が多い。
それは港区も同じであり、壊れた建物を建て直すよりはダンジョンを管理出来る様にと言う目的で国立の学校の敷地内に組み込まれる形で栄華が新設されたのだ。
港区の駅に到着すると外には複数のバスやタクシーが停まっている。
「栄華行き?」
「学生用に駅にはバスが常駐しているのよ。」
「そして一部の生徒はタクシーの利用も可能となります。」
そう言って二人が近付いていくのはタクシーの方だ。
学生証を見せただけで学校まで無料で送ってもらえた。
これも実績が関係しているのだろう。
バスの方は実績に関係無く、栄華の学生であれば誰でも無料で乗れるらしい。
ちなみに二人の同行者と言う事で皇真もタクシー料金は免除となった。
随分と生徒に優遇してくれる学校である。
「さあ着いたわよ。」
「ようこそ、栄華へ。」
「おおお。」
皇真は目の前に広がる光景に感動していた。
巨大な校門、その奥に広がる栄華の敷地内、行き交う多くの学生達。
中学校とは規模がまるで違う。
「ここに4月から通うのか。」
「こんなところで感動してないで行くわよ。」
「時間はまだありますけど、早めに着いて同じ推薦の方と交流しておくのもいいでしょう。」
今日の学校案内への参加は自由だが、姉達によるとそれなりの数の推薦組が参加していると言う。
皆高校生活に想いを馳せており、栄華での学校生活が楽しみなのだろう。
広い学校内を姉達の案内で進んでいって分かった事がある。
この姉達は高校生になっても変わらないと言う事だ。
学年男女関係無く人気があって、すれ違う度によく声を掛けられている。
そんな姉達と一緒にいるので皆皇真にも注目してきた。
美男美女のカップルかと思う者が多く、姉達は満更でも無い反応をしていたが姉弟だと説明すると是非うちの部活や委員会にと勧誘が凄まじかった。
優秀な姉達の弟なので皇真も優秀だと思われたのだろう。
返答に困っていると姉達が対応を代わってくれたので助かった。
まだどんな部活や委員会に所属するか決めていないが、今後も多くなりそうだと感じた。
「ここが待機部屋です。後30分程ですが自由に過ごしていて下さい。」
「一人で大丈夫かしら?友達出来無くて泣いちゃわないか心配だわ。」
「俺は子供か!」
別にコミュニケーションは得意とまでは言わないが苦手でも無いつもりだ。
初対面の同年代相手でも普通に話せる筈である。
「それじゃあね。」
姉達と別れて皇真は部屋の中に入る。
既に来ている推薦組が席に座って待機しており、姉達の言う通りそれなりの人数が参加している様だ。
最初の印象としては、やはり合併した中に女子校があったからか女子率が高い気がする。
男性の推薦組があまり参加していないと言う可能性もあるが、随分と華やかな室内だと感じた。
そんな室内では積極的に話し掛けにいく者、一人で音楽や読書をする者、テーブルに伏せて寝ている者と様々だ。
特に女子が多いので男子の中には慎二の様に気合を入れている者もいた。
皇真もどこかの空いている場所に座ろうかと思っていると、席に座っている一人の女の子がこちらを向いて手招きしているのに気付く。
辺りを見回しても入り口にいるのは自分だけであり、自分を指差すと頷いているので皇真を呼んでいる様だ。
「初めまして。」
「ああ、初めまして。」
いきなり手招きされたのでどこかで出会った事があったのかと記憶を遡っていたが初対面であっていた。
それにこんな可愛い女の子と会っていたら忘れる事なんて無いだろう。
「何か用か?」
「何も用は無いよ。」
「ん?じゃあなんで呼んだんだ?」
「そうした方が良いって咄嗟に思ったの。私の直感は中々馬鹿に出来無いんだ。」
どうやらその直感に従っただけで特に用があると言う訳では無いらしい。
「まあ、これから長い付き合いになるかもしれないんだし、取り敢えず座って座って。」
そう言われて隣りの席をポンポンと叩いている。
特に断る理由も無いので皇真は美少女の隣りに座る。
「それじゃあ自己紹介をしようよ。私は風間凛。栄華には立派な探索者になる為に上京してきたんだ。」
女の子の名前は風間凛と言うらしい。
黒髪のショートカットなスレンダー美少女と言った印象だ。
アイドルでもやっていけそうな容姿なのに危険な探索者を選ぶとは、すっかりそう言う世の中に変わってきたと言う事だろう。
「俺の名前は天条皇真。取り敢えず都会に憧れて東京の学校を選んだ。探索者はやるつもりだけど目標とかは無いかな。」
前世の知識を活かせばそれなりに戦えるのは篠妹を助けた時に経験済みだ。
だがあんな危険な事はあまりしたくないので、危険を避けての金稼ぎくらいでならダンジョンに潜ってもいいと思っている。
「そうなんだ。私は大成して家族に楽をさせてあげたいかな。探索者は夢のある職業だからね。」
「夢と同時に危険もあるけどな。」
ダンジョンの中には多くの魔物がいる。
魔物から得られるドロップアイテムや宝箱は非常に魅力的だが、その分死の危険もある。
老若男女問わずダンジョンでの死者は国内で毎週必ず数名は出ている程だ。
「それは承知の上だよ。ハイリスクハイリターン、探索者は自己責任だからね。」
死にたくないなら入らなければいい。
未知の力や物を求めて入るのならば、自分の命を賭ける覚悟がいる。
「分かっているならいい。一緒に潜るかもしれないし、その時は宜しくな。」
「うん、宜しくね皇真っち。私の事は気軽に凛たそって呼んでね。」
「宜しくな凛。俺の呼び方は皇真でいいぞ。」
軽く凛の提案を無視して自分の名前の呼び方も訂正しておく。
例え初対面で無くてもその呼び合い方は遠慮したい。
「…ぐすん、君も私の呼び方と呼ばれ方を受け入れてくれないんだね。彼女と同じく。」
皇真が拒否すると凛は悲しそうに目元に手をもっていって嘘泣きしている。
「彼女?」
「あら?凛さん、そちらの方は?」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと凛とは違った美少女がそこにいた。
「おおお、初の生外国人だ。」
田舎には外国人なんていなかったので皇真は少し感動する。
随分と流暢だがこの見た目で日本人だとすれば、高校デビューに力を入れ過ぎていると言わざるをえない。
「自己紹介なら本人から聞くといいよ。皇真っち。」
「その呼び方に納得はしていないが、今はいいか。俺は天条皇真、凛の直感とやらで声を掛けられた。」
「貴方も被害者でしたか。」
「被害者とは失礼な、私の直感は凄いんだぞ!」
凛がプンプンと頰を膨らませて怒っている。
どうやらこの女の子も凛の直感で話し掛けられたらしい。
「はいはい、凄いですね。それでは改めまして、私はソフィア・リアグレイヴと申します。気軽にソフィアと呼んで下さい。同じ学生同士仲良くして下さいね。」
ソフィアと名乗った女の子は宝石の様な碧眼とキラキラと美しく輝く金髪のロングヘアーを揺らしており、その整った顔の下にも随分と目立つ物を持っている。
身近で言えば姫月姉さんがかなりの巨乳なのだが、それを超えるのではないかと言うレベルだ。
さすがは外国人だなと言う浅はかな印象を抱く。
クラス中の男子達がバレない様に視線を向けているが、皇真にはバレバレであった。
「宜しくなソフィア、俺の事も皇真って呼んでくれ。」
「はい、皇真さん宜しくお願いします。」
「何か私の引き立て役感が凄まじい。」
凛が不満そうな声を漏らしていたが、二人が気にする事は無かった。
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