第20話

 皇真の挑発にのってミノタウロスが向かってくる。

チラリと矢筒に視線を向けると残る矢は8本であった。


「さて、無駄遣いも出来無いし、そろそろ有効打を与えたいところだな。」


 最初に放った2本の矢はあっさりと斧で弾かれて折られてしまった。

なのでミノタウロスには一切ダメージが入っていない。


「ブモオオオ!」


「さすがにこれとの近接戦闘はまだ怖いよな。」


 ミノタウロスの振り下ろす斧を魔装によって強化した身体能力で回避する。

現段階の力では相手が上だが速度なら皇真の方が高い。


 なのでミノタウロスの攻撃もなんとか回避出来ている状況だ。

しかしダメージが与えられないのであればジリ貧だ。

魔装によって魔力は徐々に減っていっているので均衡が破れるのも時間の問題である。


「ブモオオオ!」


 攻撃が全く当たらず怒りの雄叫びを上げている。

そして斧を両手持ちに切り替えて皇真目掛けて全力で振り下ろしてくる。

自身の攻撃力頼りの範囲攻撃と言ったところだ。


 皇真が大きく距離を取って回避した直後、斧が地面に激突してダンジョンが衝撃で揺れる。

地面にはちょっとしたクレーターが出来ており、砕かれた破片が辺りに散乱する。


「ここならどうだ!」


 攻撃直後で斧が地面に埋まっている隙を付いて矢を射る。

しかし飛んでいく矢は刺さる前にミノタウロスの手で払い落とされてしまった。


「完全に威力不足だな。」


 手元の弓矢を見て溜め息を吐く。

ミノタウロスと戦うにしては装備が貧弱過ぎる。

簡素な弓矢で戦える程、ミノタウロスと言う魔物は楽な相手では無い。


「でもこれで勝つしかないんだ。篠妹の為にも。」


 背負って出口を目指したいがミノタウロスはそれを許してくれないだろう。

なので手持ちの装備で倒すしかない。


「ブモオオオ!」


「ちっ、あれをやるしかないか。」


 ミノタウロスの振るう斧を回避しながら皇真は覚悟を決める。

矢筒から取り出した矢を弓に番て、その両方に魔力を纏わせる。


 身体に魔力を纏わせていた魔装の武器バージョンである。

これにより武器の耐久力や攻撃力が大幅に強化される。

しかし魔力にまだ身体が馴染んでいない今の皇真からすると、手痛い魔力の出費となる。


「頼むから通じてくれよ。ピアスショット!」


 至近距離から放たれた矢がミノタウロスの頭部を狙う。

魔装による強化で先程までとは速度が違う。


「ブモッ!?」


 先程までよりも速い矢に驚きつつも、ミノタウロスは至近距離であっても反応してみせた。

しかしその結果は大きく違う。


「ブモオオオ!?」


 ミノタウロスは怒りでは無く痛みによる悲鳴を上げていた。

頭部に放たれた矢を防ごうとした腕に深々と突き刺さり、先端が腕を貫通している。


 分厚い腕を貫通して頭部まで届かなかったのは残念だが、矢が刺さっている場所からは血が溢れ、地面を赤く濡らしている。

ついにミノタウロスにダメージを与えられた。


「よし、希望が見えた。」


「ブモオオオ!」


「あぶねっ!」


 怒り狂ったミノタウロスが手当たり次第に斧を振ってくる。

大振りなので当たりはしないが風切り音が凄い。

距離を取って斧の射程圏外に逃げる。


「残り6本。確実にこれで仕留める。」


 魔装による矢をミノタウロスの身体は防ぐ事が出来無かった。

ダメージを受けない方法としては回避か斧で弾くくらいだろう。


「俺の残りの魔力も半分を割っている。時間との勝負だな。」


 全身を魔装して身体能力を向上させる。

ここで大きなダメージを与えて一気に勝負を付けるつもりだ。


「ブモオオオ。」


 皇真が何かをしようとしているのを感じ取ったのか、斧を構えて警戒している。

速い矢を放たれても弾き落としてやると言わんばかりだ。


「いくぜミノタウロス!ピアスショット!」


 魔装した矢がミノタウロスに向かっていく。

速いが警戒していたのでミノタウロスは難無く反応する事が出来た。


 矢を弾こうと両手で持った斧が振るわれる。

魔装による威力の高い矢だがミノタウロスの膂力によって振るわれた斧なので矢を弾く事が出来た。

しかしそれは皇真の計算通りであった。

その間に魔装により爆速で移動した皇真は横を取っていた。


「ラピッドショット!」


 強化された身体能力により普通では考えられない程の速度で魔装された矢が連射される。

放たれた3本の矢は殆ど同時にミノタウロスに向かって進んでいき、それぞれ手、横腹、足に突き刺さる。


「ブモオオオ!?」


 身体を同時に刺す鋭い痛みに思わずミノタウロスは膝を付き、手に持っていた斧を取り落としてしまった。

そして刺さった箇所から血を流しているがまだ倒れはしない。

さすがは中ボス、他の魔物とは耐久力が段違いである。


 ミノタウロスは痛みに表情を歪ませながらも地面の斧を拾おうとする。

だがその行動は予測済みだ。

既に皇真は照準を武器を拾う場所に合わせていた。


「終わりだ、ピアスショット!」


 魔装した矢がミノタウロスに迫る。

痛みと武器を拾う事に思考を割いていたミノタウロスは反応する事が出来無かった。

矢はミノタウロスの頭部に深々と突き刺さり穴を空けた。


「ブ…モオ。」


 夥しい程の血を頭部から撒き散らし、そのままミノタウロスは地面に倒れる。

そして身体からは煙が出始めて、それを見てやっと皇真は安心する事が出来た。

心身共にかなり消耗する戦いであり思わず地面に座り込む。


「ふぅ、ギリギリだったな。」


 皇真は矢筒に視線を向ける。

残る矢はあと1本だけだ。

更に魔力も既に尽き掛けている。

先程の攻撃が通用していなければ、やられていたのは皇真の方だっただろう。


 しかし安心するのはまだ早い。

ミノタウロスを倒したと言ってもここは危険なダンジョンの中だ。

皇真は疲れた身体に鞭を打って立ち上がる。


「宝箱までドロップしていたか。」


 ミノタウロスの姿は完全に消えており、そこには宝箱と拳大の魔石が落ちていた。

ゴブリンやオークの魔石とは比べ物にならないくらい大きな魔石であり、ミノタウロスの格の違いをよく表している。


 そしてこの世界で初めての宝箱だが、前世だとダンジョンの強力な魔物達がたまにドロップする事があった。

こちらの世界的に言えばレアドロップと言ったところだ。


「これは、打根か?珍しい武器がドロップしたな。」


 宝箱を開けてみると鏃と羽根がある小さな槍の様な武器が入っていた。

綺麗な装飾が施されており、観賞用としても価値が高そうだ。

素材も良く頑丈そうであり武器としても扱えそうである。


「戦利品だし貰っておくか。」


 まだダンジョンの中なので戦闘が起こる可能性はある。

打根を取り出すと宝箱が魔物の様に煙を出して消える。

腰に括り付けて魔石はズボンのポケットに入れておく。

そして皇真は篠妹のいる方へ戻る。


「邪魔者は消えた。さっさと出るとしよう。」


 壁にもたれ掛かっていた篠妹を背負う。


「おっも。」


 篠妹を背負って一歩また一歩と進むがその足取りは重い。

戦闘による疲労に加えて魔装も使っていない。

ダンジョンを走り回っていた時とは全然違う。


「こんな事を言ったら篠妹に引っ叩かれそうだな。」


 普段大人しい人物が怒った時が一番怖いのだ。

今はすやすやと眠っているのでこの言葉は聞かれていない。


「さすがにこれは妥協出来無いよな。」


 皇真は残り少ない魔力を使って魔物の位置を調べる。

そして出口の方に魔物がいない事に安心する。

さすがにもう戦闘出来る気力は残っていない。


 重い足取りではあるが一歩一歩確実に出口に向かって進んでいく。

そして通路の奥に日の光りが見える。

どうやら既に夕方になっている様だった。


「なんとか脱出出来たな。」


 ダンジョンである洞窟から抜け出す。

少し離れた場所まで歩き、安全な場所まで来られたので安心から気が抜けてその場に座り込む。

自分で思っていたよりも遥かに疲労を感じていた様だ。


 すると皇真のスマホが急にピコンピコンピコンと音を出し始めた。

篠妹の方も同じタイミングで鳴っているので家族のグループチャットだろう。


「242件の未読、心配かけちゃったな。」


 皇真はチャットで無事に篠妹を保護したと書き込む。

すると直ぐに母親から電話が掛かってきて、今どこにいるのかと聞かれる。


 通学路の途中であり、近くの目立つ建物を教えると直ぐに迎えにいくから動かないで待っている様に言われた。

言われた通りにそこで待っている事数分、見覚えのある車が爆速で近付いてくる。

父親が普段から乗っている車だ。


「皇真ちゃん!篠妹ちゃん!」


 車が到着するなり降りてきた母親が抱き付いてくる。

子供の安否を確認する様に身体を調べている。

そして後に続いて父親や双子の姉も心配しながら車から降りてきた。


 姫月姉さんと姐月姉さんは相当心配したのだろう、目元に涙を浮かべながら抱き付いてきた。

逆に皇真はそんな皆を見て安心して、身体を預ける様に意識を手放した。

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