第26話
姐月姉さんが用事で出掛けているらしいので二人で雑談をして時間を潰す。
姫月姉さんは栄華高校について色々と話しをしてくれて、明日の学校見学がより一層楽しみになった。
「ただいまー。」
玄関の方から声が聞こえる。
もう一人の双子の姉である姐月姉さんだ。
「お帰りなさい。」
「お帰り。」
「あ、皇真もう到着していたのね。ちょっと着替えてくるから待ってて。」
皇真を見て嬉しそうな表情を浮かべて、自分の部屋に向かった。
学生服から私服に着替えた姐月姉さんが戻ってくる。
「と言うか待ってたの?皇真が到着してたなら先に行っててもよかったのに。」
「そんなに時間は掛からないだろうと思ったので三人で行く為に待っていました。」
何やら二人がこの後の予定について話している。
特に聞いていないが何処かに連れていかれる様だ。
「その間に皇ちゃんには部屋の案内をしていました。」
「へえ、広くて驚いたんじゃない?」
「そうだね。」
このマンションは高級ホテルと並ぶくらい豪華な内装である。
学生が住むにしては贅沢過ぎるだろう。
「もう直ぐ自分も暮らす事になるけど便利過ぎるのも考えものだね。」
「分かるわ、贅沢な部屋よね。でもせっかくなら使わないと勿体無いわよ。」
「うん、今から楽しみだよ。」
快適なマンションのおかげで有意義な学校生活が送れそうだ。
「ちなみに皇ちゃんが一番驚いていたのは姐月ちゃんの部屋ですね。」
「ちょっ!?」
「えっ?私の部屋?」
突然姫月姉さんが爆弾を投下してきた。
残念な事にしっかり姐月姉さんには聞かれてしまった。
その本人はと言うと突然の事にフリーズしているが、徐々にその顔が赤くなっていくのが分かる。
「ってはあ!?私の部屋!?皇真を中に入れたって事!?」
正気に戻った姐月姉さんが姫月姉さんの肩に手を置いて前後に激しく揺さぶっている。
先程着替えにいった際にベッドの上の下着は確認済みなのだろう。
「一緒に住む事になるのですから、家の事は全て知ってもらおうかと。」
「姫月、分かっててやったわね!」
「何の事か分かりませんが普段からしっかりしていれば何も問題は無いと言う事です。」
「ぐぬぬぅ。」
意外とだらしない姐月姉さんは正論を受けると言葉に詰まって唸っている。
普段から姫月姉さんにもよく言われているのだろう。
「お、皇真!」
「ぐえっ!?」
今度は姫月姉さんでは無く皇真に矛先が向いてくる。
肩では無く一瞬で背後に回り込まれて腕で首を取られる。
「見たの!?見たのよね!?見たんでしょ!?」
「ちょっ、落ち着、苦し!?」
恥ずかしさから錯乱しているのか会話のキャッチボールが上手くいかない。
そして密着しているので背中に柔らかな感触が押し付けられている状況なのだが、そんな事を気にする余裕が無いくらい首に力が込められている。
「普段からあんなに派手な訳じゃ無いの!忘れなさい!今直ぐに!」
「忘れた、忘れたから、ギブギブ…。」
「まあまあ、姐月ちゃんその辺で。皇ちゃんも悪気があった訳では無いのですから。」
そろそろ本当に落とされそうだと言うところで助け舟が入る。
楽しそうに笑っていないでもっと早く助けてほしかった。
「あんたは悪気しか無かったでしょうが!」
「きゃー!」
「待ちなさい!」
姐月姉さんが睨んで迫ると姫月姉さんが楽しそうに悲鳴を上げて逃げていく。
本気の喧嘩と言う事は無く、こんなやり取りは実家にいた頃は日常茶飯事であった。
「はぁはぁ、酷い目にあった。」
解放された皇真は二人が落ち着くまでゆっくりお茶でも飲んで過ごす事にした。
30分程ゆっくりしていると二人が満足したのか戻ってくる。
「姫月といるとほんっと疲れるわ。」
「姐月ちゃんといると退屈しませんね。」
姐月姉さんが大きな溜め息を吐いて姫月姉さんが楽しそうに笑っている。
「やっと落ち着いたみたいだね。それより何処かに行くみたいだったけど?」
「そうよ、こんな事してる場合じゃないわ!早く向かうわよ!」
姐月姉さんが焦った様に言って時計を見ている。
もう直ぐ午後三時になるかと言ったところだ。
「何処に行くの?」
「着いてからのお楽しみです。ですが実家の近くにはありませんから、皇ちゃんも気にいると思いますよ。」
どうやら目的地は内緒らしい。
だが皇真が新鮮な物や未知な物が好きな事を姉達は知っているので、都会である東京でしか味わえない場所へ連れて行ってくれる様だ。
「マンションから直ぐの場所ですから歩きで充分ですね。」
「立地も良くて助かるわよね。」
二人は東京で暮らして一年近く経つので街並みや人混みにも慣れてきた様だ。
皇真は田舎者丸出しと言った感じで辺りを見回している。
「到着です。」
「やっと来れたわね。」
二人が店の前までやってきて嬉しそうな表情で言う。
「スイーツバイキング?ここが来たかった場所なの?」
外装がピンクを中心に派手に色で塗装されており、鏡越しに見える店内はメルヘンチックなデザインとなっている。
男性にはとても入りにくい雰囲気である。
「そうなんです。オープンした時から楽しみにしていました。日本だけで無く海外のスイーツまで取り揃えた有名店なんですよ。」
「じゃあなんで今まで来なかったの?」
皇真が不思議そうに首を傾げていると姐月姉さんに肩をトントンと叩かれる。
振り向くと店の方にある看板を指差しているので視線を向ける。
「…カップル限定。」
「ま、そう言う事よ。」
「うふふ、他の男性を誘うのは躊躇われてしまいまして。皇ちゃんなら大歓迎です。」
二人がそれぞれ皇真の腕に腕を絡めてくる。
柔らかな感触や良い匂いが伝わってくる。
カップル偽装工作の完成だ。
「これで入店するの?」
「カップルなのですから当然です。」
「両手に花で嬉しいでしょ?」
実の姉ではあるが身内贔屓無しで美人な双子の姉達なので、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいと言えるかもしれない。
だがそんな気持ちよりも道を通り行く男達の殺意の籠った視線や嫌にはっきりと聞こえる呪詛の方が非常に気になってしまう。
そんな居心地の悪い雰囲気になりつつも二人に連れられて店内に入る。
店内に入るとそんな視線も無くなる。
カップル限定のスイーツバイキングなので周りには皇真達と同じく偽装した仲良し男女や本物のカップルしかいない。
なので美人二人連れのリア充と好奇の視線を向けられるだけで殺意等は感じない。
「うわー、どれも美味しそうね!」
「せっかくですから様々なスイーツが食べたいですね!」
席に着くと二人がメニューを見て歓喜の声を上げている。
他の女性も似たり寄ったりであり、やはりスイーツ好きな女性は多い。
「皇真もじゃんじゃん食べなさいよ。せっかくのスイーツバイキングなんだから。」
「まあ、甘い物は好きだからね。」
「それでは早速取りにいきましょう。」
各々が自分の食べたいスイーツを取りにいく。
いざ選ぼうとすると種類が豊富でありどれを食べようか迷ってしまう。
甘い物が得意な者でなければ見ただけでお腹いっぱいになるくらいに甘い光景が広がっている。
「おっ、美味しそうなミルクレープだ。」
皇真は一切れ取って席に戻る。
少しすると二人も戻ってきた。
手に持つ皿にはケーキや果物が大量に乗せられている。
「随分と持ってきたね。」
「これくらい余裕よ。むしろ皇真が少なすぎるわ。」
「違いますよ姐月ちゃん。皇ちゃんも沢山の種類を食べたい筈です。つまりはこう言う事ですね?」
そう言って姫月姉さんが自分の皿にあるチョコレートケーキをフォークで少し掬う。
「はい、あーん。」
「えっ…。」
突然の姫月姉さんの行動に思わずフリーズしてしまう。
姉弟と言えど人前でこんな大胆な事をしてくるとは思わなかった。
「カップルなのですからこれくらいは当然の行動ですよ?」
「た、確かにそうよね。ほ、ほら私のも食べなさいよ。」
そう言って姐月姉さんも自分のショートケーキを掬ってフォークを差し出してくる。
何故かその行動に周りのカップル達も注目しており、逃げられない空気感が漂っているので大人しく受け入れると二人共満足そうな表情を浮かべる。
「ね、ねえ私達も。」
「お、おう。」
皇真達のやり取りに触発された他のカップル達もお互いのスイーツを食べさせ合い始めて、店内には更に甘い空気が漂う事になった。
「あらあら、他の女性陣は食べさせてもらって羨ましいですね。」
「…やらせていただきます。」
皇真は恥ずかしさを感じながらも二人にあーんを返してあげる。
姫月姉さんは満足そうに姐月姉さんは顔を真っ赤にしていた。
「お、おかわり持ってくりゅ!」
恥ずかしさを誤魔化したかったのか、勢い良く席を立った姐月姉さんが追加のスイーツを取りに向かった。
呂律が回らないくらい恥ずかしがっていて、逆に皇真は冷静な気持ちになれた。
「姐月ちゃんもまだまだですね。」
「焚き付けるのはやめてあげなよ。」
「本人も嫌がってはいないのですから問題無いのではありませんか?」
「俺が困るんだけどね。恥ずかしいから。」
家であればまだいいが人前と言うのはやはり恥ずかしさが大きい。
「あらあら、では姐月ちゃんがいない内にもう一度してくれたら許してあげましょう。」
「これが最後だからね?」
姫月姉さんに再度あーんをしてあげていると、タイミング良く戻ってきた姐月姉さんに見つかってしまい、まだ恥ずかしさで赤くなった顔をしながらも不公平だから自分にもしろと言われる事になった。
結局その後もカップルの様なやり取りが続いて非常に精神的に疲れるスイーツバイキングであった。
だがスイーツは美味しかったのでカップル限定以外のタイミングで訪れたいとなと思う皇真だった。
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