第18話
突然訳の分からない状況となり、この世界には存在しない様な化け物を見たり、人々の悲鳴が辺りから聞こえて篠妹は恐怖に陥っていた。
自身の高鳴る鼓動が鮮明に感じられながらも、見つからない様に息を潜める。
だからか周囲の音が嫌にはっきり聞こえてしまい、化け物の声や人々の悲鳴が遠くから響いて耳に入る。
それが更に篠妹の恐怖心を煽っていく。
しかし自分にはどうする事も出来無い。
ただ願って助けが来るのを待つしか無い。
そう願っていると自分が走ってきた方角から複数の足音が聞こえてくる。
だがそれは篠妹の待ち望んだ者では無かった。
「ひっ!?」
遠くに見えるシルエットが視界に映った瞬間、篠妹は小さな悲鳴を漏らす。
近付いてきているのは緑色の肌と血濡れた武器を持つゴブリンだった。
既に遠くから篠妹を補足しており、逃げ場の無い行き止まりなので焦る事なく嫌な笑みを浮かべながら徐々に距離を詰めてきている。
「…だ、誰か。」
ゴブリン達が近付くに連れて恐怖で手足が震える。
持っていたスマホは地面に落とし、目からは自然と涙が溢れてくる。
「グギャギャ!」
ゴブリンは篠妹を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべて、手に持つ剣を素振りしている。
後もう少し近付けばその剣で斬ってくるのは明白だ。
「…嫌、来ないで!?」
拒否する様に震える手足で後ずさるが、背には壁があってこれ以上下がれない。
それを見て益々ゴブリン達は嬉しそうな表情をしている。
そしてとうとうゴブリン達が目の前まで来てしまった。
篠妹を剣で斬ろうと上段に振り上げている。
「誰か!」
もう叫ぶくらいしか出来る事は無く、篠妹は目を閉じて祈る様に声に出した。
前世にはスキルと言う力は普通に存在していた。
自身の魔力を消費する事で様々な現象を引き起こせる能力の事である。
魔王だった頃にスキルは所持していたので、使い方が同じであれば発動も簡単だ。
「今の優先は篠妹を無事に確保する事だが、簡単に得られるスキルで特定の人物を探せる訳は無いよな。」
試しに妹である篠妹を探知のスキルで捜索してみようとしたがスキルは発動しなかった。
これは探知のスキルの範囲内に対象人物がいないと言う訳では無く、スキル的にそこまで詳細な探索は出来無いのである。
「ならば対象が人間ならどうだ。」
再び探知のスキルを発動させる。
すると自身の魔力が微量消費されて、脳内に複数の光点が浮かび上がる。
自分を中心として光点のある方角に進むと探知のスキルの対象がある。
「ちっ、数が多過ぎる。ダンジョン内を走り回って一つ一つ探している暇は無いぞ。」
光点の数は思ったよりも多くてかなりバラけている。
ダンジョン内には魔物も生息しているので、派手に探し回っていれば戦闘も避けられないだろう。
「だったら対象は生きている人間だ。これくらい探せてくれよ。」
願って探知のスキルを発動させると魔力が減って脳内の光点が一気に減少する。
減少した後は片手で数えられる程しか残っていない。
つまり探知のスキルで補足した対象の殆どが既に死んでいると言う事になる。
「かなり死者が多いな。戦える力を持たない普通の人間なら当然か。」
見ず知らずの者達に向けて軽い黙祷をしてから残る光点目指して走り出す。
その途中で他の場所にある光点が一つ消える。
「殺されたか。間に合わなくて悪いな、救えるだけ救うから許してくれ。」
魔装による身体能力の強化を行い光点目指して突き進む。
途中に魔物が何体か目に入るが通りすがりに魔装した手で殴るだけで簡単に倒れていった。
光点は既に目の前にまで迫る。
「大丈夫か!」
曲がり角を曲がって光点に向けて声を掛ける。
その瞬間脳内にあった目の前の光点が消える。
視界に映るのは心臓を槍で貫かれて血を流す青年と、槍の持ち主である豚の頭を持つ人型の魔物だ。
「だからグロ耐性はこっちじゃ無いんだよ!」
魔物に瞬時に近付いて魔装した拳を腹に叩き込む。
その一撃によって魔物の腹に大穴が空き、血を流しながら地面に倒れる。
「オークまでいるのか。ゴブリンと比べると多少は厄介だな。」
既に亡くなってしまった青年を地面に優しく寝かせてやる。
「遺体が残らないってのは、今思うと残酷な話しだよな。」
オークの身体からは煙が出てドロップアイテムに変わっていく。
青年は今はそのままの姿ではあるが直に姿は跡形も無くなるだろう。
その理由はダンジョンの仕様とかでは無く、魔物によるものだ。
魔物の多くは肉食なので普通に人間を食糧としている為、魔物が徘徊するダンジョンで死亡すれば遺体が残る可能性はかなり低いのだ。
「安らかに眠ってくれ。」
青年を残して皇真は残る光点目掛けて走り出す。
脳内に浮かび上がっている光点は残り二つだ。
「頼む、どちらかは篠妹であってくれよ。」
死んでも魔物に食われるまでは遺体は残る。
既に亡くなった人間をダンジョン内で何度も目にしているが篠妹と思われる遺体は見ていない。
ダンジョン内にいるのであればまだ生存している可能性があるので最後まで諦める訳にはいかない。
そして走っている段階で脳内の光点がまた一つ消えた。
これで残る光点は今目指している最後の一つだ。
「…嫌、来ないで!?」
「っ!」
微かに耳に聞こえた声は光点の示す方向からだ。
か細い悲鳴は女の子のものであり、その声には確かに聞き覚えがある。
産まれてからずっと家族として共に生きてきた妹の声に間違い無い。
足に込める力が自然と大きくなり、この身体が魔装にも慣れてきたのか纏う魔力量も増える。
走る速度が格段に上がって光点との距離が縮まる。
「誰か!」
皇真は光点である篠妹の姿を捉えた。
目の前には武器を持つゴブリンが三体いて、その内の一体が剣を篠妹に振り下ろそうとしている。
まだ距離があるが魔装した身体能力により爆速で距離を無くす。
「ゴブリン如きが俺の妹に触れようとしてんじゃねえ!」
ゴブリンが剣を振り下ろすよりも速く皇真がゴブリンの頭を掴んだ。
そのままの勢いでゴブリンの頭を持ちながら篠妹の背後の壁にぶつける。
破壊音が辺りに響いて壁がゴブリンの血で赤く染まりながら崩れる。
直ぐにゴブリンの身体からは煙が出てその姿が消えて魔石が地面に転がった。
「…皇真兄?」
「篠妹、よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ。」
皇真が優しく微笑んでやるとそれを見て安心したのか篠妹は気を失った。
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