第21話

 どのくらい眠っていただろうか。

目を覚ました皇真の視界には見慣れた天井が映る。

転生してからずっと使い続けている自分の部屋だ。


「さすがに疲れが溜まっていたか。」


 重い身体に力を入れて身体を起こす。

家族の誰かがベッドに寝かせてくれたのだろう。

外が暗いのか部屋が真っ暗なので壁に設置されたスイッチを押して部屋の明かりを付ける。


「ん?」


 暗いので気付かなかったがベッドの直ぐ横に椅子が二つ置かれていて、それに座りながら皇真のベッドに身体を預けてすやすやと眠る二人の姉の姿が見える。


「随分と心配させてしまったか。」


「…んう…。」


 皇真の独り言に反応する様に姐月姉さんの瞼がゆっくりと持ち上がる。


「おはよう、姐月姉さん。」


「…皇真…。…皇真!?」


 姐月姉さんの目が大きく見開かれてその場に立ち上がる。


「あんた大丈夫なの!?」


「だ、大丈夫だから落ち着いてよ。」


 両肩を掴まれ整った顔を至近距離まで近付けられて、聞き迫る様に尋ねてくる姐月姉さんを落ち着かせる。


「大丈夫って、どれだけ心配したと思ってるのよ馬鹿。」


 姐月姉さんが薄っすらと涙を浮かべている。

篠妹に連絡して実際に見つけた時に思ったが、ダンジョンの中と外ではスマホによる連絡手段が機能しない様だった。


 救出が終わってダンジョンの外に脱出したと同時に相当な着信があったのでそう言う仕様なのだろう。

なのでその期間一切連絡が取れなくなっていた家族達はとても心配したのだ。


「ごめん、でも無事だから安心してよ。」


「安心なんて出来ません。」


 二人の声で起きたのか姫月姉さんが腕組みをしてムスッとした表情をしている。

普段温厚な性格なので怒らせると怖い。


「一体どれだけ寝ていたと思っているんですか?」


「え?どれだけって、半日くらい?」


 皇真は暗くなった外を見ながら答える。

篠妹が帰っていない事を知らされて飛び出したのが昼を少し過ぎた頃だった。

それから救出して倒れて、目を覚ましたら暗くなっていたと考えると大体そのくらいだろう。


「皇ちゃんが篠ちゃんを助け出したのは一昨日です。既に40時間以上経過しています。」


「え?そんなに寝てたの?」


 皇真の疑問に二人の姉がうんうんと頷いている。

枕元にあったスマホを見ると確かに始業式の日から二日経った深夜であった。

二人が心配しているのも当然だ。


「罰として皇ちゃんには今度姉妹全員をそれぞれデートに連れていく事。拒否権はありませんからそのつもりで。」


「は、はい。」


 笑っている姫月姉さんだが、その背中にはゴゴゴゴゴと言う文字が見えるくらい迫力がある。

下手に口答えをするととんでもない目に合いそうだ。

少しだけ隣りにいる姐月姉さんも怯えている。


「まあ、お説教はこのくらいにしましょうか。皇ちゃんも疲れているでしょうし、無事に戻ってくれましたから。」


 姫月姉さんの言葉に皇真は心の中でホッとする。

ミノタウロスに怪我をさせられていたらどうなっていた事か。

恐ろしくて想像もしたくない。


「姫月、あまり怒るとシワが増えるわよ。」


「まだそんな事を気にする年齢ではありません。さて、皇ちゃんもお腹が空いているでしょうし、胃に優しい物でも作ってきますね。」


「ありがとう。」


 姫月姉さんがそう言い残して部屋を出ていく。

深夜にも関わらず有り難い。

40時間も寝たきりだったので腹の虫が煩くて仕方無いのだ。


「それじゃあ私が世間に置いていかれているであろう皇真にレクチャーしてあげますか。」


「レクチャー?」


 姐月姉さんが立ち上がり皇真の部屋にあるパソコンを起動させる。

モニターにホーム画面が映し出される。


「…なんでパスワード知ってるの?」


「あんたのお姉ちゃんだからよ。」


 あまり納得出来無い返答だが今は置いておこう。

そして後で必ずパスワードを変更する事を心に誓った。


「ほらこれ、見てみなさい。」


 姐月姉さんが表示した画面には見慣れた風景の学校や校章、長々とした文章が映し出されている。

普段から皇真達が通っている中学校のサイトだ。


「なになに、世界中にダンジョンが出現した為、生徒は明日から自宅待機をする様に。親の指示に従い生活し、自宅学習に勤める事。再登校に関しては追って連絡します。…何これ?」


「何これじゃなくて見たまんまよ。ダンジョンが危ないから外に出るなって事。」


 書いてあるじゃないとでも言いたげに画面を指差している。

確かにそう言った事が長々と書かれているが、普通であれば正気を疑う様な文章だ。


 しかしそう尋ねた皇真だが当然文章の意味は理解している。

実際にダンジョンにいる篠妹を救出したのは自分自身なのだから、ダンジョン云々が事実なのは確かだ。


「ダンジョンの中から魔物とかが外に出てくるからって事?」


「そう言う可能性があるかららしいわよ。今のところニュースには無いけどね。」


「成る程。」


 どうやら街中に魔物が出現して地獄絵図の様な世界になっている訳では無さそうだ。

皇真が転生する前の世界ではよっぽどの事が無い限り、ダンジョンから魔物が出てくる事は無かった。


 しかし前世の仕様がこの世界に現れたダンジョンと同じか分からないのと、そんな事を説明する訳にもいかないので黙っておく。

こちらの世界の者達が警戒するのも当然の事だ。


「そう言えば篠妹に聞いたわよ、ダンジョンの中で助けたんですってね?」


「ま、まあそうだね。」


 心配されるので隠しておきたかったが既に篠妹は目覚めている様だ。

これでは手遅れだろう。


「本当なら危ない事をした罰として拳骨でも落としてやりたいところだけど。」


 そう言って姐月姉さんが拳を握るので皇真は両手を頭に持っていって首を横に振る。

運動神経の良い姐月姉さんの拳骨は痛いので勘弁願いたい。


「取り敢えず二人共無事だったしダンジョンの件も許してあげるわ。」


「ははは、と言う事は篠妹も無事だったんだね?」


「軽い怪我はあったけど病院で治療済みよ。怖い思いをしたからパパとママが付きっきりで側にいてくれてるわ。」


 無事な事が知れただけでも良かった。

命懸けで救った甲斐があったと言うものだ。

しかしミノタウロスとの戦闘の事なんて話せば、またややこしくなるのでこれは胸の内に秘めておく。


「ざっくりそんな感じだから世界中が今バタバタしてるのよ。テレビもネットもダンジョン関係の話しばっかりね。」


 そこから軽く眠っている間の話しを聞かせてくれた。

始業式の日はそれこそ世界中が突如出現したダンジョンと言う存在に大混乱だったらしい。


 ダンジョン出現直前にあった地震以降、どちらに巻き込まれたのか数えきれない死亡者や行方不明者が出た。

警察や救急も突然の事に機能しておらず、日本はちょっとした無法地帯と化していたらしい。


 次の日の早朝に政府から突然出現した建物をダンジョンと呼び、入る事を禁じると報道があった。

一日経って少しは落ち着いたのか、報告されたダンジョンの入り口に自衛隊や警察が派遣されたりして、封鎖作業が行われた。


 外にいた者達からすると興味を持つ者が多かったが、謎の多いダンジョンに近付かせる訳にもいかず封鎖と言う形を取ったらしい。


 実際にダンジョンから必死に生き延びて脱出してきた数少ない者達の話しを聞いてその対応が正しかったと実感する事になった。

中には人を殺す異形の化け物、通称魔物と呼ばれる者達が多数存在しており、現場に遭遇して目にした者もいたのだ。


 皇真も篠妹以外の者達を救えずダンジョンで多くの犠牲者が出た事を知っているので良い判断だと思った。

封鎖後は自衛隊や警察によるダンジョンの中の捜査が行われたりした。


 深追いは危険なので無理はしていないらしいが、魔物とも少なからず交戦して銃火器を使用したらしい。

緑の肌を持つ魔物、おそらくゴブリンだと思われるが、退らしい。


 魔物が強いのか文明の力が弱くなるのかは今後の調査次第となった。

そして日付が変わって更に次の日、皇真が目を覚ました現在と言う訳だ。


「なんとなく分かったよ。色々と大変みたいだね。」


「今後はどうなっちゃうのかしらね。」


「今後の心配よりも、先ずは自分の心配をしましょう。皇ちゃん、熱いから気を付けて下さいね。」


「ありがとう。」


 部屋に戻ってきた姫月姉さんがトレイを渡してくる。

その上には皿に入ったタマゴ粥が置かれている。


「ふぅふぅ…。うん、美味しい。」


「ゆっくり食べて下さいね。お代わりもありますから。」


 美味しそうに食べる皇真を見て姫月姉さんが微笑んでくれる。


「見てたら小腹が減ってきたわね。カップ麺でも作って持ってこようかしら。」


「…あまり暴力的な匂いを振り撒かないでほしいんだけど。」


 姫月姉さん手作りのタマゴ粥も勿論美味しいのだが、深夜のカップラーメン程凶悪な物は無い。

そんな物を目の前で食べられたら食べたくなってしまう。


「そうよ姐月ちゃん。今は私の作ったお粥で我慢してね。」


「はーい。」


「ついでにお代わりもいいかな?」


「あらあらもう食べちゃったのね。少し待っててね。」


 二人はタマゴ粥を取りに部屋を出ていった。

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