第19話
気を失った篠妹を優しく壁にもたれ掛けさせてやり、皇真は背に庇う様に前に立つ。
まだゴブリンは二体残っているのだ。
「「ギャギャア!」」
仲間が殺された事で興奮しているのか武器を構えて交戦的だ。
外敵を排除しようと動くダンジョンの魔物らしい行動である。
「一先ずミッション達成かな。篠妹が生きていてくれて本当に良かった。」
その事だけが皇真の不安だった。
無事に確保出来ただけでも安心感が段違いである。
「さて、こんなところにいつまでも篠妹を滞在させるのは可哀想だ。今日は入学祝いで忙しいんだからな。」
皇真は拳大の崩れた壁の一部を拾って魔力を込める。
そして野球でもするかの様にそれを握って構える。
「お前達も篠妹を怖がらせた罪で処刑してやる!」
拳達の石をゴブリン目掛けて投擲する。
魔力によって威力が高められているのでゴブリンの頭部を難無く消し飛ばしてくれた。
「ギャッ!?ギャギャア!」
残ったゴブリンが手に持っていた弓に背中の矢筒から取り出した矢を番える。
「遅い、もういっちょ!」
矢が放たれるよりも速く、皇真が再び投擲した石でゴブリンの頭を消し飛ばした。
二体のゴブリンは頭を失い、直ぐに身体から煙を出す。
後には魔石と弓矢が残った。
「武器が確保出来るのは有り難い。」
皇真は弓矢を早速自分の武器として装備する。
魔力は無限に使えるものでは無いので武器の存在は有り難いのだ。
「さて、戦闘音を聞き付けて魔物が集まってくる前に移動しないとな。」
皇真は篠妹を背中におぶって負担にならないくらいの速度でダンジョンの中を走る。
普通人一人を背負って走れば直ぐに疲れてしまうが、魔装による身体能力の強化のおかげでそこまで疲労は感じられない。
「次は…こっちか。」
十字路に差し掛かっても迷う事は無い。
皇真はここがダンジョンだと気付いた時から迷わない様に入り口がある方向をしっかり記憶していた。
なので探知のスキルで魔物の居場所を調べつつ、出口を目指して戦闘を回避しながら進めている。
「この一匹の動きだけ明らかに不自然だな。」
皇真は探知のスキルにより魔物の動きが分かる。
それにより不自然な動きをする魔物を見つけていた。
何度かフェイントを入れつつ動き回っているのだが、どうしても出口に繋がる通路を塞ぐ様に位置取られてしまっている。
「直接相対してはいないが捕捉されていると思って間違い無さそうだな。こいつとの戦闘は避けられないか。」
一刻も早く安全な場所へと篠妹を運んでやりたい皇真としては、この魔物が邪魔である。
捕捉されているのであれば排除するしか無いだろう。
「何の魔物だ?ゴブリンでは無いな。オークか?」
探知のスキルで魔物の正体を調べる。
対象をゴブリンにしてもオークにしても、こちらを捕捉している魔物のいる場所が光る事は無かった。
「ちっ、まだこのダンジョンで遭遇していないタイプの魔物か。遠距離から俺達を捕捉する能力もあるみたいだし、厄介な魔物かもしれないな。」
転生前までは当たり前に使っていた魔力だが、この世界には無かった力なので、まだ身体に馴染んではいない。
オークくらいまでなら現状でも問題無いのだが、厄介な魔物だと倒せない可能性がある。
「それでも篠妹を帰還させるには避けては通れないか。出口は近いし最悪相打ちでも…、いや、それだと篠妹が責任を感じてしまうな。」
チラリと背中の篠妹に視線を送る。
皇真に背負われて安心しているのか静かな寝息を立てている。
「やるからには勝つ。前世で培った経験や記憶で倒してみせる。」
覚悟を決めた皇真は出口の方へと歩みを進める。
その魔物もしっかりと皇真の動きに合わせて移動している。
そして目指す出口に続く道を塞ぐ様にして止まる。
「…成る程、こいつは大物だ。」
捕捉されてはいるが安易に突っ込んでは来ないので、通路の曲がり角から様子を伺うと魔物の正体が分かった。
石で出来た無骨で巨大な斧を持ち、皇真の数倍の体格を持つ牛頭の魔物、ミノタウロスであった。
「ゲーム的に言えば中ボスってところか。ミノタウロスが徘徊しているとは難易度の高いダンジョンだな。ゲームならクレームものだぞ。」
前世の世界と全く同じかは分からないがミノタウロスは力が強く近接戦闘に長けた魔物だった。
あの斧が掠りでもすれば、簡単に身体の肉が抉られてしまうだろう。
「ゴブリンからのドロップアイテムだし少し心許ないが遠距離で攻めるのが丸いか。」
手に持つ弓を見ながら呟く。
こちらの世界でも再現が難しく無い木製の弓だ。
ミノタウロスに触れられれば直ぐにでも折れそうである。
「篠妹、少し待っていてくれ。」
背中から降ろして壁にもたれ掛けさせる。
さすがに背負いながらの戦闘は無理がある。
周囲の魔物の探知は既に行なっており、ミノタウロス以外はいないので一先ずは安全だ。
「よし、いくか。」
自身を鼓舞して立ち上がる。
少しだけ弓を持つ手が震えている気がする。
強敵との戦闘に若干恐怖しているのかもしれない。
ゲームとは違って死ねばそこで終わりだ。
自分が死ねば篠妹も助からないかもしれない。
「コンティニューは存在しない。初見の一発クリアが条件の戦闘。緊張するなってのが無理な話しだよな。」
前世では倒した事があってもその頃と今は全く状況が違う。
身体の作りも戦闘能力もその時には遠く及ばない。
頼れるのは記憶や知識だけだ。
「先手必勝!」
皇真は通路に飛び出して弓に構えた矢を射る。
こちらの世界で弓を扱った事なんて無いが、前世の経験が生きる。
矢はミノタウロス目掛けて真っ直ぐに飛んでくれている。
「ブモッ!」
額に当たる直前に斧で弾き落とされてしまった。
そしてミノタウロスの瞳が真っ直ぐに皇真を捉える。
「ブモオオオ!」
雄叫びを上げながら突進してくる。
巨体が自分に向かって猛進してくる光景は中々迫力がある。
「敢えて前に出るしかないよな。」
皇真もミノタウロス同様前に走り出す。
そして走りながら器用に矢も射る。
「ブモオッ!」
巨大な斧で矢を弾かれ、そのまま近くに寄ってきた皇真目掛けて斧を振り下ろしてくる。
「あっぶね。」
魔装した身体により斧を回避する。
斧は地面に突き刺さり爆音と衝撃を生み、砕かれた破片が辺りに飛び散る。
皇真は篠妹とは逆方向にミノタウロスと距離を取る。
「やっぱかなりの威力だな。篠妹の近くでやり合わない方がいい。」
自分から前に出たのは篠妹を巻き込まない為だった。
ミノタウロスも捕捉しているのは皇真だけの様なので都合が良い。
「来いよ、デカブツ。中ボスだろうが関係無い。俺が殺してやる。」
「ブモオオオ!」
皇真の言葉を理解しているのかミノタウロスが怒った様に雄叫びを上げた。
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